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中国モバイル決済「WeChat Pay」が訪日市場で急拡大、富士急と強力タッグで挑むスマート遊園地から地域のキャッシュレス化まで取材した

テンセント・ホールディングス・リミテッドと富士急行は、富士急ハイランドにモバイル決済サービス「WeChat Pay」を全面導入することを発表した。

すでに富士急行では鉄道やバス、タクシーの一部、富士急ハイランドを含むグループで2017年11月から順次、WeChat Payを導入。今後、富士急ハイランドを「WeChat Payスマート旗艦遊園地」とし、園内のキャッシュレス化と同時に同決済のプラットフォームであるコミュニケーションアプリ「WeChat」の各機能を活用して、モバイルサービスならではのユニークで利便性の高い顧客体験を提供していく。

2018年7月19日に開催した記念式典で、富士急行代表取締役社長の堀内光一郎氏は、「これを機に中国のお客様にさらに楽しんでいただけるよう、ソフト、ハード、各種プラットフォームを進化させたい」と挨拶。

テンセントのWeChat Pay担当バイス・プレジデントの李培庫(フリーダム・リー)氏は、富士急ハイランドが数々の世界記録を持つ遊園地であることを称えつつ、WeChat Payが世界8億人、WeChatが10.4億人のアクティブユーザーを持つ中国最大のモバイル決済とソーシャルサービスであることもアピールし、「トップを走る両社のコラボで、世界一のスマート遊園地を目指す」と力を込めた。

スマート遊園地でできることと、その効果

園内の土産物店。手元の端末で利用者のスマホに表示されるコードをスキャンする。

スマート遊園地を目指すうえで、例えば園内では、店舗の有人レジや食券などの自動券売機をキャッシュレスで利用可能にするほか、WeChat Pay決済専用の無人レジなどの対応にも取り組むという。また、決済以外にも、各アトラクションに付与したWe Chat PayのQRコードをスキャンすることで、その施設の概要や誕生の背景などの情報を発信し、園内での体験を深められるようにする。スマホを活用したガイドツアーも検討する方針だ。

WeChat Payオペレーション・ディレクターの殷潔(グレース・イン)氏によると、この取り組みに関して上海ディズニーランドでは、アトラクション情報とともにミニゲームを配信することで、行列の待ち時間の不満解消にも繋がり、利用者と施設側の双方にメリットがあったという。

このほか、WeChat内に公式アカウントを開設し、チケットやファストパス(優先パス)のオンライン販売も開始。富士急行執行役員企画部部長の斉藤隆憲氏は、「現地で並んだり、言語の不自由なしにチケットを購入できる事前購入の効果を実感している」と説明した。実際に園内では、不慣れな日本円の利用で手間取ることがなくなり、有人レジや券売機での決済がスムーズに進むようになったという。

WeChat Payでは決済の自動化も推進。店舗の一角に設けられた実験用の無人レジ。

さらに、こうした園内での体験がWeChat内でシェアされ、訪日経験のない人にも富士急ハイランドの情報が届くようになる。李氏は、「中国ではバイラルの信頼度は通常広告よりはるかに高い。スマート遊園地による刺激でクチコミを増やすことで、富士急ハイランドのさらなるブランド認知向上に繋がる」と、単なる決済機能だけではなく、10.4億人のIDのあるアクティブユーザーをもつプラットフォーム上のソリューションであることを強調した。

今後、富士急ハイランドは旗艦店の一つとして、より深いレベルで協業し、リソース提供を受けることになる。旗艦店専用のキャンペーン設計やマーケティング施策も展開していくという。

富士急がWeChat Payに取り組む理由

斉藤氏によると、WeChat Payの導入は、決済機能の対応と中国での認知向上が目的。決済の効果は前述通りだが、プロモーションでも「WeChat Payを使った人が確実にフォロワーになり、ユーザーとのコミュニケーションが生まれる。訪日経験のない人にも拡散され、日本にいながら中国内にアプローチできる実感がある」と話す。

富士急行・執行役員企画部部長 斉藤隆憲氏

今後、富士急ハイランドでは「WeChat Payスマート旗艦遊園地」として、テンセントとタッグを組み、大規模マーケティングを展開。斉藤氏は「中国人旅行者の集客を加速させ、体験価値を向上して、消費拡大を図る」と意気込む。

中長期的には、富士山麓エリア全体のキャッシュレス化を推進。すでに、グループの交通機関のほか、ロープウェーや氷穴、遊覧船などの観光施設にも導入しており、今後はグループ外の事業者にも富士急トラベルが代理店となって、導入促進を図っていく。同エリアに新たな価値を創造して観光客の長期滞在を促し、同エリアを国際的リゾートへと高めたい考えだ。

斉藤氏によると現在、同エリアの観光客数は年間3600万人。特に近年の伸びは著しく、2011年からの5年間で約600万人増加した。その牽引役は外国人旅行者で、例えば、河口湖駅の利用者に占める外国人比率は57%と、日本人を上回るまでに成長。特に中国人旅行者が多いといい、記念式典では社長の堀内氏が「我々にとって最も大切なお客様」というほど、インバウンドが重要であり、恩恵を得ているエリアだ。

これについて斉藤氏は「年々増加する外国人旅行者のおかげで、弊社はこの数年、過去最高益を更新している。この利益を設備投資に回し、結果として日本人にも喜んでもらえる施設づくりができるようになる。日本人も外国人も等しく大切」と説明。インバウンドを重視して受入を整備する意味を強調する。

日本で導入店舗が急拡大

テンセント WeChat Payオペレーション・ディレクター 殷潔氏

テンセントは昨年、日本で初めて事業者向け説明会のWeChat Pay国際カンファレンスを開催。シニア・オペレーション・ディレクターの殷氏によると、日本ではこの1年で大幅に導入が進み、取引件数は6.2倍、決済金額は5倍、新規加盟店は6倍で、うち、毎日取引が発生するアクティブ店舗は5倍となった(2018年6月現在、実数非公表)。

WeChat Payでは「世界中の事業者をサポートし、中国人観光客の満足度を向上させる」という目標を掲げている。つまり、中国人観光客が多く訪れる地域へ、決済を足掛かりにサービスを広げる方針で、中国人の訪日旅行の増加に伴い日本への注目を高めてきた。今年は関西圏と関東圏の2か所で開催しており、カンファレンスの冒頭では日本を重視する意向が強調された。

今後の展開については、オープンプラットフォームであるため、決済機能を軸に新規顧客の誘発から決済後の顧客化まで、一気通貫で各種マーケティング機能を提供できる強みを訴求し、新規導入店舗を募る。

一方で、富士急との協業のような旗艦店(フラッグシップ)を広げる。殷氏によると、「密接に協力できる意欲の高い業界のリーダーとのパートナーシップを広げていく」方針だという。

すでに日本では昨年7月、ドン・キホーテの主要3店舗を、世界で100店舗目の「WeChat Pay旗艦店」として展開。ドン・キホーテでは全国417店舗のうち、同社の中国人消費額の9割をカバーする計62店舗で導入済みだ。

さらに昨年12月には、新千歳空港が「WeChat Pay旗艦空港」として全面導入。テンセントとの大規模キャンペーンを実施した。これにより、国際線ターミナルでの現金決済比率が、従来の50%から、キャンペーンのあった今年2月は10%に減少。これに対し、国際線全体の売上高は30%増加したという。

バイス・プレジデントの李氏はスピーチの中で、中国ではキャッシュレス化が当たり前であることを説明。今回、来日した同社のメンバーが別の都市での滞在中に飲食店に行き、食後に財布を忘れたことに気づいて、恥ずかしい思いをしながら現金を取りに戻ったというエピソードも披露した。キャッシュレス化の対応は、一部の店舗だけでは旅行者利便は向上しない。今後は富士急がリードをとるように、エリア全体での取組みが必要になってくるだろう。

記念式典のテープカットの様子

記事:山田紀子