トラベルボイストラベルボイス | 観光産業ニュース 読者数 No.1

米国政府観光局の役割を担う「ブランドUSA」が手がける、DMOのインバウンド施策を支援するしくみとは?【取材コラム】

こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。

2018年夏、米国のDMO最大の業界団体であるディスティネーション・インターナショナル(DI)の年次総会に出席した際の話題をまとめている本コラム。今回取り上げるのは、米国政府観光局に該当する「ブランドUSA」の取り組みです。米国のインバウンド旅行者への施策について、最新事情をレポートします。

DIの年次総会への出席は連続3回になりますが、これまでインバウンド(海外からの旅行者)についての話題はごくわずか。ところが、2018年は状況が一変し、ブランドUSAがDMOのインバウンド施策を支援する方策を続々と打ち出しました。どんな内容だったのでしょうか。

2025年までの成長率もとに中国・インドに注目

まず目についたのは、ブランドUSAが「中国市場」と「インド市場」の2つの分科会セミナーを実施したこと。中国とインドは米国から見て地球の裏側にあり、地理的には遠いにも関わらず、です。

現状の米国のインバウンド旅行者は約8000万人。最も多いのはカナダやメキシコなど国境を接する国で、2か国で約半数を占めます。次いで、英国、日本、中国という順位で、インドは現在上位20位にも入っていません。しかし、2025年に向けての伸び率で最も期待できる市場を経済成長や人口動態などから推計し、中国とインドに注力する姿勢がうかがえます。

「中国市場」の分科会では、国慶節など中国独自の休暇パターンについての解説が行われていました。日本でも数年前に取り組み始めた中国市場について、米国は急速に知識を吸収しています。

ブランドUSAによる中国市場のセミナー会場

五感に訴えかける巧みな仕掛け

別の分科会では、Netflixなど有料動画配信サイト米国の観光地についての番組を提供する「GoUSA TV」が取り上げられました。「GoUSA TV」は、米国のお勧め観光スポット、アウトドア、グルメ、話題の観光地、ドライブ旅行コースといった多彩な内容を配信しています。

「アメリカの音楽の旅」の展示会用立て看板。メンフィスの音楽が試聴できる仕組みになっている

そして、基調講演では、ブランドUSAのこの2年間の取り組みの紹介として、音楽と国立公園をテーマにした映像の一部が上映されました。クオリティはとても高く、単なるプロモーション映像ではなく、完全な映画作品です。まず、音楽では5つの都市で活躍する若いミュージシャンを取り上げる「アメリカの音楽の旅(America’s Musical Journey)」。2018年4月に開催された北京国際映画祭の最優秀観客賞を受賞した作品です。この受賞が、中国国内での報道やソーシャルメディアで注目され、ブランドUSAの中国市場での訴求が加速することになりました。

また、もうひとつの「国立公園の冒険(National Parks Adventure)」は、3D大型スクリーンのIMAXに対応した映画。ナレーションは米国を代表する俳優であるロバート・レッドフォードが担当しています。米国の国立公園の雄大な自然と、野生生物が生き生きと、かつ迫力満点で撮影され、これまで15か国113会場で上映されています。

ブランドUSAでは、クオリティの高い映像を作るにとどまらず、動画配信サービスや映画館など、複数のチャネルで訴求しています。音楽や大型スクリーンの使用は、五感に訴えます。観客は、米国の素晴らしい自然や文化を、エンターテインメント作品としてより深く記憶にとどめるに違いありません。意識しないうちに米国に対する印象を強化させることに成功しています。まさにスケールがケタ違い。ブランドUSA恐るべし、です。

民間事業者との連携でテコ入れ

このような施策を展開するブランドUSAとは、そもそもどんな組織なのでしょうか。ブランドUSAは、米国への外国人旅行者を誘致することを目的としている組織で、観光局にあたります。運用開始は2011年で、さほど歴史がある組織ではありません。2014年の旅行促進強化近代法(Travel Promotion, Enhancement, and Modernization Act)によって活動期限は2020年9月30日とされており、今後、延長を含めた見直しが予定されています。

ブランドUSAの活動の財源は、マッチング・ファンド形式と呼ばれる独自のもの。ビザ免除プログラム参加国から米国へ渡航する人は、2009年からESTA(Electronic System for Travel Authorization)への申請が義務付けられていますが、この申請料から年間1億ドル未満の金額がブランドUSAの活動資金に充てられます。日本もビザ免除プログラム参加国のため、ハワイをはじめとする米国への旅行でESTAを申請した経験を持つ方は多いのではないでしょうか。

もっとも、ESTA申請料からの拠出には条件があり、民間企業や地方自治体等から寄付金や現物提供を募って、民間から寄付された額と同額が上限です。というと、少し分かりづらいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。実は私もこの仕組みを知識としては知っていたものの、日本になじみがないスキームで、あまり良く理解できていませんでした。

しかし、今回のDIでの発表などを見て、実態の運用が腑に落ちました。すなわち、ブランドUSAの施策の大部分は、民間企業のスポンサーがついているか、民間企業のサービスを安価に提供するものになっているのです。先ほど紹介した「国立公園の冒険」のエンドクレジットを見ると、エクスペディアがグローバルスポンサーとなっていて、この映画には数億円規模のスポンサー費用を支出しているとか。すなわち、インバウンド旅行者の誘致を、公的、民間資金の両方を使って実施しているのです。

マッチング・ファンド方式を採用

ブランドUSAがマッチング・ファンド方式によって民間企業から受け取る中には、現物支給も含まれます。運用の実態は、民間企業のサービスを安価にDMOに提供する、というものです。ブランドUSAのウェブサイトをみると、「パートナー」というページがあります。パートナーとは、ブランドUSAに寄付や現物支給をしている民間企業のこと。このパートナーページに、米国のDMOが活用できる、海外市場向けの様々な施策が掲載されています。施策には、対象国、プロモーション手法など様々な種類がありますが、その分野に強いパートナー企業が提供しているものが多いのです。

例えば、エクスペディアが提供するプログラムには、グループ企業のOrbitz、Hotels.com、Travelocity、AirAsiaGo.comなどを含めた、海外の対象市場での広告パッケージがあります。広告パッケージとは、エクスペディアグループのサイト上でDMOの告知を行うほか、対象国のネット上での広告、ソーシャルメディアとの連動、Eメールの配信などを、現地の言語、商慣習に合わせてカスタマイズし、提供するものです。

DMOがこれを利用する場合、エクスペディアが安価に料金設定しているので、利用しやすくなります。条件として、ブランドUSAのプログラムを利用したことを表すため、クリエイティブのデザインにはブランドUSAのロゴの掲出が必要で、デザインの承認も得ることになっています。

エクスペディアなど民間企業はブランドUSAのパートナー企業になることで、料金を安く提供する代わりに、ブランドUSAのお墨付きで多くのDMOと取引ができます。取引が増えれば事業も拡大できます。そして、ブランドUSAは少ない金額で施策を広げることができます。日本人の感覚ではマッチング・ファンド方式は少し複雑ですが、運用すると関係者全員が助かるという仕組みです。

ブランドUSAはマーケティング投資効果を公開

一方で、この仕組みについて、DMOはどのように思っているのでしょうか。私がインタビューをした、バージニア州アーリントンのDMOステイ・アーリントン(Stay Arlington)の最高責任者であるエミリー・カッセル氏は、ブランドUSAのこの仕組みを絶賛していました。

アーリントンは、地理的にワシントンDCに隣接し、インバウンドも訴求したい考えがあります。ただ、ステイ・アーリントンでは、エミリーさんを含めスタッフは7人しかおらず、活動予算も限定されているため、独自に海外市場向けの施策を行うことは現実的に困難でした。彼らにとって、ブランドUSAによって安価なサービスが提供され、しかも自分の地域の状況に合わせて必要なものを選択できるメニュー形式になっているのは、大変活用しやすく、大いに助かっています。

ブランドUSAは、実施したマーケティング活動に対する投資対効果(ROI)を公開しています。これも先進的な取り組みです。

ブランドUSAの報告書によると、2017年度のマーケティングへの投資額(支出額)は1.4億ドル(約155億円)で、ブランドUSAによるマーケティング活動で誘致された外国人旅行者の純増分は111万人、この消費額の純増分は38.9億ドル(約4280億円)となっています。ここから、ブランドUSAのマーケティングに関するROIは27.7倍、すなわち1ドルの投資で、27.7ドルの効果を生んでいるということになるそうです。

米国では、誘致する人数や消費額を目標にするだけでなく、マーケティングの投資対効果を算出していることに注目です。一般にプロモーションの効果測定は難しいのですが、それを専門のシンクタンクに算出してもらって、透明性の高い活動を行っているのです。

いかがでしょうか。米国のインバウンド旅行者への取り組み方はどれも合理的に設計されているように思います。国が違えば、取組方法も違うと思いますが、日本でも参考にできることは取り入れられるといいですね。

丸山芳子(まるやま よしこ)

丸山芳子(まるやま よしこ)

ワールド・ビジネス・アソシエイツ チーフ・コンサルタント、中小企業診断士。UNWTO(国連世界観光機関)や海外のDMOの調査、国内での地域支援など、観光に関して豊富な実績を有する海外DMOに関する専門家。特に米国のDMOの活動等に関し、米国、欧州各地のDMOと幅広いネットワークを持つ。DMO業界団体であるDestination International主催のDMO幹部向け資格「CDME(Certified Destination Management Executive)」の取得者。企業勤務時代は、調査・分析、プロモーションなどの分野でも活躍。