2010年10月にApple Storeに登場した写真・動画共有アプリ「インスタグラム(Instagram)」。2012年のフェイスブック(Facebook)による買収を経て、この5年で急速にユーザー数を増やしてきた。
写真や動画を共有する楽しさは万国共通。言語バリアがないために、日本でもその拡大スピードは早い。ユーザー数が急増するなか、企業によるマーケティングツールとしても注目が高まっている。実際のところインスタグラムはどう利用されているのか。写真・動画との親和性が高い観光分野での活用術とは――?
同社でマーケティングと観光業界を担当し、インスタグラムのビジネス最前線にたつ二人に話を聞いてきた。
日本でも急増するユーザー数、インスタジェニックでブランディング
このほど発表された2015年第3四半期段階で、インスタグラムの月間アクティブ利用者数は全世界で約4億人。毎日約8000万以上の写真・動画がシェアされている。
インスタグラムのマーケティング・サイエンス・リードの小関悠氏は「スマートフォンの普及にともなって、そこで写真を共有したいというニーズも高まってきた」とその急拡大の背景を説明する。また、アプリが使いやすく誰でも簡単に始められる点、投稿しなくても見ているだけでも楽しい点も幅広い層に受け入れられているポイントのようだ。
日本での利用者数も急成長。この1年で倍以上に増加し、その数は810万人に達した(2015年6月末現在)。「ほかのメディアとくらべても、日本での普及速度は速い。言語バリアのない写真で世界とつながることができるためだろう」と小関氏は分析する。
インスタグラムの利用者は若い層が中心。アメリカではミレニアムと呼ばれるデジタル世代の利用が多く、日本を含めた他国でもその傾向は強い。アプリの普及にともない、「インスタジェニック」という言葉も生まれた。
「インスタグラム上で共有するからには、きれいな写真を投稿して楽しんでもらいたい」という欲求は、必然的に個人のブランディング機能となる。ブランド力が高まれば不特定多数によってシェアされ、さらにブランド力が高まる。この効果に企業も注目し始めた。
観光関連企業もインスピレーション力に注目
では、観光分野での活用はどうだろうか?
そもそも写真と旅行との親和性は高い。直近のJTB総研の調査では、旅行体験の発信先としてのインスタグラムの割合は2014年の5.5%から15.1%に急拡大した。インスタグラムのトラベル・クライアント・パートナーの三村真氏は、その利用方法について、「見る場合は、旅行先を決めることも含めて旅行前のインスピレーション(タビマエ)で利用されるケースが多い。一方、投稿では、旅行中の体験(タビナカ)、旅行後の思い出整理などいろいろな時間軸で使われている」と話す。また、タビマエでは、旅行先の情報だけでなく、その旅で必要になるもの、たとえばキャンプでの必需品などの情報収集にも利用されているようだ。
個人利用者に加えて、旅行関連企業によるプロモーション活用も増えてきた。三村氏によると、大手旅行会社、OTA、海外エアライン、タクシー会社、観光庁、清水寺などの寺社仏閣など、さまざまなセクターがインスタグラムを利用した情報発信を始めている。
言語バリアがないためにインバウンド市場向けの発信も効果的。また、アウトバウンド市場向けでは「ユーザーには若者が多いので、旅行離れが進んでいる若者向けへのアピールにも有効ではないか」と強調する。
ブランディング、広告展開、活用法はさまざま
企業による活用法には、オーガニック(無料で投稿)と広告展開の二通りがある。インスタグラムでは、今年5月に世界で8カ国目として日本で広告を導入。10月には全世界での展開を始めた。これにより、フェイスブックでの広告技術を活かし、インスタグラム上でも、広告主が効果的にメッセージをターゲティングできるようになった。
たとえば、旅行会社や航空会社のインスタグラムから直接その予約サイトに飛ばすことができるダイレクトレスポンス型広告、複数の写真広告を展開することでブランドのキャンペーンサイトへ誘導することが可能なカルーセル広告が可能になっている。
三村氏は「まだ開始して間もないが、送客の実績につながっている」とコール・トゥ・アクションに手応えを示す。
ターキッシュ エアラインズ(トルコ航空)のグローバルの事例では、イギリス国内で#EpicFoodキャンペーン広告を実施し、日本をはじめとする各国の食事の写真を投稿することで、その国の文化に興味を持っている旅行者の関心を惹くことに成功。広告想起率は28ポイント、ブランド認知度は13ポイントも上昇したという。
このほか、海外エアラインでは、ミールや座席などを告知する場として利用しているケースも多いようだ。
小関氏は活用術について、「新規の旅行者を取り込むうえで、ビジュアルは大きな武器。ただ、ユーザーはすでにたくさんの写真を見慣れているので、単に写真からインスピレーションを与えるだけでなく、そこに行くとどういった体験ができるかを伝えることが重要だろう」と話す。
旅行会社のなかには自治体とのコラボでデスティネーションを紹介する例もあるほか、観光局などはそのデスティネーションのファンをつくるためのツールとして利用するなど、活用方法はさまざま。訪日旅行者向けに活用しているタクシー会社や清水寺などの例を見ると、中小の旅行会社でも導入のハードルはそれほど高くはなさそうだ。
動画がアツい、新しいアプリも続々登場
インスタグラムでも、昨年終わりごろから「動画がアツくなってきている」(三村氏)。動画機能が追加されたこの1年で急速に増えた。フェイスブックでは、1日平均の動画再生回数がこの半年で約40億回(2015年3月時点)から約80億回(2015年9月末時点)に急増。この傾向はインスタグラムでも同じだという。
これにあわせて、新しい動画アプリとして、写真を連続撮影してそれをつなぎ合わせて順送り・逆送りで再生する「ブーメラン」、タイムラプス動画を制作する「ハイパーラプス」を次々にリリース。「インスタグラムとしても動画に注力していく」考えだ。
体験を伝えるメディアとして動画は写真よりも効果的。ゼロから制作するのは大変だが、すでに動画を持っている企業のあいだではインスタグラム上での活用も広がっているという。「今後も、自然と動画の活用が広がっていくのではないか」と小関氏。広告料金についても動画と写真とで変わりはないため、「動画のアセットを持っているのではあれば、使わない手はない」と勧める。
大切なのは特定の世界観、フェイスブックとの併用で拡散機会大
インスタグラムとフェイスブックの使い方に違いはあるのだろうか。この点について、三村氏は「フェイスブックは知っている人同士のつながりのなかでコンテンツが流れてくる。一方、インスタグラムは共通の趣味のコミュニティ。友人だけでなく趣味や興味、インスピレーションでつながる」と説明する。
そのうえで、広告の使い方について、小関氏は「海外の事例を見ても、フェイスブックでは、お得、安い、といったアプローチが多いようだ。一方、インスタグラムでは、単に値段を訴求するのではなく、きれいな写真を使って、生活を豊かにするインスピレーションを与える使い方が多い」とし、「伝えるメッセージによって、どちらも同じ使い方でもいいし、分けて利用してもいい」と指南する。
いずれにせよ、双方をうまく活用して、写真や動画をシェアすれば、情報拡散の機会がさら増えることは間違いない。
写真や動画を共有するインスタグラムは、投稿者の世界観が出るメディア。体験を紹介したいのか、インスピレーションを与える場所にしたいのか、そのアカウントを通して何をしたいかが重要になってくる。
多くのフォローが集まるのは特定の世界観があるところで、そこに共感が生まれるという。それは、個人の投稿でも企業のプロモーションでも変わらない。
*インスタグラムの世界観で参考になる記事はこちら>>>
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹