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日本とカンボジアを結ぶ初の直行便でプノンペンへ ―「ボーイング787で飛ぶ旅」 ANA編

【秋本俊二のエアライン・レポート】

ボーイング787のローンチカスタマーである全日空(ANA)はここ数年、その787を駆使して日本から未就航だった都市への新規路線の開設を進めている。最近では、2016年9月にカンボジアへの初の直行便となる成田-プノンペン線が就航。2017年2月15日からは成田-メキシコシティ線もスタートした。787の導入で、何が変わったのか? ANAが新規路線の実現に挑む背景には、何があるのか? 今回はプノンペンを旅しながら、787が果たしてきた役割について検証してみた。(写真:フォトグラファー 赤崎えいか)

未就航の都市へ787で

ANAは2015年9月、マレーシアの首都クアラルンプールへの直行便を13年ぶりに復活させた。そして同年10月には旅行先としての人気が根強いベルギーのブリュッセル線を、12月には16年ぶりの豪州乗り入れとなるシドニー線も就航。これら新規路線の実現を支えてきたのが、ボーイングの最新鋭機787だった。

ANAは787でアジアを中心にネットワークを拡大

機体全重量の50%以上が炭素繊維複合材でつくられた787。“ドリームライナー”の愛称をもつその1号機は、2011年9月にローンチカスタマーのANAが受領し、国内外の空で颯爽とデビューした。787は燃費効率に優れた飛行機で、同サイズの旧型機に比べて20%も燃費が改善されている。長距離国際線を運航する場合、多くの燃料を必要とするため、それまではどうしても大型機に頼らざるを得なかった。大型機での運航となると、一度のたくさんの乗客が利用する路線でなければビジネスとして成立しない。結果、パリやロンドン、ニューヨークなど、いわゆる“ドル箱”と呼ばれる路線にしか直行便を飛ばせなかった。

その状況を根底から変えたのが、787である。200~250人程度の乗客数で長距離を飛ばしても、燃費がよくてコストを抑えられる787ならビジネスとして十分に成り立つ。日本から直接行ける都市がこの何年かで急増したのも、787による功績が大きい。

2013年1月のサンノゼ線や2014年3月のデュッセルドルフ線、2015年7月のバンクーバー線など、ANAが787を活用して開設した路線は数多い。同社の広報担当も「787はANAが世界に先駆けて発注・受領した思い入れの強い機材です。優れた機内快適性と高い燃費効率の利点を生かし、当社の成長戦略を担う原動力としてネットワークの拡大を図っていきたい」と話していた。

2016年に入ってからは、バンコク線やデリー線にも787が登場。2016年10月30日からは羽田-ホノルル線にも787を導入し、人気のリゾートへ快適なフルフラットシートでアプローチできるようになった。そして前述したように、2016年9月にはプノンペン線が、今年2月15日からは日本からの最長路線であるメキシコシティ線も開設され、ANAのネットワークは拡充を続けている。

新しく開設したプノンペン線のビジネスクラス

紙幣に刻まれた日本との絆

そのANAの787で、今回はカンボジアの首都プノンペンへ飛ぼう。そう考えたのは、東京の書斎で外国の古い紙幣を整理していたときだった。

私はこれまで取材やプライベートで100カ国近い国を訪れている。当然、日本円を現地通貨に替えて旅することになるが、余った現金を帰国後に再び日本円に替えることはしない。そのままとっておくと、きっといつかまた同じ国へ行ける。そんなジンクスがあるからだ。なのでデスクの引き出しには、各国のさまざまな通貨を封筒に入れて保管してある。それを整理していて、ふとカンボジアの「リエル」という単位の紙幣に目がとまった。

手にしていたのは500リエル紙幣だった。そのデザインの一部に、日の丸のような模様が描かれている。隣にはカンボジアの国旗もあるから、間違いなく日本の国旗だ。国を象徴する紙幣のデザインに、なぜ他国の国旗を描いているのか?

二つの橋がデザインされた500リエル紙幣。右下に日の丸も描かれている

そこに込められているのは、カンボジアの人たちの日本への思いだった。紙幣には中央と左サイドに、二つの橋がデザインされている。現地で「きずな橋」と「つばさ橋」と呼ばれている橋だ。きずな橋は2001年に、つばさ橋は2015年に、いずれも日本のODA(政府開発援助)による無償協力によって建設された。国土を南北に貫く大河、メコン川に架けられたこの二つの橋はいま、どちらもカンボジアの人々の生活や経済発展に不可欠なものとして機能している。新しい500リエル紙幣にデザインされた二つの橋と日の丸には、日本への感謝の気持ちが込められているのだそうだ。

日本のODA(政府開発援助)による無償協力によって建設されたきずな橋

橋の開通で経済活動も活発に

成田を10時50分に発つプノンペン行きNH817便は、現地まで6時間50分のフライトである。787の快適な機内でサービスを受けながら、同路線の担当になって3回ほどプノンペンを旅しているという客室乗務員からも情報を得ることができた。

「カンボジアはいいですね。みんなとても親日的で日本人を歓迎してくれますし、食事もやさしい味付けで、私たちの味覚に合うと思います」と彼女は話す。「紙幣に日の丸がデザインされていることですか? 私も最近知りました。カンボジアの人たちの気持ちが伝わってきて、嬉しいですよね。直行便ができて日本が近くなったことも、現地の人たちはすごく喜んでくれています」

洋食に合う赤ワインを勧めてくれた客室乗務員鰤の煮付けと俵御飯がメインの和食メニューはこちら

遠く離れた人と人を結びつける。それも航空会社が果たすべき重要な役割の一つだ。異国の人同士の交流は、世界平和にもつながるだろう。もちろん航空会社としては「社会貢献」と「ビジネス」を両立させることが必要だが、787なら採算の目処も立つとANAは判断した。「787は私たちの活動を変えた航空機であり、交流を深めたいと願う二つの国の間に新しい路線を開設することはローンチカスタマーとしての使命だと思う」と同社広報も話している。

プノンペンに到着してからは、現地日本語ガイドの案内のもとでいくつかの観光スポットを駆け足で訪ねた。市街中心部のトレンサップ川沿いに建つ「王宮」や「中央市場」、ポルポト政権下で大量虐殺が行われた悲しい歴史が保存されている「キリングフィールド」などだ。流ちょうな日本語を操るカンボジア人ガイドは、案内の途中で500リエル紙幣に描かれた二つの橋についてもいろいろ教えてくれた。2羽の鳥が手を取り合って翼を広げているように見えるつばさ橋については「全長2,215メートルのこの大きな橋が完成したことで、ベトナムとカンボジアとタイをつなぐ大動脈が生まれ、経済活動もとても活発になりました」と。建設現場の近くにはかつてこの国を支配したポル・ポト派の弾薬庫があり、不発弾の処理などに時間を要して完成まで10年以上を費やしたらしい。

人気観光スポットのリバーフロントに建つ王宮へ街歩きにはトゥクトゥクも活用。格安料金でどこでも行ってくれる

もう一つのきずな橋へは、ガイドと交渉し、実際にクルマで行ってもらうことにした。プノンペンの北東部、コンポンチャム地区にあるこの橋の完成は2001年。メコン川に初めて架けられた橋であり、農産物の産地である東北地方から首都プノンペンへの輸送が大幅に改善されたという。

「採れたての新鮮な農作物を市場に運ぶにも、病人や妊婦が病院へ行くにも、橋がまだない時代は小さなボートで1時間もかけて川を渡らなければなりませんでした」とガイドは説明する。「私たちの生活にとって、この橋がどれだけの意味をもつかをおわかりいただけると思います」

橋の周辺を、1時間ほど歩いてみた。近くの小さな商店街で、私たちに目を止めて「あれ、日本人かなあ」と興味深そうにささやき合っている現地の人たち。橋のたもとの広場で、蹴っていたボールを足でとめて駆け寄り「ねえ、いっしょにやる?」とくったくのない笑顔を向ける子供たち。短い時間だったが、彼らとふれ合いながら、ANAが787でつなげた二つの国のあいだで今後より活発な交流が生まれることを願った。

橋は、カンボジアの人たちの生活に欠かせないものとして機能する橋のふもとの広場で出会った、くったくのない笑顔を向ける子供たち
新鮮な果物や野菜、魚、肉などが豊富なプノンペンの中央市場メコン川沿いの洋上レストランでひと休み

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

秋本俊二(あきもと しゅんじ) 作家/航空ジャーナリスト

東京都出身。学生時代に航空工学を専攻後、数回の海外生活を経て取材・文筆活動をスタート。世界の空を旅しながら新聞・雑誌、Web媒体などにレポートやエッセイを発表するほか、テレビ・ラジオの解説者としても活動する。『航空大革命』(角川oneテーマ21新書)や『ボーイング787まるごと解説』『みんなが知りたい旅客機の疑問50』(ソフトバンククリエイティブ/サイエンスアイ新書)など著書多数。