昨年、月間アクティブユーザー数(MAU)が6000万人を突破したメッセージアプリ「LINE」。その圧倒的なユーザー数を背景に、B2Bへのアプローチも加速させている。
「顧客とダイレクトなコミュニケーショを友達のようにやることができる」と話すのは、同社上級執行役員法人ビジネス担当の田端信太郎氏。田端氏は、Twitterで約10万人のフォロワーを持ち、ネットの世界では影響力のある発言者として知られる。
そんな田端氏に、LINEの活用法から観光ビジネスの未来、オンライン旅行に参入する可能性まで聞いてきた。
新たなカスタマーコミュニケーションを創出、reluxとAIRDOの実例
LINEは、法人向けカスタマーサポートサービス「LINE Customer Connect」を2017年春から本格的に提供する。これは、自社サイトやLINEアカウントからの問い合わせに、人による対応とAI(人工知能)による自動応答を相互に切り替えして対応もの。その他の機能も取りそろえ、新たな顧客とのコミュニケーションを実現するものだ。
こうした企業と消費者のコミュニケーションの変化に対応した観光分野の事例もある。高級宿泊予約サイト「relux」では、LINEアカウントと連携し、LINEアプリ上で会員登録から旅行相談や予約確認までの対応を始めている。
この連携でLINEというツールが消費者と旅行会社の関係性を変えているエピソードがあるという。それは、旅行者が、旅の最中にLINEコンシェルジュに写真や感想をLINEで送ってくるという行動。田端氏は「LINEらしいコミュニケーションで、従来のコールセンターなどではありえなかった」と話し、「値段や空席など検索軸に落ちきるもの以外のところで、出会いができている」とその効用を強調する。また、田端氏はLINEを活用することで旅行前(タビマエ)から旅行中(タビナカ)、旅行後(タビアト)のコミュニケーションも円滑になることを指摘。個人の興味や関心に合ったコンテンツを、最適なタイミングで提供し、双方向コミュニケーションを実現するというものだ。
例えば、旅行会社なら、顧客がいつ、どこに旅に出ているかを知っているはずだ。フリープランの顧客なら、旅先では現地空港からの交通手段、地元名物が食べられる飲食店、観光スポットなど、旅行者が知りたい情報はたくさんある。こうした旅行者に適切なコミュニケーションを図ることで、満足度向上や実際のビジネスにつなげることができる。
田端氏は「旅行は、持ち歩くスマートフォンとの相性が非常にいいため、可能性の高い分野だろう」と今後の展開に期待をかける。
このほか、LINEはAIRDOとも協業。LINEユーザーがAIRDO公式アカウントに友だち登録することで、トーク画面上で搭乗便の詳細確認からQRコードの受取りを可能にした。航空業界では最初の事例だ。
さらに、新機能として、オリジナルの北海道の旅行情報を伝える「旅ナビ」コンテンツの提供とiPhone用アプリ「Apple wallet」との連携サービスも始めた。
「LINEがOTAをやることはない」、あくまでコミュニケーションツール
多くのユーザーを囲い込んでいるグーグルは、旅行分野へのアプローチを強め、旅行メタサーチ的機能やタビナカもカバーするアプリの提供を始めている。フェイスブックは、昨年の旅行カンファレンスで旅行予約支援への本格的な参入を匂わせた。世界で巨大なプラットフォームを持つ企業が旅行ビジネスに寄せる関心は高い。
では、LINEはどうか?
圧倒的なユーザー数を持つLINEも、グーグルやフェイスブックと似たような状況にあるが、田端氏は「現段階で、LINEがOTAをやることはない」と言い切る。
「旅行業は実業。そう簡単にできる話ではない。クライアントとは全方位でニュートラルな関係の方がいいと思う。広告ビジネスとしてOTAや宿泊施設からLINEの利用料をもらうビジネスモデルを続けていく」と話し、あくまでLINEをツールやインフラとして使いこなしてもらうという立場を強調した。
観光地・旅行ビジネスでもリピート化を
LINEは2016年、AIRDOのチケット配信、クロネコヤマトの不在時受取配信など、広告メディアの枠を超えた後工程へも進出した。さらに、コミュニケーションツールとして単なるリマインドだけでなく、クライアントが顧客行動をサポートする機能を可能にしてきた。田端氏は「大きな成果」と評価し、2017年もこの分野をさらに強化していく方針を示す。「ドミノピザなどの例を見ると、LINEによるオーダーではリピート率が高い」という実例もあるという。
観光分野ではどうか?
「観光地はリピート化しないと発展しない。しかし、観光産業でのリピート率は低いのではないか」と田端氏は話す。LINEは人と人をつなぐインフラだ。LINEでつながって、友人や知人が集まり、話題を共有するグループ(コミュニティー)が形成される。旅行業界で言えば、クラブツーリズムのような趣味や嗜好によるグループはLINEの中に数多くあり、そこにリピーターを育成する素地がある。田端氏がLINEはリピート化に最適なツールと言う所以だ。
テクノロジーよりも伝える中身(コンテンツ)が大切
田端氏は未来のコミュニケーションについても言及。「テクノロジーの点で言うと、擬人化されたAIが特定のグループを取り持ち、コンシェルジュのように振る舞うことが、今後3年くらいで出てくるのではないか。ロボット(人間の代わりにコミュニケーションを自動で行うプログラム)を利用したバーチャル住職が、その寺のことを教えてくれるといったような」と見通す。ただ一方で、田端氏は「テクノロジーは大切だが、直感的に言うと、旅行でその果たす役割は2割や3割程度ではないか。ウエイトが大きいのはポッドやAIが回答する中身、つまりコンテンツだと思う」と話し、テクノロジー企業としての立ち位置を明確にする。
ここで田端氏は、自身の友人である歴史マニアの例を話す。
彼らは明治維新に活躍した志士たちの墓を訪ねて、そっと手を合わせ、その当時に思いを馳せる旅が好きだという。「つまり、物理的な3次元のなかで、志士たちの情報という4次元の軸が加わることで、新たな世界が見えてくる。体験する付加価値は何倍にもなる。そうした4次元軸でLINEが関われることはまだまだある」。
AI、VRなどは手段にすぎない。本質はストーリーの豊かさにある。「旅行は本質的に、映画、演劇、レストランなどと同じ水平上に並ぶ情報エンターテイメントだと思う」。
LINEがツールとして提供するのは「どのように伝えるか」。「何を」や「なぜ」伝えるのかは業種によって変わってくる。ストーリーが集客に結びつく観光産業には、コミュニケーションやネットワークを広げるだけでなく、伝えるコンテンツも大切になってくる。それがなければ、差別化も、需要喚起も、リピートも生まれないというのが田端氏の考えだ。
聞き手 トラベルボイス編集部 山岡薫
記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹