【秋本俊二の旅コラム】
南仏の“バラ色の街”──トゥールーズからの報告
スカイマークのA330-300初号機の取材でエアバス本社を訪ねたのをきっかけに、南仏トゥールーズの街を久しぶりに歩いてみた。若かりし頃を思い出しながら。
鉄道を乗り継ぎながらヨーロッパの街々を3カ月ほどかけて放浪したのは、あれはいつだったろうか。パリのシャンゼリゼ通りでニューイヤーのカウントダウンを聞き、年明け早々にスペインの首都マドリッドをめざしてリヨン駅発の列車に飛び乗りった。
途中、ワインの産地を訪ねてみようと思い立ち、ボルドー駅で下車。街のワインバーで出会った髭のマスターに「ここから2時間ほどのところにバラ色の美しい街があるよ」と教えられ、はるばる行き着いたのがここトゥールーズだった。
トゥールーズはローマ時代にさかのぼる古い歴史があり、9世紀にはトゥールーズ伯爵領として華やかな中世文化が開花した。ルネサンス時代には藍染料や穀物の交易で大いに繁栄する。旧市街は、ガロンヌ川でとれるピンク色の粘土からつくった赤レンガの家並みが軒を連ね、街に最初に足を踏み入れたとき「すごい、本当に“バラ色の街”だ!」と思わず口ずさんだのを覚えている。
ここはまた、1229年創設のトゥールーズ大学を中心に7万人以上の学生を擁する学問の街でもあり、また前述したようにエアバス社が本拠を置く航空宇宙産業の拠点としての顔も持つ。ガロンヌ川にかかる橋を渡ってクルマで郊外へ向かうと、市内中心部から20分でエアバス本社に到着。取材後は、各種エアバス機のアセンブリラインを見学させてもらった。
圧巻は、世界一巨大なオール2階建て旅客機A380の組み立てラインだ。世界の拠点や協力メーカーで製造された主要パーツがここに集まり、あの巨人機を完成させるのだから、その規模は想像を絶する。高さ46メートル、幅250メートル、そして長さは組み立てラインとしては世界最長の500メートル。目の前で、バスケットボールのコートがすっぽり入ってしまうほどの巨大な主翼の組み立て作業が続いている。案内役の広報担当者は、主翼の内部に装備された燃料タンクを指さし「タンクに搭載可能な燃料は最大で31万リットルにもなるんですよ」と説明してくれた。
トゥールーズに集まってくるのは、パーツだけではない。エアバス機をつくるために、世界80カ国から2万人を超す技術者たちがここに来ている。フランスの地方都市では、若者たちが学校を卒業するとみんな故郷を捨てて都会(パリ)に出たがる──そんな記事を以前何かで読んだ。けれど、トゥールーズは心配ない。街なかで出会う若者たちの数がどれほど多いことか。彼らはこの街で学び、働き、そしてこの街から最新鋭の旅客機を世界に飛び立たせていく。
- 作家/航空ジャーナリスト 秋本俊二