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非難されない観光に向けて、3つの提言をまとめてみた【コラム】

こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

GoToトラベルが発表されて以来、世論の風当たりは厳しい状況となっています。

観光に身を置く立場からすると、この状況は4月頃の状況のデジャヴュ感が強いものであり、危惧した「7月クライシス」の現出です。

まず、ファクトとして共有しておかなければならないのは、「新型コロナは抑え込めない」ということです。

現在、東京都で感染「確認」者数が増えていることは、その好例です。

ただ、これは東京だけのことではないでしょう。東京の場合、PCR検査数を増やしたことも、感染者増につながっているからです。もともと、無症状の感染者は症状のある感染者の10~20倍はいるとされており、それが掘り起こされていると考えれば、200人くらい新規に発見されても不思議ではありません。

これを考えれば、PCR検査の実施件数の少ない他地域では、潜在的に感染者数が増えているが、発見できていない可能性は否定できません。実際、じわじわと地方部でも感染確認されるようになっています。これらの全てが東京由来とは言い切れません。

海外状況を見ても、ロックダウン/緊急事態宣言レベルでは一定程度抑え込みができるものの、それを緩めれば、感染はジワジワと再拡大するということは、ほぼほぼ、動かしようのない事実です。

それと同時に、重篤化する確率は大きく減少しており「罹ったらアウト」という病気ではなくなってきています。

こういう状況において、政府として「経済を動かす」という判断をすることは、一つの選択でしょう。

問題は、GoToトラベルが都市部と地方部との移動を動かすことにあります。

東京や大阪で、感染者が出ても経済を動かす選択が取れるのは、経済的な規模が大きい一方で、(人口も大きいため)相対的に重篤化するセグメントの人々(高齢者など)の割合が少なく医療サービス容量も大きいからです。

現実として、感染者が増えても、重症者は減少の一途ですし、入院患者数もさほど上昇していません。

これに対し、GoToトラベルが対象とする地方部では、高齢化が進んでいるところも多く、医療サービスも脆弱です。そのため、「一人でも出たら」という不安感が常に付きまといます。

さらに厄介なのは、そもそも、我が国が観光振興を行っているのは「地方創生」の文脈であり、その本質は、都市部(および海外)の活力を地方部に移動/注入することにあります。マイクロ・ツーリズムという話もでていますが、これは産業(事業者)の生き残り策としては一定程度有効ではあるものの、地方創生にはつながりません。地方で生まれた需要を地方で消化するだけでは、経済規模は拡がらないからです。

つまり地方部としては、観光は、都市部の需要を獲得することで地域振興につなげていくものであるにもかかわらず、現状ではその需要を獲得することで、コロナの感染拡大という事態を引き起こす可能性があるわけです。

これはとても難しい問題です。

ただしコロナ禍は、当面、もしかすると、数年以上の単位で終息することはありません。感染拡大がなんとなく収まっている「収束」状態も、ほとんど期待することはできません。今回、緊急事態宣言後、わずか一ヶ月で、ここまで「戻って」しまったことを考えればよくわかります。

そのため、「コロナ禍が落ち着いてから」という判断は、「何もしない」という判断とほぼ同様のものとなります。

観光を地域振興の手段として「捨てる」のでなければ、コロナ禍の中でも、観光を動かしていく手法を考え、実践していくことが必要でしょう。しかも、GoToが動き出している状況において、その対策は待ったなしの状態です。

本稿では、3つの対策を提言しておきたいと思います。

都道府県で「コロナ対策条例」をつくる

地方部がコロナ禍に巻き込まれないようにするためには、まず、何よりも「自制した行動を取れる観光客」を獲得することが重要となります。感染症対策は、施設/地域側だけでできるものではなく、観光客との共同作業によって実現できるものだからです。

しかしながら、現状、地域側は観光客をセレクションする権限はありません。レスポンシブル・ツーリズムの展開は、これを実現するものではありますが、高いブランド力と、顧客とのコミュニケーション力を有していなければ実践することはできません。

そうした中、おそらくもっとも手早く実効性のある形で展開できるのは、コロナ対策の条例をつくることです。

例えば、沖縄県の石垣市では「石垣市新型コロナウイルス感染症等対策条例」を施行しています。この条例は、罰則規定などはもたない精神的なものではありますが、こうした条例を、宿泊業法の第5条第3項の「宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。」と連携させたものとして制定することができれば、宿泊施設が、ガイドラインを守らない顧客を宿泊拒否できる様になるのではないでしょうか。

現時点では、マスクをしないで大声で騒ぐ、検温を拒否する、といった行動を取る顧客に対して、宿泊施設はお願いベースで注意することしかできませんが、その注意が一定の法的根拠を持ち宿泊拒否も最後の手段として選択できるようになれば、現場としては、かなり自由度が高まるでしょう。

重要なことは、宿泊施設側に裁量権をもたせるということです。多くの施設は、従業員の健康確保を大切にするでしょうから、その価値観で行動できるようにすれば、地域での感染拡大は相当量抑えられるのではないでしょうか。

さらに、ガイドラインの作り方によっては、例えば「宿泊前の一週間は、感染予防を徹底した行動を取る」といったものを付けたり、「COCOAのインストールを必須とする」といったものを入れ込むことで、旅行中だけではない形で検疫力を上げることができるでしょう。

私は、法律の専門家ではないので、法的に可能なのかどうかは解りませんが、この緊急事態に対して、是非とも展開して欲しい取り組みです。

キャンセル保険を展開する

条例によって、来訪のハードルを上げるのと同時に対応が必要となるのは、顧客の行動ハードルを下げることです。

体調が良くないのに、それを押し切って旅行にでかけてしまう背景には「キャンセル料」の存在があるではないでしょうか。現状、コロナの感染リスクを考え、体調不良によるキャンセルでは、キャンセル料を請求しない施設/旅行会社もありますが、これはある種の非常時対策であり、常態化させることは難しいでしょう。

一方で、しっかりとキャンセル料を取る形にすると、無理をして来訪する人が増えるでしょうし、それを「条例」によって宿泊拒否するような事態となれば、かなりの混乱、不信感が生じることになってしまいます。

これを回避するには、顧客と施設との間に、保険会社を入れ、体調不良によるキャンセル料を、保険で処理する方策が考えられます。

善意の顧客も、経済的な負担が生じれば、行動を変容させてしまいます。そうした事態を防ぎつつ、施設側の負担も減じるには、保険という制度が強く求められていると思います。

コロナ禍の観光においては、この保険が必須の存在であり、それこそ、業界をあげて、創設していくことが期待されます。

旅行者向けPCRセンターを創設する

3点目は、旅行者向けにPCR検査を開放することです。それも、発地で。

東京都がPCR検査数を増やすことができたのは、民間を含めて検査できる医療設備が増えたからです。なぜ増えたのかと言えば、医療機関から「需要がある」と見込まれたことにあります。

PCR検査には、検査キットと検査技師が必要となります。どちらもすぐに増やすことができるものではありませんが、需要がある=事業として成立するとなれば、民間は自然と乗り込んできます。

とはいえ、PCR検査もある種のサービス業ですから、需要があっても、乱高下するような状況では対応がしにくい。検査キットは備蓄できますが、検査技師はそうはいかないからです。

そう考えれば、仮に「善良な旅行者は、旅行前にPCR検査する」といった習慣を作り出せれば、膨大かつ安定的な需要が発生しますから、一定の時間は必要としても、「旅行前に確認しよう」というPCR検査は可能となります。

費用もかかりますので、さすがに全員に義務付けるということはできませんが、例えば、修学旅行生やインセンティブ・ツアーのようなグループ/団体客については、PCR検査をお願いするといった形にするだけでも、コロナ禍での旅行は大きく変わるのではないでしょうか。

PCR検査の精度(感度)は70%とされるため、完全ではありませんが、旅行前までの行動履歴などと付き合わせて考えれば、かなり高い精度で「非感染者」を特定できます。検査後から旅行までの感染というリスクが無いわけではありませんが、地域側の不安感を拭うには十分でしょう。

このPCRセンターの恩恵を受けるのは、送客を受ける地域、仲介する旅行会社となります。感染リスクの低い顧客を受け入れるために、そうした関係者が共同して都市部にPCRセンターを創設していくことを考えても良いのではないでしょうか。

Jリーグが創設したPCRセンターのように、持続的に一定の需要が見込めることが確認できれば、数ヶ月の時間差で、民間レベルでPCRセンターを創設していくことは十分可能でしょう。

GoToキャンペーンが本格稼働する(割引クーポンも利用可能となる)のは9月とされていますから、そこに合わせた対応を検討していくべきではないでしょうか。

観光振興の評判マネジメント

今回まとめた内容は、ほとんど「ジャスト・アイデア」に近いものですが、現場の状況も「待ったなし」であり、何かしらの対策を行っていくことが求められます。

観光関係者は、このまま観光を強制的に開けていけば、「観光」の社会的なポジションを低下させる可能性も想定しておくべきです。既に、コロナ禍は科学的な話というよりも、情緒的な話となってきています。そこに寄り添う、不安感を低下させる仕組みを効果的に投入していくことが必要と考えます。

ふっこう割などが「影も形もない」時代、例えば、20年前に、このコロナ禍が起きていたら、観光産業は政治的に「無視」されていたかもしれません。不良債権となっている旅館が整理されて良い…くらいの扱いを受けていたとしても不思議ではありません。

今回のコロナ禍は、間違いなく、観光にとって「降って湧いた不幸」ですが、国を挙げて観光に注目が集まっている時代であったことは、不幸中の幸いでした。

GoToキャンペーンは、政策的な支援の象徴的な存在ですが、これが実現できたのは、観光に対する国民的な承認があったが故でもあります。

観光業界としては、大きな支援を受けるにあたり、しっかりとした「評判マネジメント(リピテーション・マネジメント)」を社会、特に住民に対して展開していくことが、非常に重要ではないでしょうか。

【編集部・注】この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。

出典:DISCUSSION OF DESTINATION BRANDING. 「非難されない観光に向けて」

原著掲載日: 2020年7月15日

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。