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観光と交通のデジタル連携、各地の事例から学ぶべきこと、課題を整理した -トラベルボイスLIVEレポート

地域に活力を送り込む「観光」と、その移動に欠かせない「交通」にデジタルを掛け合わせた「観光DX」や「観光MaaS」が注目され、多くの実証実験がおこなわれている。しかし、実証後の事業化は難しいという地域や事業者も少なくないのが現状だ。観光と交通の連携にデジタルを取り入れ、地に足の着いた地域振興を図るにはどうすればよいか。

2022年3月に開催したトラベルボイスLIVEでは、様々な交通をあわせた経路検索を強みに、データ分析やサービス・コンテンツ開発などで様々な地域振興に携わり、観光と交通の連携を見てきたナビタイムジャパンの地域連携事業部部長・藤澤政志氏が出演。デジタル化からMaaSまで、様々な事例を取り上げ、そこから地域が学ぶべきポイントや課題を解説した。

既存の交通路線の活用とデジタル化の事例

藤澤氏は、観光エリア到着後の2次交通での「エリア内の回遊性を促す施策」には、3つのキーワードがあると説明。それは「既存の交通路線での利用促進」「インセンティブ付与による回遊性の向上」「交通を利用した回遊自体が旅の目的となる仕組み」だ。

既存の交通路線での利用促進の事例では、九州産交バスや福島バスなど地域の交通事業者による着地型商品が販売されていることに加え、旅行事業者でもインバウンドに強い奥ジャパン社が既存交通での移動(自費)と宿泊を入れ込んだ「セルフガイドツアー」を販売していることを紹介した。

特に、奥ジャパンのセルフガイドツアーについて藤澤氏は、「移動の中にこそ体験価値があるとの考えで作られている。この考え方は、世界で注目されているアドベンチャーツーリズムの文脈と同じ」と説明。奥ジャパンは「地域の方々と一緒に作った」と説明していることから、交通と地域を連携して考えることで、世界でもてはやされるトレンドを取り入れた商品開発に昇華できる可能性があるとの考えを示した。

また、既存交通を観光の足として利用促進するには、デジタルの活用が欠かせない。藤澤氏はその事例を、2つの観点で紹介した。

1つは、観光客が利用しやすいように伝える情報発信。

通常、生活路線での情報発信は、生活者の目線で行き先や時刻表などを示すものが多い。しかし金沢駅では、観光客を目的地に連れていく目的で、目的地ごとにバスを案内している。藤澤氏は「既存の生活者目線の情報を加工し、観光客に適切に伝える必要があるという事例の1つ」と説明した。

当日の発表資料より

もう1つは、運賃徴収のキャッシュレス化。

キャッシュレスでの運賃徴収ではSuicaなどのICカードが一般的だが、最近は安価で導入しやすいSFCやQRコードの活用も始まっている。藤澤氏は徳島バスの取り組みやJR東日本の移動支援アプリ「Ringo Pass」などの事例を紹介した。2018年にQR決済を導入した道南バスでは、座席に張ったQRコードを乗客が自身の端末で読み取り、決済するというシンプルな仕組みで運用しているという。

藤澤氏は道南バスのQR決済導入の背景について、当時は特に冬場に増えるスキー客の荷下ろしで手いっぱいになり、「運賃計算をやっていられない」という状況だったと説明。藤澤氏は、「ソリューションを公共交通に導入することは大切だが、なぜ入れるのかも大切」と、この事例から目的を明確にする必要性を説明した。

当日の発表資料より

地域の回遊性を上げる連携事例

次に取り上げたのは、MaaSの文脈で語られることの多い、インセンティブを与えることで回遊性を上げる取り組みの事例。ここでは、2021年に山梨県でおこなわれた「シンゲンランド」を紹介した。

シンゲンランドは甲府盆地をテーマパークに見立て、域内の周遊を促す施策。フリーパスを作って、エリア内を複数の既存交通と新しく入れたモードで周遊してもらう仕掛けだが、藤澤氏が注目したのは、この中にワインツーリズムを組み込んだこと。「ワインを飲むので、公共交通を利用する必然性がある。フリーパスで回遊を促し、(ワイン以外の)エリア内全体の周遊にも繋げる点で面白いと思う」(藤澤氏)。

藤澤氏は、こうした地域内の回遊性を上げる取り組みでは、「既存の交通機関が観光客に認知され、利用されることが大切。それと回遊性の向上をセットで考えるためには、地域側が交通事業者と連携してコンテンツを造成する必要がある」と説明した。しかし、DMOや観光協会などには道路運送法をはじめとする、交通関係の法制度に詳しい人材が少なく、「コンテンツ造成に向けた交通事業者との議論が全くできない状況が生まれているように思う。このあたりが課題の1つ」と指摘した。

この課題について、藤澤氏が先進事例として紹介したのが、「湯沢版MaaS」。注目は、その座組だ。協議会の中心はDMOの湯沢町観光まちづくり機構だが、外部コンサルタントのMaaSプランナーを入れ、交通事業者と地域が協議するためのサポート体制を構築している。藤澤氏は「こういう事例が増えると、観光地の作り方が変わると思う」との考えを示した。

当日の発表資料より

地域主体の連携施策における課題と最新事例

MaaSやエリア内の周遊では、体験や周遊チケットなどの着地型商品と交通を連携した企画が増えている。JR西日本のSetowaのような「公共交通事業者が主体の施策」と、大阪観光局の大阪周遊パスのように地域(DMO)が中心となって地域内の多様な交通と連携する形で実施する「地域主体の施策」の大きく2つのタイプに分けられる。そして、藤澤氏によると、地域主体の施策の場合、デジタル化には様々な課題があるという。

それは、在庫管理や決済、個人情報管理などのソリューション選定と運用を、誰が担うのかということ。公共交通主体型の場合は交通事業者の基盤を活用できるが、地域主体型の場合はこの調整役の選定から始めることになる。

そのため、藤沢氏は「デジタルを導入する前にやるべきことがある。技術導入の前に組織のあり方や地域の方向性の確認から検討が必要になるケースが非常に多い」と藤澤氏。もし、この調整が難しい場合はデジタル化せず、紙チケットでの対応の選択も「あり」との考えも示した。

最後に藤澤氏は、体験販売と交通連携の最新事例として、2021年にスタートしたスキー場の定額パスサービス「earth hopper」を紹介した。日本全国30のスキー場で使えるデジタルパスで、同一のスキー場には2回しか行けない制限があるのがユニークなところ。つまり、強制的に他のスキー場に行く必要があるパスということになる。藤澤氏は「まず、スキーをするという目的を持った人を抱えているサービスであること。そして、後から交通と周辺観光を提案する余地があるのが、このサービスの魅力」と、商品の持つポテンシャルを説明する。

その話の通り、札幌観光バスでは同パスのユーザー限定の札幌バスツアーを販売した。それは、スキー場を回るだけのバスツアーだ。藤澤氏は「同パスのユーザーはスキー場に行かなければ元を取れない。だから、このツアーが生まれた。いままでそんなバスツアーなどなかったのではないか」と解説。「こうした考え方でコンテンツ造成をすると、交通連携が出てくると思う」と展望した。

左から)トラベルボイス鶴本、ナビタイムジャパン藤澤氏