トラベルボイストラベルボイス | 観光産業ニュース 読者数 No.1

なぜアマゾンは旅行業に参入できていないのか? 買収か挑戦か、「直面する難題」から「次の一手」まで考えた【外電コラム】

ttatty (c) stock.foto

やるのか、やらないのか。アマゾンが今度こそ、旅行業界の変革に動き出すかもしれない。そんな可能性がふたたび旬な話題となっている――。

きっかけとなったのは、モルガン・スタンレーが先ごろ発表したレポートだ。『アレクサ、バケーションを手配して』と題するこのレポートでは、アマゾンが音声対応やクラウドコンピューティングといった各種テクノロジーを駆使し、旅行ブランドをシステムに組み込むことにより、売上高が大きく増加するだけでなく、業界での足場を築く可能性を述べていた。この内容が反響を呼び、アマゾンが本気で動き出した場合にオンライン旅行会社はどうなるのか、注目が集まっている。

専門家の意見は賛否両論

ホスピタリティー産業に詳しい専門家からは、様々な意見がとびだしている。業界への大きな影響はあり得ないとする完全否定派から、アマゾンによりこれまで賑やかだったオンライン旅行マーケットプレイスがすっかり寂れてしまうだろう、といった悲観論まで、内容は多岐に渡る。

アマゾンがオンライン旅行市場に進出するとの観測が流れたのは、今回が初めてではない。

2013~2015年にかけて、アマゾンは2回、オンライン旅行市場への参入を試みている。構想が甘かった「アマゾン・ローカル(Amazon Local)」事業では、主にフラッシュセールを扱い、短命に終わったマーチャント・モデル事業「アマゾン・デスティネーションズ(Amazon Destinations)」では、ホテル各社が手作業で販売可能な客室数や料金をアップロードする仕組みを試みた。

だが、どちらの事業も旅行者やホテルから大きな支持を得ることはできなかった。

2015年1月に公開されたある記事、「ホテルの憂鬱、アマゾンが次のOTA覇者となる可能性は?(Should Hoteliers Be Concerned with Amazon Becoming the Next Mega OTA?)」では、少なくとも当面の間は心配無用と結論づけている。

なぜアマゾンは旅行業に進出できていないのか

アマゾンといえば、世界最大のオンライン・リテーラーで、その株式時価総額は7730億ドル超(約85兆円)。販売、在庫、注文管理のほか、物流までもオンラインで管理するという一連の業務のエキスパートだ。

電子書籍から電子機器、ストリーミング・ビデオまで、アマゾンなら何でも揃うし、あらゆる種類の小売業を展開しているのに、旅行業だけは例外だ。なぜか?

(1)オンライン旅行業参入のビジネス戦略

アマゾンは、過去二回の挑戦において、いずれの場合も、自社単独で、旅行・ホテル商品を手掛けようと試みている。

これが間違いだった。客室など、旅行商品の在庫を確保するのは、コストも時間もかかる複雑な業務である上、アマゾンには旅行業における取引関係の在り方に精通した専門家もいなかったからだ。

例えばブッキング・ドットコム(Booking.com)では、今や計170万3622軒の宿泊施設を揃えており、世界229か国・地域、12万9117カ所をカバーしている。

アマゾンがオンライン旅行業に参入し、これに対抗するつもりなら、2014~2015年初めにアマゾン・デスティネーションズ事業計画を進めていたころ、大手OTAを一つか二つ、買収しておくべきだった。北米ならエクスペディア、トラベロシティ、オービッツ、アジア太平洋地域ではWotifあたりが候補だっただろう。

周知の通り、オンライン旅行サービスを最初の一歩から構築していくには、恐ろしいほどのコストが必要だ。ある程度の規模を目指すなら、時間も非常にかかる。

(2)複雑な在庫マネジメント、値付け、流通テクノロジー

アマゾンは、旅行やホスピタリティー産業で使われているテクノロジーが非常に複雑であるというやっかいな問題も、甘く見ていた。そこでは旧式のレガシー・システムの不十分な機能と、次世代型アプリが混在し、いまやAIやブロックチェーン導入も続々と進んでいる。

さらにホスピタリティー業界の範囲はあまりにも広い。一体、どこから手をつけたらよいのか。PMS、CRS、ホテルスウィッチ(Hotel Switches)、GDS、チャネルマネジャーズ(Channel Managers)などのレガシー・システムを使いながら、リアルタイムでホテルの客室在庫を確認したり、価格設定を操作するためには、双方向対応が可能なAPIや、システム深部のインテグレーションが必要となる。

もしアマゾンが、OTAが採用しているような予約システム、つまり収益管理システム(RMS)、デジタル・コンテンツや動画、パーソナライゼーション機能があって旧来型の旅行業システムにも完全に対応できるシステムを構築するなら、数十億ドル規模の投資が必要だ。完成までには数年を要するだろう。

(3)「賞味期限」がある商品の在庫管理

アマゾンがリテール業の雄であり、イノベーション企業であることは間違いない。しかし、旅行のように徹底した「賞味期限」管理が重要な在庫商品を管理するとなると、かなり手こずるのではないか。

本やソックスと違い、旅行業における在庫は、高度に効率化、自動化された倉庫でも保管はできない。

搭乗ゲートが閉まった瞬間、航空会社から仕入れた15席はなくなり、午前零時を過ぎると、ホテルから仕入れた50室も消えてしまう。

こうした期限付き在庫を管理する手腕は、短期間では養成できない。航空、ホテル、レンタカー、バケーションレンタル(貸別荘やコンドミニアム)、アトラクションなど、それぞれの分野ごとに収益管理マネジャーとオンライン流通のエキスパートが必要になる。

アマゾン云々の前に、旅行業界内でさえ、こうしたエキスパートは常に不足しているのが実情だ。

アマゾンが直面する難題

アマゾンの旅行業進出がうまくいかなかった要因を振り返ってみたが、2015年当時と比べて、いまも状況は特に変わっていないようにみえる。

一方、グローバルなオンライン旅行マーケットプレイスは大きく進化を遂げてきた。ここ数年で、有力OTAの買収・統合が進み、現在は事実上、トップ3社が市場を仕切っている。ブッキング・ドットコム、エクスペディア、そしてシートリップだ。

3強が支配する市場にアマゾンが斬り込み、オンライン旅行業における存在感を確立するためには、これまで挙げてきた弱点を克服するだけでなく、新しい参入障壁にも立ち向かう必要がある。

(1)グローバル規模でのホテル供給

旅行商品の在庫、なかでもホテル客室在庫をいかに確保するかは、オンライン旅行業に進出する際の大きな課題だ。モルガン・スタンレーのブライアン・ノワク氏によると、ブッキング・ホールディングスとエクスペディアは、ホテル客室の仕入れに、それぞれ年間6億2000万ドル(約682億円)ほど投入している。

しかもこの金額に、「埋没費用(サンク・コスト)」は含まれていない。具体的には、業界内での付き合い、世界各地のオフィス、そして旅行ホスピタリティー産業の営業やリレーションシップ・マネジメントを任せられる有能な人材などにかかる費用だ。

ホスピタリティー産業において、取引相手との信頼関係は特に重要で、新規参入者への風当たりは強い。だからこそブッキング・ドットコムでは、世界70か国に200以上のオフィスを展開。従業員数は1万7000人以上にのぼり、その多くが各地域の宿泊施設とのリレーションシップ・マネジャーや、ホテルの相談に応じる収益管理コンサルタントとして働いている。

(2)レート・パリティ ―予約経路に関係なく、公平な統一料金を提供すること

モルガン・スタンレーの分析によると、アマゾンの強みは、価格の安さと頼れるサービス。この二点が、アマゾンの非常に高い競争力の源泉だと指摘している。

しかし旅行業では、たとえアマゾンが低価格を打ち出したとしても、他の小売業ほどのインパクトは期待できない。

旅行業においては、レート・パリティ、つまり価格の統一性という絶対ルールだからだ。

アマゾンのカスタマーサービスは、その秀逸さで知られるが、販売価格がOTAや旅行サプライヤー各社のサイトと全く同じであっても、果たして利用客は満足するだろうか?

価格に競争力がないなら、ライバルのOTA各社よりも価値ある別の何かを提供する必要がある。

(3)グローバル広告展開コスト

3大OTAが投じる広告費は年間100億ドル(約1兆1000億円)以上だ。モルガン・スタンレーの分析では、取引当たりで比較した場合、アマゾンの広告費はブッキング・ドットコムやエクスペディアをかなり下回っているとの試算だ。これは、アマゾンが自社プラットフォームへのリピーター誘導が得意だからで、世界全体での利用者数は3億人以上を誇る。

だが大手OTAと肩を並べるためには、アマゾンもターゲット市場向けに相当な投資を行う必要があるだろう。

ホテル側にとって、アマゾン参入は歓迎すべき展開なのか

アマゾンのようなオンライン大手が旅行業に加わることが競争の促進につながり、1つ、あるいは2つのOTAに依存するしかなかった状況が改善すると期待するホテルもある。

一方、低価格とサービスを武器にする巨大企業であり、「粘着力」の強い会員組織とオンライン販売機能を誇るアマゾンの参入は、OTA対サプライヤー直販の戦いをさらに激化し、顧客の争奪戦が今以上に厳しくなるとの懸念もある。

アマゾンが自社単独でオンライン旅行業に参入するのであれば、総じてホテルが心配する問題はない。繰り返しになるが、OTAと同じ規模の旅行プロダクトを一から揃えていくには、多大な労力と資源を要する。

だがアマゾンが既存のOTA買収を決断し、これを足がかりに、旅行リテール業の世界帝国を作り上げるというなら、ホテル側も注意が必要だろう。

例えば、エクスペディアが買収ターゲットになる可能性もある。同社の株式時価総額は174億ドル(約1兆9100億円)で、決して大きくはない。ブッキング・ドットコムの1050億ドル(約11兆5500億円)と比べればなおさらだ。

ウェブサイトのユーザーエクスペリエンスや成約率の抜本的な改善、追加販売やクロスセールス、利益率の低いビジネスにおける効率的なやり方など、いずれもアマゾンは熟知している。

リテール事業で培った手腕を、エクスペディアでも発揮することができるなら、アマゾンがオンライン旅行マーケットプレイスを変革する可能性はある。

※編集部注:この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事を、同編集部から承諾を得て、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集しました。

※オリジナル記事:Amazon's options for disrupting online travel: try or buy


著者:マックス・スターコフ(Max Starkov) HEBSデジタル社長兼最高経営責任者(CEO)