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旅館のテクノロジー導入はどうあるべきか? 内閣府経済政策フォーラムで議論、観光産業の生産性向上からデジタル化まで

インバウンド観光産業が日本の地域経済に与える影響が増す中、デジタル技術の活用による生産性向上は重要な課題とされる。2019年11月に内閣府経済社会総合研究所(ESRI)が開催した第58回ESRI-経済政策フォーラムでは、「インバウンド観光産業の生産性向上∼地域活性化のためのデジタル・イノベーション∼」をテーマに、議論が行われた。

パネリストは城崎温泉にある旅館但馬屋の柴田良馬代表取締役社長、WAmazing株式会社の加藤史子代表取締役社長CEO、トラベルボイス代表の鶴本浩司、首都大学東京都市環境学部の矢部直人准教授、東洋大学国際観光学部の栗原剛准教授の5名が登壇した。

モデレーターは首都大学東京大学院都市環境科学研究科観光科学域の清水哲夫教授が務め、「宿泊産業の生産性をどのように高め、ICTはどのように貢献できるか?」「訪日外客を地方に誘客するためのデジタルマーケティングの役割は何か?」の2つの観点から、観光の現業に携わる柴田氏、加藤氏、鶴本の3名がそれぞれプレゼンテーションを実施。各トピックについて3名が意見交換を行った後、最後に学術の立場から矢場氏、栗原氏、清水氏がディスカッション全体に対して意見を述べる形で進められた。

食材や備品などを交換する旅館同士の「助け合い」システム

最初に兵庫県・城崎温泉で12室の旅館を経営し、全旅連青年部でITソリューション開発委員長を務めた柴田氏から「宿屋EXPO」という宿泊施設向けシステムが紹介された。全旅連が神奈川県・鶴巻温泉の旅館、元湯陣屋と共同開発、試験運用中で「このシステムで儲けることは考えておらず、地方の宿泊施設の生産性を向上することが目的」(柴田氏)として、全旅連に加盟していない宿泊施設も初期費用や加入手数料など無料で利用できる。

「旅館同士が食材や備品、労働力などのリソース交換や助け合いを行える、簡単に言えば宿泊施設向けのamazonやメルカリというイメージ」と柴田氏は説明し、実際に異なる地域の旅館同士で人材の派遣や備品の提供、地場食材の販売が行われた事例が紹介された。

旅館但馬屋の柴田良馬代表取締役社長

このシステムに対して鶴本からは「こうした仕組みを通じて隙間時間を活用した労働を柔軟に供給できれば、生産性はさらに上がるのでは」、加藤氏からは「大手チェーンでは繁閑期の異なる施設間でスタッフを行き来させており、このシステム上で個別の施設同士も可能では。レベニューマネジメントを地域単位で行えるなど可能性は大きい」とコメントが寄せられた。

スキーと温泉で地方分散化を推進する訪日外国人向けアプリ

続いて加藤氏からは訪日外国人向けアプリ「WAmazing(ワメイジング)」について紹介が行われた。同氏はリクルートに18年間在籍後に独立起業し、2017年に同アプリサービスを立ち上げた。加藤氏はインバウンドの地方分散化に必要な3点として「魅力ある観光コンテンツ、情報発信・予約手配・決済がスマホ上でできるオンライン化、交通アクセス」を挙げ、同アプリでのワンストップサービス提供で課題解決を目指すと語った。

具体的にはスキーと温泉で地方誘客を図っており、特にスキーに力を入れている。「外国人が地方に行く目的はスキー・スノーボードが1位、温泉入浴が2位。観光庁調査をもとに推計すると2018年のスキー目的の旅行客は95万人、温泉目的は1072万人で着実に増加傾向にある」と加藤氏。WAmazingは全国のスキーリゾートの7割以上に当たる280施設と直接契約してリフト券など2000商品をオンライン販売している。

全契約施設のアクセス情報を写真入りのブログ形式で丁寧に説明し、各国のgoogleで検索するとトップヒットするSEO対策を行っているほか、サービス周知のため、アプリを事前にダウンロードして会員登録すると、日本国内の22空港に設置された専用機で無料 SIMカードを提供するサービスを実施しており、現在香港、台湾を中心に約27万人が会員登録している。

この取り組みについて鶴本は「自分がオーストラリア政府観光局に在籍していた時、常に課題だったのがシドニーからの地方分散化。このサービスは分散化に貢献できる」、柴田氏は「このサービスを今まで知らなかったので、情報共有が大事と改めて感じた。我々と連携することで、訪日外国人によりよい情報を届けられると思う」と述べた。

デジタルの活用で「町としてのレベニューマネジメント」が可能に

最後に鶴本からデジタルマーケティングの最新動向の解説が行われ、観光とデジタルに関して今世界的に起きている事象が挙げられた。

一つは民泊やライドシェアなどブルーオーシャンと思われていた分野に多くのプレイヤーが参入し、レッドオーシャンになっている状況で、もう一つが「モノ消費→コト消費」からさらに進化し、その瞬間でないと体験できない「トキ消費」、消費そのものに意味を持たせる「イミ消費」が重視されてきている点だ。

また「タクシー、食事、宿泊など旅行目的別にスマホのアプリが乱立する状態から、これらのアプリが集約される流れが出てきている」と語り、ポータルサイトのような役割の「スーパーアプリ」が生まれつつあると述べた。

宿泊業界とデジタルについては、かつては勘で行われていた宿泊料金のレベニューマネジメントがテクノロジーで解決できるようになり、宿泊料金の最適化が進んでいること、客室流通に関しては宿泊施設による直販化が強化され、今後はレートパリティー(宿泊利用金の統一化)が進む傾向にあることが述べられた。

こうした動向について、加藤氏は「インバウンドの8割を占めるアジアは、日本より一気にデジタル化が進んだ。彼らからは変化が緩やかな日本に来るとほっとするという声も聞くが、旅行のツールとしてのデジタル化は必須では」と述べた。

柴田氏は「ITの活用によって裏方の仕事を減らし、接客に余裕を持てることが理想。10室前後の宿泊施設が約70軒ある城崎温泉は、町全体が一つの旅館というコンセプトだが、顧客管理がバラバラで地域全体にどれくらい外国人が来ているかわからない。全施設共通のホテル管理システム(PMS)が使えれば町としてのレベニューマネジメントができ、さらに県単位に広がれば災害対策などにも活用可能では」と述べた。

観光業界のデジタル化は各事業者が努力すべきか、国策として推進すべきか

ディスカッション全体に対するコメントとして、矢部氏は「私の研究で訪日外国人が旅館スタッフから聞いた話やガイドブックといった『アナログ』な情報が、次回の訪日旅行に影響する可能性があることがわかった。発表を聞き、そうした情報源のデジタル化について研究を深めていければと改めて感じた」と述べた。

首都大学東京都市環境学部の矢部直人准教授

栗原氏は「多くのIT技術を導入するよりも、少数に絞って導入している旅館のほうが、生産性は明らかに高くなっている。ただし導入自体のハードルが高いことがわかったので、その部分についても研究でサポートできれば」と述べた。

東洋大学国際観光学部の栗原剛准教授

最後に、モデレーターを務めた清水氏は「年単位で新しい技術やサービスが更新されるため、業界全体でキャッチしないとすぐに陳腐化し、デジタル化の波に乗り遅れて利益を失う恐れがある」とした上で、「問題は誰がそれをリードするか」と指摘。「地方の旅館の現状と、こうした場で話される話題との乖離が大きい。その間をどう繋ぐか、産官学が真剣に考える必要がある。個々が努力して取り組むべきか、国策として取り組むのか。自分は解答を持っていないが、この問いを問題提起として終わりたい」と締めくくった。

首都大学東京大学院都市環境科学研究科観光科学域の清水哲夫教授