2017年の国連「持続可能(サステナブル)観光」年に向けて考えるべきこと【海外コラム】

国際市場調査アナリストの分析コラム

国連による「持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals、通称:グローバル・ゴールズ)」の発表により、ビジネス手法や政策において持続可能性(サステナビリティ)を推進する動きが生じています。

観光産業の重要性が唱えられている

国連の掲げる17の持続可能な開発目標のうち、観光産業は3目標(目標8、12、14)の中で取り上げられています。文化や歴史的・文化的遺産、自然環境の保護を可能にしながら地域の雇用や収入を生み出し、持続可能な発展のための重要な推進力となることが期待されています。

  • 目標8:継続的、包括的かつ持続可能な経済成長、すべての人に対する完全かつ生産的な雇用と適切な雇用の促進
  • 目標12:持続可能な消費および生産形態の確保
  • 目標14:持続可能な開発のための海洋、海浜および海洋資源の保存および持続的な活用

私が最近参画させていただいた国際会議や展示会においても、「持続可能性」というテーマはもう何年も繰り返し取り上げられています。例えば、アドベンチャー・トラベル・トレード協会(ATTA :the Adventure Travel Trade Association)のグローバルサミットや、世界銀行グループ(WBG:World Bank Group)によるツーリズムサミットなどで言及されているほか、観光産業向け国際見本市「WTM(World Travel Market)」ではサステナビリティ・デイの設定10周年を迎えています。

観光産業が秘める大きな可能性

観光産業が非常に活況であり、今後も伸び続けるということは既によく知られているところです。2015年にはのべ12億人の人が海外に出かけ、最良のシナリオでは2030年にはこれが18億人に達すると考えられます。

観光産業は世界のGDPの10%を占める重要な産業となっており、現在11人に1人が観光産業に従事している計算になりますが、2030年にはこれが9人に1人にまで拡大する可能性があります。世界銀行総裁のジム・ヨン・キ氏も、持続可能な発展における観光産業の重要性を支持しており、旅行先で使われる「1ドル」には3ドルの波及効果が生じることからも、観光産業がもたらす今後の可能性に注目しています。

一方で、世界旅行観光協議会(WTTC:World Travel and Tourism Council)のバイスプレジデントHelen Marano氏は、WBG ツーリズムサミットにおいて「責任を伴った管理を行わないと、成長は私達自身を殺すことになってしまう」と、野放しの成長の危険性を唱えています。

観光産業の収益還元における厳しい現実

当然、観光産業は非の打ちどころがない産業かと言えばそういうわけではありません。それがもたらす経済的・社会的メリットが旅行先現地に公正で責任を伴った形で利益をもたらすためには、なされるべきことが沢山あります。

国際連合環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)によると、観光リーケージ(※)が新興国で40~50%、先進国でも10~20%に達し、本来現地に落とされるべき収益が適正に還元されていないと報告しています。

※編集部注:「リーゲージ(leakage)」は"漏出"のこと。「観光リーゲージ」は観光収入が着地国ではなく海外に漏出してしまうことを示す。UNEPによる解説が参考になる「Negative Economic Impacts of Tourism:Leakage (英語)」

有償飛行(商用飛行)においては、3,000億USドルが漏出してしまっていると言われており、その主な要因としては、航空運賃、税金、賃金、輸入(品の販売による収益)などが挙げられます。皮肉なことに、観光収入の多い国ほど有償飛行(商用飛行)の乗り入れも多く、またその分漏出額も大きいと言えるでしょう。

パッケージツアーにおいては、そのほとんどの金額が出発国に落ちることとなり、リーケージは80%以上と言われています。国連の掲げる「持続可能な開発目標」が施行されるとなると、パッケージツアーを取り扱う旅行会社は、事業の「持続可能性」を正当化することが難しくなるかもしれません。

行動を起こす

いくつかの国や自治体は、すでに旅行者の受入停止、割当制度、制限、予防策などの行動を起こし始めています。例えば、アイルランドのループヘッド観光協会は、持続可能なコミュニティの維持のため、観光客の受入方針を見直しました。歴史遺産近辺への観光バスの乗り入れを禁止したり、長期滞在の旅行客を優先し、日帰りの観光客の立ち入りを制限しています。

世界の旅行業界および国際団体は、国連が定めた「持続可能な観光発展の年」である2017年までには、その実現のために必要な手段や基準に合意する必要があります。「持続可能な(Sustainable)」あるいは「現地の(local)」という言葉が形骸化しないために、言葉の用いられ方や用語体系をしっかりと守っていくことも必要でしょう。食品や飲料産業が「オーガニック」という言葉の持つ意味を損ねることがないよう明確な基準を定めたように、旅行産業も、持続可能性を証明するためのシステムを確立する必要があると考えます。

※本コラムは、国際市場調査大手の「ユーロモニター」社が2016年1月に発表したもので、同社の協力で日本語に翻訳し、それをトラベルボイスが編集しました。原文は「Calling Out Tourism as a Means to Sustainable Development」

キャロライン・ブレムナー

キャロライン・ブレムナー

ユーロモニターインターナショナル Head of Travel。英国エディンバラ大学や英国ネピア大学において学位を取得後、1996年ユーロモニターインターナショナル入社。旅行・観光産業の専門アナリストとして数多くの調査実績を残しながら、世界各国の旅行・観光リサーチチームを統括。現在、各国の政府機関、旅行関連の自治体・企業に幅広く活用されているユーロモニターの旅行・観光データの構築に大きく貢献。旅行関連の国際的会議・展示会のほか、BBC、CNN、Bloombergなどにもプレゼンター、コメンテーターとして頻繁に出演中。

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