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超大型航空機の時代は終わったのか? エアバスが発表した「A380減産」の背景と経緯を解説 【コラム】

【秋本俊二のエアライン・レポート】

7月12日、航空機大手のエアバスから注目すべき発表があった。「総2階建て機A380を減産する」というのだ。現在の月産3機体制を、2018年からは月産1機に。エアライン各社が超大型機で旅行者にゴージャスなフライトを提供してくれた時代は、もう終わってしまうのか?

エアバスとボーイングで戦略が対立

A380が世界デビューを果たしたのは2007年10月。シンガポール航空のシンガポール~シドニー線でベールを脱ぎ、人々は「新しいヒコーキ旅行の時代」に大きな期待を寄せた。“空飛ぶ豪華ホテル”の異名をもつように、その一番の特徴はスケールの大きさである。A380が空港に到着し、所定の駐機スポットの収まると、近くにいる他の旅客機がどれもまるで小さな子供のように見えた。

近未来の航空需要についてエアバスは当時、ライバルのボーイングと見解を異にしてきた。これからは都市間を直接結ぶ「ポイント・トゥ・ポイント(PtoP)」型の需要が高まる。そう予測したのはボーイングだった。都市と都市の間を何便も飛ばすには、当然運航コストが安い、高効率の機材でなければならない。そこで開発を進めてきたのが、燃費効率を従来機に比べ20%高めた次世代中型機787である。これに対してエアバスは、大空港を拠点に周辺都市へ車輪のスポークのように放射線状にネットワークを広げる──。そんな「ハブ・アンド・スポーク」型で航空市場は発展を続けると考えた。各国の主要都市間は超大型機A380で一度に大量の乗客を運び、ハブ空港からそれぞれの目的地へはそこで小型機に乗り継いで移動させるというスタイルだ。

2007年10月にシンガポール航空のシンガポール~シドニー線で世界デビュー

両社の主張については、賛否が分かれた。目的地までダイレクトに飛べるほうが絶対にいいと、普通は考えるかもしれない。「乗り継ぎは面倒だし、そのぶん余計に時間もかかるから」と。しかし一方で、フライトは決して単なる移動の手段ではないという意見もあった。

たとえばアメリカやヨーロッパへの1週間程度の旅行で、往復にかかる20時間以上を「単なる移動」と割り切ってしまうのはもったいない。1週間のうちの、貴重な1日である。「その時間も旅のひとときに含まれている」という発想に立ってみると、フライトもできる限り楽しく快適なものであってほしい。ハブ空港へ着いてから目的地へ向かう小型機でのフライトについては単なる移動だとしても、主要都市間を結ぶ10時間以上の長距離フライトでは、従来にはなかったエレガントな空の旅を提供したい──。それがA380を生み出したコンセプトだったのだ。

ルフトハンザは2010年6月、A380の最初の就航地に東京(成田)を選択した

日本からA380に乗れるのは2社だけに

A380は1階と2階を合わせたキャビンの総床面積が、それまで最大だったジャンボ機(ボーイング747-400)の1.5倍ある。ところが設定している標準座席数は747-400の412席に対し、A380は525席──。つまり座席数では1.27倍しかない。そのぶんA380は座席以外に使用できるスペースが広く、アイデア次第でこれまでの旅客機とはまったく異なったキャビン設計やシートの配置が可能になった。

実際にA380を導入したエアラインでは、標準座席数525というメーカーの設定に対して500席以下のシート数でキャビンを設計した会社が少なくない。余ったスペースを活かすことで、まさに“空飛ぶホテル”の呼び名に相応しい個室型のファーストクラス(シンガポール航空、エミレーツ航空)や機内の免税品展示コーナー(大韓航空)が登場。エミレーツ航空の機内には、世界でも初となるシャワースパ施設も誕生した。

大韓航空はA380の広大なスペースを生かし機内に免税品展示コーナーを設置

最初に旅の目的地を決め、そこに行くために必要な航空会社を選ぶ。それがこれまでの一般的な旅のプランニング方法だったが、A380が就航して以降は旅行者の意識が変わった。「この飛行機に乗りたい!」という思いがまず先にきて、A380で行ける就航地の中からプランを決める──。そんな旅のスタイルが出現したのである。

A380については構想・開発段階から取材を進めてきた私は、いまも熱烈なファンの一人である。シンガポール航空のデビューフライトを皮切りに、ルフトハンザ、大韓航空、タイ国際航空などの成田線就航フライトなどにも搭乗してきた。ほかにもエミレーツ航空やエールフランス航空などが成田に乗り入れたが、残念ながらその後はほとんどが日本路線からA380を撤退させ、ひと回り小さい機材に切り替えてしまっている。いまも日本から乗れるのは、シンガポール航空が成田経由で飛ばすシンガポール~ロサンゼルスへの路線と、バンコクから成田および関西に就航しているタイ国際航空だけになってしまった。

エミレーツ航空はA380に豪華な個室型ファーストクラスを導入上空でシャワーを浴びてリフレッシュできるのもエミレーツ航空ならではだった

ANAの超大型機運航はホノルル線で成功するか?

A380の総受注数は2016年7月現在で、18社から計319機。そのうちの半数近い142機がエミレーツ航空によるオーダーだ。500席のキャビンを常に満席近い状態にして飛ばせる路線は世界中を見渡してもそう多くはないが、エミレーツ航空は「世界一豪華な旅客機を世界で最も多く飛ばす」ことをステータスとしている。そのエミレーツ航空でさえ、羽田線の開設を機に成田~ドバイで運航してきたA380をボーイング777に切り替えてしまった。

A380の受注が伸び悩んでいる中、対照的にエアライン各社からのオーダーが相次いでいるのがボーイング787(総受注数約1,100機)やエアバスA350XWB(同約780機)である。747-400の後継機として登場した“次世代ジャンボ”ボーイング747-8も、旅客型での受注は40機超にとどまっている。

超大型機の時代は、もう終焉を迎えようとしているのか? ANAが2016年1月に発表した中期経営計画でA380の導入(計3機)を正式決定し、首都圏を発着するホノルル路線で2019年春からの導入を目指している。日本人の旅行先として人気のハワイへ路線でA380はどんな効果を生み出せるのか、注目していきたい。

A380製造ラインがあるエアバスのドイツ・ハンブルク工場
秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)や『ボーイング787まるごと解説』『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。