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国際線に進出したLCC春秋航空日本、9割が中国人旅客のインバウンド路線で日本流サービスの「格安旅」を体験してみた

【秋本俊二のエアライン・レポート】

成田をベースに広島、佐賀の二つの国内線を運航してきたスプリングジャパン(春秋航空日本)が、今年2月に国際線に打って出た。その最初の就航地に選んだのが中国内陸部の都市、重慶と武漢である。両路線とも利用状況は好調だと聞くが、はたしてどんな需要があるのか? 日本人旅行者にとって同路線のメリットは? それらを調査するため、成田から重慶に飛び、復路は武漢から成田に戻るフライトを体験してみた。

乗客の9割以上が中国人ツアー客

成田空港第3ターミナル(通称LCCターミナル)の150番ゲートから乗ったバスは、出発30分前の9時半過ぎに搭乗機の下に到着した。バスから降りた乗客たちは、駐機しているボーイング737-800に寄り添って記念撮影を始める。

「本日の便もみなさんのほかは全員、日本での観光を終えて中国へ帰国する人たちです」

タラップの下で出迎えてくれた客室乗務員の小川奈津江さんは、そう言って中国人ツアー客に笑顔を向けた。小川さんの言う「みなさん」とは、今回の取材旅行をいっしょに計画した編集者やライターなど、私を含めた計5名。スプリングジャパンの737-800は189席仕様で、この日も8割以上が埋まっているそうだ。これから重慶までのフライトを、私たちは150人以上の中国人旅行者と共にすることになる。

ゲートからの送迎バスを降りると、タラップの下で客室乗務員の小川さんが出迎えてくれた

スプリングジャパンのサービスについては、2年前の2014年夏に国内線(成田~佐賀・広島・高松)で運航をスタートした当初から、実際に利用した人たちの評価の声を聞いてきた。「乗務員の方がとても親切」「思ったよりサービスレベルが高くて快適だった」などと。その理由を今回、重慶線を利用して理解できたように思う。

「春秋航空」の社名から中国系LCCのイメージがあるが、スプリングジャパンはすべて日本人スタッフによる運航なのだ。従って、サービスもあくまで日本流。乗務員一人ひとりに、ていねいで心のこもった接客が定着している。また親会社の春秋航空や国内の他のLCCがエアバスA320を使用しているのに対し、スプリングジャパンは運航機材にボーイング737-800を選択した。日本に入っているのはボーイング機が多く、操縦資格をもつ優秀な日本人パイロットを採用しやすいといった狙いもあったのだろう。A320も737-800も同じ単通路機だが、737-800のほうがボディが長く、シートピッチ(座席の前後間隔)にもいくぶん余裕があるように感じた。

スプリングジャパンは運航機材にボーイング737-800を選択。シートピッチは広めで快適だ

富士山の絶景を日本観光の思い出に

重慶行きのスプリングジャパン1021便は定刻の午前10時ちょうどに車輪の輪留めが外され、成田を飛び立った。キャビン担当はチーフパーサーの木村泰子さんをはじめとする計5名。737-800は通常4名で乗務するが、初めての国際線ということもあり5名体制をとっている。この日の乗務員の一人、楊佳辰さんは中国出身だが、楊さんは日本に留学して新卒社員として入社した。日本人採用枠で入ってきた社員である。

国際線キャビンの担当は5名。左から木村泰子さん、小川奈津江さん、木村恵さん、楊佳辰さん、渡辺夢子さん

離陸から20分ほどして、日本人乗務員から「ただいまみなさまの左手に富士山がご覧いただけます」と中国語のアナウンスが入った。中国語は日本人社員も重慶&武漢線の就航を前に特訓を重ね、マスターしてきたそうだ。そのアナウンスを聞き、通路をはさんで右側席の人たちがいっせいに立ち上がる。旅の思い出を記憶に刻もうと、左側席の人たちの頭上をまたいでカメラを伸ばす中国人旅行者たち。私たちグループは左側のA~C席に陣取っていたので、何人かに「写真を撮るなら、どうぞ」と席を譲ると、20人ほどが「ご親切に」「ありがとうございます」などと入れ替わり立ち替わり撮影に興じていた。

中国語ははっきり発音する必要があるためか、怒鳴っているような話し声が機内に響きわたるし、シートベルトサインが点灯中も席を立って客室乗務員から注意を受けている人もいる。けれど、日本でよく報道されているような“マナーの悪さ”は感じない。

日本観光の最後の思い出にと、機窓からの富士山の絶景を目に焼き付ける中国人旅行者たち

移動費を安く、現地では贅沢を、メリハリ旅行に

「飛行機の乗り方やルールをご存知ないだけで、説明すればみなさん素直に従ってくれます」と、チーフパーサーの木村さんも言う。「スプリングジャパンが重慶と武漢に就航したことで、初めて飛行機に乗って日本にやってくるという人も少なくありません。毎回30名から50名くらいのツアーが何グループかありますね」

訪日外国人旅客は年間2,000万人に迫る勢いで、そのうちの約500万人が中国人旅行者だ。上海や北京から日本へというルートが中心だが、スプリングジャパンが内陸部の都市を日本とつなげたことで、インバウンド需要は今後ますます増えるだろう。重慶には予定どおり14時15分に降り立ち、着陸した瞬間に機内では大きな拍手が沸き起こった。「就航初便でもないし、何かの記念フライトでもないのに──」と同行の編集者が苦笑する。木村さんが言うように、飛行機を初めて体験した感動なのだろう。

重慶に到着した私たちは、翌日の新幹線で6時間かけて武漢に移動した。そこで2泊し、武漢から成田へのスプリングジャパン1012便で帰路につく。往路と同様、復路便も私たちグループ以外はすべて中国人旅行者だった。日本から武漢へは今年4月にANAも就航したが、ANAが見込むのは中国内陸部に進出している日系企業の駐在員や家族をターゲットにしたビジネス需要だ。それに対して、スプリングジャパンが狙うのはあくまで旅行者たち。「旅」という観点に立てば、日本人も積極的に同社のフライトを利用しない手はない。

通常でも5,000円から、キャンペーン中なら運航するボーイング737にちなんで737円からチケットを入手できる。重慶で私たちは本場の「火鍋」を、武漢では朝食や昼食こそ屋台でカジュアルに済ませたものの、ディナーは本格中華や四川ダックなどを満喫した。いずれも高級店だったが、食べて飲んで、支払ったのは日本円で一人2,000円ちょっと。素朴な中国人旅行者たちとフライトを共にしながらの、成田から“重慶イン/武漢アウト”の旅は、コストパフォーマンスの面から言っても本当にオススメだ。機内や現地の写真からも、その魅力が伝わることだろう。

機内販売ではシートポケットに入っている「BISTRO SPRING」で食事メニューが選べるほか、予約注文できる和食弁当もある(写真は「桜弁当」)
ライトアップされた洪崖洞(ホンヤートン)。歴史的建築物を再現した重慶の商業施設重慶では街のあちこちに「火鍋」の看板を掲げた店が並ぶ。私たちは洪崖洞で本場の味を満喫した重慶から武漢へは中国の新幹線「和階号」で移動。所要時間6時間、日本のグリーン車に相当する1等車が日本円で約5,500円武漢では地元の人に「朝食なら戸部巷」へとアドバイスされ、多くの人で賑わう屋台街を訪ねた街のあちこちに租界時代の洋風建築物が点在する武漢。古い洋館を見て歩くのも楽しみの一つだ
秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)や『ボーイング787まるごと解説』『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。