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英国「EU離脱」で観光産業にたちこめる暗雲、観光消費4位の英国旅行市場に与える影響を考えた【外電】

英国首相のボリス・ジョンソン氏はブレグジットを完遂するというが、EU離脱で控えているのは、時間が長くかかり、根気の要る作業で、結局、国は貧しくなる。これからの数年間は、英国の旅行・観光産業にとって険しい道のりになるのではないだろうか――。

2016年6月、国民投票でEU離脱を決めて以来、英国は身動きがとれなくなっていたが、この12月の選挙では、ようやく決着をつける形で、ボリス・ジョンソン首相率いる与党・保守党が圧勝した。

これで英国が2020年1月31日までにEUを離脱することは、ほぼ確実となった。力強い勝利がもたらす様々な影響は、英国だけにとどまらず、EUや世界へと広がってゆくだろう。

国連世界観光機関(UNWTO)によると、英国は世界第10位の旅行者受け入れデスティネーションであり、消費額ベースでの送客市場としては第4位に君臨する。影響は英国内のだけではなく、グローバル市場にも波及する。

※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

短期的には景気上昇も

経済は、先行き不透明な状況を嫌う。これは言い古されたフレーズだが、理由もある。先日の選挙後、株価の反応は好意的だった。

イージージェット、オンザビーチ、プレミア・インを所有するウィットブレッドなど、旅行・観光関連の銘柄は、選挙結果が出た翌朝、大幅に値上がりした。

英国ポンドの為替レートも、対ドル、対ユーロで上昇。海外旅行を計画している英国人にとっては朗報だが、訪英インバウンド市場にはそうでもない。

「政治的な見通しが明瞭になり、財政が拡大することは、英国の成長につながる」とモルガンスタンレー投資銀行のアナリストは指摘する一方、こう付け加える。「EUとの貿易交渉で、脱線がなければね」。

ジョンソン首相にとって、英国議会でブレグジット法案を可決することは容易になった。1月末、英国は正式にEUを離脱する。だがその後も、少なくとも2020年末までは移行期間となり、大きな変化はない。

この間、英首相はEUとどのような関係を築くべきか、決めることになる。緊密に連携した関係なのか、それとも分断か。

英保守党の掲げる観光政策とは

ここ数年で最も激しい対決となった今回の選挙だが、争点は、ジョンソン首相率いる保守勢力の「ブレグジット断行」か、労働党の選挙スローガン「一部の人ではなく、大勢のために」の選択になってしまった。

ブレグジットの話題一色となった選挙で、それ以外では公的な健康保険サービスなどが議論の対象になった程度だった。予想はしていたが、ツーリズムについての議論など、ほとんど見当たらなかった。

どちらの政党も、選挙に勝利した場合に実行する政策やマニフェストを作成していたが、「ツーリズム」という言葉はほとんど登場していない。保守党の内容を見ると、細かいところまで突かれないようにとの戦略なのか、かなり少なかった。

「ツーリズム」の言葉が登場したのは3回だけ。そのうち2回は「ヘルス・ツーリズム」に言及するもので、例えば、海外から英国を訪れ、無料で利用可能なヘルスケアを体験する旅行、という内容だった。残る一つは北アイルランド政策に関するもので、ざっくりと同地域の「インフラ、産業、ツーリズムの向上」を挙げていた。

(テレサ・メイ前首相が最後に取り組んでいたことの一つがツーリズム産業支援策の法案可決だった。ただし、新政権がこれをどう実際に動かしていくのか、まだ明らかではない。)

大局的な視点

わたしたちスキフトがいつも指摘している通り、ツーリズムというものは、宿泊や交通といった構成要素を単純に合計しただけで完結するものではない。インフラやイミグレーションにも大きく関係している。外国人が入国し、あちこちを旅行して動くわけであり、こうした旅行者にサービスを提供するバー、レストラン、ホテルの従業員にも関わる問題だ。

入国管理は、ブレグジットの可否を問う投票で、中核を成す問題だったうえ、これからの保守党の政策においても支柱の一つだ。同党のマニフェストでは、EUの主要方針の一つ、「移動の自由」はもう不要で、これに替わり、オーストラリアのような「ポイント方式」のイミグレーションの仕組みを取り入れるべきとの考えだ。

この方針がもたらす結果は、「より少ない数の、専門スキルの低い移民」となるだろう。

ホスピタリティ産業は、EU出身の働き手に大きく依存している。KPMGのコンサルタントによると、(英国の)ホスピタリティ産業を支える従業員のうち、EU出身者は全体の12.3%を占める。ロンドンの場合、企業にもよるが、この比率は25.7~38%とさらに高くなる。

保守党が再び最大勢力となった今、移民政策における規制は厳しくなり、旅行・観光・ホスピタリティ業界の従業員にとっては暗雲がただよう。

「同産業は昨年、英国に230億ポンド(約307億ドル)の経済効果をもたらした。だがこの成長が続き、さらに発展するためには、世界各地から従業員を集められること、海外からの旅行者がフリクションレスな入国管理を享受できること、この2点がブレグジット以降も継続される必要がある。英国は、これからも外国人客を歓迎しますと強くアピールするプロモーション活動も必要だ」とジョス・クロフト英国インバウンド旅行協会CEOは話した。

英国のデイリーテレグラフ紙には今年初め、インターコンチネンタル・ホテルグループのキース・バーCEOが寄稿し、規制を緩和した場合について、説得力のある論説を展開していた。

「よく検討され、実用的なアプローチを選ぶことが、人材やスキル不足の回避につながる。我々の産業において、多様な文化は欠かせないものであり、それはそのまま英国の魅力でもある」(バーCEO)。

これは英国側だけの話ではない。まったく同じことがEUの企業にも当てはまる。これまで「域内移動の自由」のおかげで英国人スタッフを雇用することができたが、英国がEUを離脱すると、それぞれ相手国・地域出身者に対し、入国管理を課すことになる。例えば、英国が入国を許可する人数を大幅に制限するなら、EU側も同じことをするだろう。ところが英保守党は「移動の自由」について議論するとき、まるで一方通行の制度であるかのように語ってばかりだった。

「EU各国で働く英国民に対する規制が厳しくなるかもしれないし、最悪の場合、英国企業の多くが、従来のビジネスモデルを継続できない状況に陥ることもありえる」と旅行業界団体のシーズナル・ビジネス・イン・トラベルは警鐘を鳴らす。

同団体が2019年に実施したメンバー会社に関する調査によると、(英国人スタッフが自由にEU域内で業務できなくなると)、催行できるツアー数、雇用機会がいずれも減少、ツアー価格は上昇するとの傾向が浮き彫りになった。

進まないヒースロー空港の拡張計画

旅行関連で、なかなか先に進まないもう一つの大型案件が、英国最大の空港、ロンドン・ヒースロー空港の新しい滑走路計画だ。

政治家たちは、かれこれ10年以上、3本目の滑走路を建設する計画について議論してきたが、最近まで明白なコミットメントは避けていた。保守党のマニフェストを見ると、今も状況はあやうい。

「ヒースロー空港側には、大気汚染と騒音の規定を守ること、プロジェクトの予算および建設に問題がないこと、ビジネスプランが現実的であることを示す責任がある」というのが、その内容だ。

さらに具体的な詳細には踏み込んでいないが、保守党は「環境に負荷のないクリーンな交通手段を支持し、大気汚染に関する厳格な法規制を打ち出す」としている。

連合王国がバラバラになる?

保守党は圧勝したものの、スコットランドでは、スコットランド国民党が議席シェアを増やし、59議席中48議席を獲得する結果となった。この結果、スコットランド独立を問う二回目の国民投票が、数年以内に実施される可能性が高まっている。

「スコットランド経済にとって、観光産業はとてつもなく重要であり、GDPの70億ポンド(約93ドル)ほどを創出、雇用者数は20万人以上にのぼる」と同党のマニフェストにある。

ブレグジットによって、観光業が受けるダメージにも言及、その対策として「英国政府は、ホスピタリティ産業を対象にVAT(付加価値税)の減額を検討するべき」と求めている。

さらにスコットランド国民党では、ハイランド地域および諸島部を「2040年までに、世界初の航空機による排出ガス“ネットゼロ”(実質ゼロ)地域」にする考えを表明。「電気エネルギーで飛ぶ航空機など、排出ガスを抑えたもの、またはゼロのフライトの導入を、2021年から試験的に開始」したい考えだ。

北アイルランド議会でも、勢力図が変わった。ユニオン派(英国との連合支持派)の亀裂がさらに深まり、初めてナショナリスト(独立支持派)の議員が多数となった。ユニオン派8人に対し、ナショナリストが9人、残る1人は中道派の同盟党という状況。つまり、ここでもブレグジット反対派が多勢を占めている。

ブレグジットの暗雲がすべてを覆う

先日の選挙は、ここ数年で、最も重要なものだったのではないか。2大政党の主張には、大きなへだたりがあり、ブレグジットがあらゆる分野に、暗い影を落としている。この状況は、旅行・観光産業の行く手にも影響を及ぼすだろう。

2019年初めのスキフト・リサーチ・レポートは、この点について、かなり控えめな表現に抑えていた。

同レポートでは「ブレグジットは旅行にマイナスだが、問題はどのぐらいのマイナス影響になるか、である」と指摘、2019~2024年の訪英インバウンド需要は、7%減から3%増、アウトバウンド需要もほぼ同じと予測している。

またGDPとツーリズム産業、例えばインバウンド旅行者数とその消費額、アウトバウンド旅行者の消費額の間には、強い相関関係が見られるとも指摘している。(GDPが)縮小すれば、その理由がブレグジットかどうかに関係なく、ツーリズムにも影響は必至だ。

選挙後、今後の経済動向についての見解が、大きく分かれたことも興味深い。フィナンシャルタイムズ紙の最近の記事にある通り、短期的には、保守党の勝利を株式市場は歓迎、大幅な株価上昇となった。

だが、直後の動向だけに目を奪われていると、ブレグジットがもたらす長期的な影響を見失う。経済状況が悪くなるとの見方もあり、その場合、ジョンソン首相は非常に難しい問題を抱えることになる。

選挙に先立ち、英国の国立経済社会研究所(NIESR)は、EUからの離脱がいかに重要な問題であるかを訴えていた。

「税制や予算案が、その効果を十分に発揮できるかどうかは、経済環境と大きく関係する。次の議会では、ブレグジット次第で、英国が置かれた状況は大きく変わる」。

議会で多数派となったジョンソン首相には、以前よりも少し余裕があり、EUとの間で始まる協議で、多少の妥協もありうるかもしれない。より現実的な路線を選び、ブレグジットの軟着陸に向けて、27か国との緩やかな連携を選ぶのか、それとも党内右派の意見に傾くのか?

その選択が、これから10年の英国の未来図を形づくることになる。

※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。

※オリジナル記事:What the UK Election Result Means for Travel and Tourism


著者:パトリック・ワイト(Patrick Whyte)氏