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移動自粛のいま、どんな「観光体験」を提供できるのか? デジタル&ネットを活用した取り組みを考える【コラム】

こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

またたく間に、全国的に移動自粛が要請されるようになりました。

こうした動きは、欧米のほうが先行しており、欧米のリゾート地では「今は、家に居ましょう。落ち着いたら、また来てくださいね」というメッセージを出すようになっています。


医療サービスの容量に余裕がない状態では、感染拡大を防ぎ、医療崩壊を防ぐために、こうした要請は極めて重要なことです。しかし一方で、これによってホスピタリティ産業はその収益を失うことになります。

この損失について、日本では、企業給付金や固定資産税減免、雇用調整助成金などでの対応が進められていますが、どうやっても損失すべてを補填することは不可能と思われます。

さらに、このコロナ禍は、対抗するワクチンができないことには終息しません。よって、「今を我慢すれば(一時的な損失を飲み込めば)、その後、V字回復できる」ものでもありません。

そう考えれば、冒頭のPVのような形で、「終息したらお願いします」だけでは不十分です。終息するのを待っている間に、観光地は疲弊し、違う生活を営むようになるからです。どんなに愛し合っていても、遠距離恋愛が長期に及べば…、みたいな話です。

ここは「当分の間、元の世界には戻らない」と割り切り、観光的なコンテンツ、体験そのものをコロナ禍でも流通販売できる手法を考えていく必要があるでしょう。

現実的に、その手段はデジタル、ネットを使っていくしかありません。

すなわち、観光の経験を、オンラインに乗せていく取組、観光そのもののデジタル・トランスフォーメーションを進めるべきと考えます。

ここでは3つのアイデアをあげておきます。

FB宅配と連動した観光体験

このFBは、facebookの略ではなく、Food & Beverage、すなわち、食べ物と飲み物の略です。

自粛の影響で外食が抑制され、自宅で食事を取る人が増えています。これを好機として、Uber Eatsのようなサービスが盛り上がってきていますが、観光地としても、こうした流れに乗るべきではないでしょうか。

例えば、地酒とおつまみをセットにして、宅配販売する。

それだけなら、今まででもありそうですが、デジタルの時代。この地酒とおつまみを購入した人向けに、料理長や利き酒士が、夕食時間にZoomライブをしたらどうでしょう。購入者に対して、作成者や提供者自身が、どういう工夫をして作ったものなのか、どういう味わい方が良いのかといったことを伝えてあげることで、その食事は数段楽しいものになります。

「動画配信」でも良いのですが、ここは、あえて双方向にこだわるのも一つ。

なぜなら、双方向にすることで、顧客側も身支度を整えたり、部屋をきれいにする必要があるからです。当然、旅行に行くときには、身支度を整えていくわけですから、あえて、そういう「準備」を顧客にお願いすることが、特別な体験につながります。

これを拡張すれば、例えば、夕食のタイミングに合わせて、地域芸能、音楽、ショーといったものを見せるということもあるでしょうし、夕日が自慢の地域/宿であれば、それをライブ配信することで、雰囲気をつくるといったことも考えられます。

「FB」という地域と強力につながっている「モノ」を核にすることで、地域と顧客とをつなぐことができるのではないでしょうか。

360度カメラによるライブ配信ガイド

私も個人的に所有していますが、近年、360度撮影できるカメラが安価となり普及してきています。これらの製品の一部は、ライブ配信にも対応してきています。

つまり、顧客側が自由に視界を変えられる全天画像を、リアルタイムで配信することが可能なのです。

これを利用し、例えば、地域のガイドさんが、特定のグループ向けに、ライブ配信でガイドツアーを行うといったことも可能ではないでしょうか。

ガイドさんは、お客さんのように360度カメラを伴い、顧客からの要望や質問に答えながら、自然の中や街の中をガイドして回る。顧客側は、これも安価になったVRゴーグル(スマホを使うもの)を使うことで、自由に、その地域を見て回ることができる。

360カメラの画像だけでなく、きれいな景色のところであれば、ガイドさんがちゃんとしたカメラで写真をとって、高精細な静止画として送信することで、お客さんの臨場感も増します。また、お土産屋さんに入って、面白そうなものがあればオーダーしてもらうといった買い物代行をしても良いでしょう。

ここでのポイントは、通常のプライベートガイド同様に、お客さんの要望や、その日の天気などにあわせて、双方向性をもってプログラムを展開することです。

プロモーションビデオなどでも、きれいな景色は見ることはできますが、それは短時間の刺激にしかなりません。これを全天画像としても、ディズニーのソアリンを超えることはできないでしょう。

他方、ガイドさんと何気ない会話をしながら、双方向性を持って地域を探訪していくというのは、自粛を余儀なくされている都市住民に「刺さる」のではないかと思っています。

ただ、これには2点ほど問題もあります。

まず、現状の4Gレベルでの通信速度だと、高精細画像をリアルタイム配信することは難しいということです。高速Wi-Fiの範囲内であれば、一定の動画を配信できるでしょうが、それだと行動範囲が狭まってしまいます。例えば、自然ガイドツアーは厳しいでしょう。5Gが出てくれば、解消できる問題ではありますが、現時点では、配信の仕方を工夫することが求められます。まずは、スポットを限定して始めるのが現実的かもしれません。

もう一つは、ガイド料を取れるかという話です。仮に高精細画像を配信できたとしても、やはり、それは仮想の体験です。こうした体験に対して、直接的に料金を徴収できるか、言い換えれば、有料でこういうツアーに参加してもらえるかは極めて微妙。そのため、ガイドツアーそのもので料金を得るのではなく、例えば、地域の物産購入した人に特典として提供するとか、なんらかのクラウド・ファンディングの中に組み込むとか、工夫は必要でしょう。

オンライン・イベント

3密を避けるために、地域での集客イベントもその多くが休止となっていますが、これらもオンラインへの転換を図っていくことが必要でしょう。

まず、スポーツイベント。

サイクリングやランニング(ジョギング)については、いろいろなVRシステムが登場しています。こうしたものと組み合わせ、自宅から、地域のスポーツイベントに参戦できるように仕掛けていくこともあるでしょう。

例えば、バーチャルサイクリング「Zwift」は、その仕組みについて高い評価をうけていますが、こうしたシステム上に、地域のコースをオリジナルで作れるようになれば、地域の魅力を多くの人とシェアし、オンライン上で競技を行うこともできるようになっていくでしょう。

残念ながら、いますぐにできるというものを見当たりませんが、簡易型のVRでは、グーグル・ストリート・ビューを利用する製品も出てきています。今回の事態をうけ、需要が高まれば、一気に広がっていく可能性もあります。地域としては、ベンダーに対して、そうした動きを仕掛けていくことも重要なのではないでしょうか。

一方、音楽イベントやショーイベントは、前述の360カメラをライブ配信することで、いますぐ対応できます。当面、「無観客」でのイベント開催が当たり前の状況になりますから、そこにいち早く対応していくことが重要になるでしょう。

必ずしも大型イベントである必要はありません。観光地ならではの自然景観、文化施設などで行うミニ・コンサートであっても、自粛生活の中、BGVとして楽しむのには効果的だからです。観光客がリゾート地での「ちょっとした楽しみ」として体験するように、在宅勤務中や、家族との団らん中の「傍ら」で流されるくらいのイメージでも良いでしょう。

問題はマネタイズ。Youtubeなどに、大量の無料動画が流れている中、イベントを中継するだけに対価を支払ってくれる人は限られます。これをマネタイズするには、例えば、ふるさと納税をしてくれた人に提供するとか、何かしらのサブスクリプションモデルに組み込んでもらう(例:アマゾン・プライムで見ることができる)といった方策を検討していく必要がありそうです。

現実的なのは、交付金などを使って、ある程度、持ち出しをしながらサービスの水準を高め、出口論としてオンライン流通の手段を持っている事業者との連携に取り組むというあたりでしょうか。特に、国内の通信事業者は5Gへの転換期でもあるので、パートナーシップは組みやすいかもしれません。

デジタル世界に飛び込む

90年代後半以降のネット普及の中、ホスピタリティ産業は、五感を刺激する体験や経験の世界を広げることで、その存在感を確保し拡大してきました。情報が容易に取得できるようになった中で「経験」を重視した取り組みをおこない、人々の「そこにでかけていきたい」「人とコミュニケーションしたい」という欲求が高まり、旅行業界、エンターテイメント業界は拡大したわけです。

しかしながら、今回のコロナ禍は、そういったリアルな強みを、ほぼ全て潰す勢いとなっています。

端的に言えば、これまで「正解」とされてきた方向が全て否定され、全く逆の価値観が重視されるようになっているわけです。

これはとても悲しいことですが、嘆いても事態は変わりません。

我々が重要だと思っている価値観の一部を損なうとしても、ともかく、デジタルとネットの世界で、観光コンテンツの魅力をどう伝えられるのか、そして、そこからどうやってマネタイズできるのかについて、真剣に検討していく必要があるのではないでしょうか。

デジタル、ネットの世界には、観光以上に数多の競合がひしめき合っています。よって、地域の産品(FB)や景観、文化施設といった「リアル」な資源をフックとしながら、デジタル、ネットの世界でプレゼンスを作っていけるかが問われます。

当然、単体の事業者だけで太刀打ちできるものではなく、(何度も言うように)官民パートナーシップが必須です。

なお、そうした取り組みは、ウィズ・コロナの期間だけでなく、ポスト・コロナにおいても有効です。例えば、病気や怪我などで移動が困難な人たちに、観光の魅力を伝えることができるようになるからです。また、時間的、経済的な制約によって、実際に観光地までは出向けないが「ファン」だという人たちにもリーチできます。

前向きな意識をもって、チャレンジしていきましょう。

【編集部・注】この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。 

出典:DISCUSSION OF DESTINATION BRANDING. STAY HOME NOW, DREAM ONLINE.

原著掲載日:2020年4月15日

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。