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日本の統合型リゾート(IR)は今後どうなるのか? 新型コロナウイルスがIRレースに与える影響を考えた

統合型リゾート(IR)を知るシリーズ 連載第4回

世界各地で猛威を振るい、日本でもオーバーシュートが懸念される新型コロナウイルス。拡大防止のため外出が禁止や自粛となる国も多く、世界的に経済活動も停滞している。特に観光産業への影響は大きく、ホテル稼働率、航空機搭乗率、飲食店売上、いずれも総崩れの様相を呈している。

日本における統合型リゾート(IR)の議論も、このコロナ騒動と無縁ではない。誘致意向を示している自治体では粛々と事業者選定に向けた準備が進んでいるが、肝心の事業者がコロナ対応に忙殺されており、日本でのIRの位置づけが劣後してしまうのはやむを得ないだろう。今後、新型コロナウイルスは日本のIRにどのような影響を与えるのか。IR専門家の助言をもとに、IRの議論の行方について考察した。

先の見えないIR施設閉鎖の行方

コロナウイルスは中国本土から始まり、その後、アジア、欧州、そして米国を含め、世界中に感染拡大した。これに合わせ、IR施設も順次閉鎖されている。

まず、中国本土に隣接するマカオで、2020年2月5日から19日まで全IR施設が閉鎖された。マカオのゲーミング規制当局(Gaming Inspection and Coordination Bureau, DICJ)によると、2月のカジノ粗収益は前年同月比で87.8%減の31億0400万パタカ(日本円で約420億円)、1〜2月累計では49.9%減の252億2900万パタカ(日本円で約3418億円)に落ち込んだ。マカオのIRは、2月20日から営業を再開したが、3月25日からは海外からマカオを訪れる渡航者のマカオ入境が禁止された。マカオ政府観光局の担当者は、「現地から営業を制限しているという情報は入っていないが、観光立国の中で先行きが見えない。一刻も早い収束を願っている」と語る。

3月に入り、米国内でも新型コロナウイルスの感染が拡大すると、IRの街ラスベガスでも、3月17日より順次IR施設が閉鎖となった。施設閉鎖の波は米国全体に広がり、3月30日現在、米ほぼすべてのカジノ・IR施設が閉鎖されている。

このほか、シンガポールのふたつのIR施設はカジノフロア入場者をロイヤリティ・プログラム・メンバーなど一部に制限して営業を続けているものの、全世界からの短期滞在者すべてがシンガポールへ入国・乗り継ぎできない状況。マレーシアのIR施設は3月18日から閉鎖しており、「活動制限令」期間も延長され4月14日までの閉鎖が決定している。フィリピンのカジノも3月15日から閉鎖されている。

業績悪化対応がIR事業者の最優先課題

IR施設の閉鎖を受け、IR事業者の業績も大幅に悪化している。施設閉鎖により収益がなくなる一方、従業員の人件費等はかかり続けるからだ。

株価にも施設閉鎖のインパクトが大きく反映されている。日本のIRにも関心を有する主要IR事業者の株価も、どの事業者も年当初より値を下げている。チャートサービス「tradingview」によると、特にMGMとウィンについては、一時はそれぞれ8割、7割も下落した。ダウ平均株価よりも下落幅が小さいのはギャラクシーのみであり、他産業と比べてもIR業界の落ち込みが激しい。各社ともこの窮状を乗り切ることに注力しており、外注費の削減や、幹部報酬のカット、場合によっては従業員レイオフなどコスト削減の努力が続けられている。

新規投資である日本のIRは後回しに

新型コロナウイルス対応に忙殺されるIR事業者においては、日本のIRという新規投資案件は、どうしても優先度が落ちてしまう。報酬カットやレイオフを行う中で、巨額の新規投資の意思決定は非常にやりづらい。現在は、自治体での事業者選定に向けたRFPが、大阪を皮切りに順次スタートしており、これに伴いIR事業者と日本企業とのコンソーシアム組成や、IR開発の提案作成も大詰めを迎えている。

しかしながら、諸外国と日本との移動が制限され、各企業の判断で2月頃から海外出張が控えられ、3月25日には全世界に不要不急の渡航中止が発出された。このため、海外のIR事業者と日本企業との間で、対面での詰めた議論が行いづらくなっている。

先行して進んでいた大阪でのRFPプロセスであるが、このような状況を踏まえ、提案書の提出期限を当初から3か月後ろ倒しにすることが先週27日に発表された 。IR事業者だけでなく日本の企業にとっても、このコロナ騒動による業績悪化は極めて大きな課題である。どこまでコロナウイルスの影響が業績に及ぶか見通せない中で、IRへの数百億円から数千億円規模の新規投資など、検討できないだろう。

仮にこのままIR事業者の選定プロセスが進んだとしても、当初よりかなり控えめな投資額のIR計画になってしまう。また、事業者によっては、IR開発のための十分な額の資金の目途が立たず、自治体への申請までたどりつけないところも出てくると思われる。

ダークホースが最後に選ばれる可能性も

コロナウイルスの騒動が収まるまで待って、それからIRのプロセスを再開するという手段はないのだろか。政府のIR整備の基本方針案では、自治体から国への申請期限について、2021年7月30日までというスケジュールが示されている。

政治的には、このスケジュールを変更するとIR推進の機運に水を差すことになり、なかなか変更しづらい。また、IR政策を推進してきた安倍政権も、安倍首相の自民党総裁任期が2021年9月までであるため、これを跨る形でのスケジュール延長はしづらい。そのため、IRを誘致する自治体としては、国への申請スケジュールの変更はないものとみて、粛々と、事業者選定や議会審議、市民説明を進めていくしかない。

一方、巨額の投資をする事業者からすると、コロナ騒動で先の見えない直近は、大きな投資判断がしづらい。また、自治体や国への申請作業だけでも、かなりのマンパワーやコストがかかり、この負担も重い。

日本でのIRは、国における政治機運、自治体における合意形成、事業者による投資判断という3つの要素が揃わないと実現できない極めて微妙なバランスの上に成り立つものである。

このうち、事業者による投資判断が極めて難しいこの時期、果たして均衡点は見つかるのか。コロナウイルス騒動下でも比較的業績への影響が少ない事業者、あるいは、よりリスクへの耐性の強い事業者が浮かび上がり、これまでの下馬評を覆し意外な事業者が選定される可能性もある。また、事業者が全て脱落してしまい、国に申請できない自治体も出てくるかもしれない。

先の見えないコロナ感染拡大によって、IRの議論は、もはや先行きが読みづらい展開になっている。

※この記事は、IR専門家のアドバイスのもと、トラベルボイス編集部(IR取材チーム)が執筆したものです。