こんにちは。ベンチャーリパブリックの柴田です。
世界的なオンライン旅行大手Expedia社CEOのDara氏が、ライドシェア世界最大手UBER(ウーバー)社のCEOに電撃就任してから1ヶ月が過ぎました。今年はPricelineのCEOに新たにGlenn Fogel氏が就任したこともあり、世界のトラベル業界はより変化が加速しそうです。そんな中、2017年9月26、27日にアメリカ・ニューヨークで開かれたSkift Global Forumに参加する機会がありました。本カンファレンスには、Expediaの新CEO Mark OkerstromとPricelineの新CEO Glen Fogelも揃って登壇。今回は、彼ら2人が話した内容などを中心に、今度の世界のトラベル業界の動向をいくつかのキーワードとともに追ってみたいと思います。
1. 注目の新たなテクノロジー ―“ブロックチェーン”に関心高く
AI(人工知能)、ボイス(音声対応)に加えて、“ブロックチェーン”に対する興味が集まっていたのが一番印象的でした。
2大OTAトップの2人、Glenn Fogel氏、Mark Okerstrom氏ともに“まだ語るのは時期尚早”とのコメントでしたが、Booking.comやExpedia社内では、エンジニアリングチームやR&Dチームがブロックチェーンについて様々な調査やテストを始めているとのことです。投資家が複数登壇したInvestorパネルでも、“ブロックチェーンは今後5年のレンジでみると間違いなく注目に値する”と話しました。
また、Mark Okerstrom氏は、今後3〜5年をみた場合、“パーソナライゼーション”と“ボイス”の2つの大きなテクノロジーが鍵になると予言。Glenn Fogel氏は、AIのような新しいテクノロジーについて、“小さな企業がBooking.comのような大きな企業とAIのような領域で戦うのは難しいのではないか?”との考えを示していたことも気になる見解でした。
2. 民泊(Private Accommodation) ―OTA内で競争激化は始まっている
グローバルOTA各社は、Airbnbとの競争も睨み、バケーションレンタルや民泊で“すぐに予約可能な施設がいかに多く揃えられているか”を主張するなど、競争が更に激化している様子でした。
PricelineのGlenn Fogel氏は、“Booking.comでは全ての民泊施設がすぐに予約可能で、それらの施設が一般のホテル施設と同じ検索結果画面で比較できる優位性”を強調。ExpediaもHomeawayチームの目覚ましい変化と成長を強調。一方で、TripaadvisorのCEO Steve Kaufer氏からはこの分野についてあまり積極的なコメントが聞かれなかったのも印象的でした。
3. Google ―広告出稿先として高依存が続く
Pricelineグループ、Expediaグループが使う2017年の年間広告宣伝費(デジタルのみ)は、4800億円、3200億円にものぼると言われています。そして、そのうちの大半がGoogleに向けられています。(GoogleにとってPricelineグループが最大の顧客であるとの話は、よく耳にする噂の1つです)そんな中、Pricelineグループは積極的に広告出稿先の拡散を進めているようなのですが、Glenn Fogel氏は“Facebookへの広告出稿拡大は進めているが、まだまだGoogleとは比較にならないレベル”とコメント。各社ともGoogleへのマーケティング依存度を低くしていきたいのは明らかと感じられましたが、実態は簡単ではないようです。
ExpediaのMark Okerstrom氏は、Googleがヨーロッパでの独占禁止法に関わる制裁金を受けた件について意見を聞かれ、“Googleは当社にとって重要なパートナーだが、今回のEUによる制裁については適切だと思う”と述べていました。彼らのGoogleに対する複雑な心境を感じさせられた一面でもあります。
4. メタサーチ ―買収で次々にOTA傘下に
グローバルOTA各社が出稿する広告先として、検索エンジンに続く大きな先が、弊社が運営するTravel.jpのような旅行検索・比較サイト、いわゆるメタサーチです。主要グローバルOTAはメタサーチを極めて重要なプラットフォームとみており、買収により次々と傘下におさめています。
Pricelineは、KAYAKに続き、今年に入りヨーロッパにてMomondoを買収。Expediaは、買収先のTrivagoの大規模な広告宣伝活動を用いた投資先行モデルによる成長を後押ししています。CtripがSkyscannerを買収したことも記憶に新しいですね。今回のカンファレンスでも、Pricelineグループの主軸OTAであるBooking.comがExpediaグループのTrivagoへの広告出稿を絞り込んでいるとの話が話題にのぼり、グローバルOTAの競争がついに傘下のメタサーチをも交えて熾烈になってきているという様相が垣間見られました。
PricelineのGlen Fogel氏はこの話に対し、“Booking.comではあらゆる広告のテストを常に行っている”と話し、この事実を認めていました。
5. 存在感増す「中国」 ―中国抜きにはグローバル事業は成り立たず
Skiftは、今回のカンファレンスを「Global Forum」と名付けています。しかし、実際にはNew Yorkで開催されているために圧倒的に北米中心のオーディエンス向けにデザインされています。
そんな中で印象的だったのは、2日間にわたる数多くのセッションの中で、“中国”についての話題がとても多く出たことです。(ちなみに中国も含めたアジアからの登壇者はゼロでした)
こうした場で、PricelineのCEO Glenn Fogel氏が、中国市場について“攻略のための戦略を持っていない会社に将来の成長は無い”とまで言い切りました。これは、私にとって最も印象的な言葉でした。いまや中国抜きにグローバル企業が事業を組み立てることは不可能に近いということでしょう。
6. Airbnb ―創業者登壇で中国と日本に言及
本カンファレンスでは、AirbnbのCo-founder兼Chief Strategy Officer のNate Blecharczyk氏が登壇。タビナカ事業の“Experience”が旅行者のみならずローカル居住者へも利用が広まっている、と順調に成長していることを強調しました。
リアルタイムで予約可能な物件も半分を超え、主軸の民泊事業も順調に成長しているようです。また、中国を最大の成長マーケットとみている一方で日本の現状での高成長ぶりにも言及しました。日本では800万もの取扱い物件があり、“日本政府も(民泊を)サポートしてくれている”とのコメントも。“日本では60歳以上の女性ホストの評価が素晴らしく高い”といった面白い裏話も披露され、彼らが日本市場をこれだけ重要視していることが強く感じられたのは、大変興味深いことです。
7. インフルエンサー・マーケティング ―DMOらの活用が進む
Skift Global Forumでは、OTAのみならず幅広い業種のリーダーが招かれ登壇します。そうした中で、マーケティングにスポットライトをあてたセッションも多いのが1つの特徴です。
今回印象に残ったのは、DMOや政府観光局、ホテル、クルーズ、エアラインなどの幅広いプレイヤーの間でデジタルマーケティングへの急速なシフトが起きていると同時に、トラベルブロガーなどに代表される“インフルエンサー”を活用したいわゆる”インフルエンサー・マーケティング”をソーシャルメディア上などで積極活用している事例が増えていることでした。
”Tourism Superpanel“と呼ぶDMO・政府観光局のリーダーが集まったパネル(ロサンゼルス観光局やヨルダン観光局のマーケティング責任者が登壇)やCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)だけを集めたパネルセッション(オーストラリア政府観光局、La Quinta Hotels、Carnival CruiseのCMOが登壇)では、いずれもこの話題が随所に取り上げられていました。
以下のような内容のコメントが繰り広げられました。
ここ最近で最も成功したマーケティングキャンペーンはインフルエンサーを活用したものだった
最近ソーシャルメディア上で5百万人ものフォロワーを持つトップインフルエンサーを起用した
ここ最近は約6割から7割のマーケティング予算をデジタルに振り向けているが、この比率は高まる一方
動画を使ったマーケティングの重要性が高まっている
ロサンゼルスではLAのローカル在住者のように旅をする”Be an Angeleno”というテーマでソーシャルメディアキャンペーンを打ったところ大成功。その結果、“ローカル在住者が好きなスーパーマーケットWhole Foodsが旅行者を含む若い男女たちが知り合う場所になった“という事例が披露され、会場を笑いの渦に巻き込んでいました。
8. Tripadvisor ―CEO登壇で今後を語る
今回、Skift Global ForumにはCEOのSteve Kaufer氏が登壇しました。いま苦戦を強いられているグローバルトラベル企業の1社といえるでしょう。
彼らの時価総額は2014年のピーク時に比べると約3分の1、ここ1年で4割近い下落となり、市場では身売りの噂も。このような状況を、業界の誰が予想していたでしょうか? あらためて業界の変化のスピードが速いこと、競争が厳しいことを大いに再認識させられるわけです。
そんな中で、モデレーターや会場内から厳しい質問が集まっていました。その中で興味深かったSteve Kaufer氏のコメントを、いくつか抜粋します。
急速なモバイル化への波は、売上という意味では逆風になってしまった。ユーザーはモバイルで色々と調べものをするが、予約はあまりしない
タビナカでのユーザーのモバイル利用に強い手応えを感じている。数年前から現地ツアー・アトラクション、レストラン分野に投資をしてきた。今後の戦略としてホテル、レストラン、現地アトラクションの3つ分野にてパーソナライズされたサービスをシームレスにユーザーに提供することを考えている
テレビコマーシャルには今年70 million dollars(78億円)を投入する。(ただし)効果は1ヶ月、2ヶ月で図れるものではない
ちなみに、Tripadvisorの今後の行方を、ウォールストリートや投資家たちはどうみているのでしょう? 本カンファレンスのInvestorパネルでは、“Tripadvisorの買収に一番興味があるのはおそらくGoogleだろうが、独禁法の適用からおそらく(Googleによる)買収は認められないだろう。Pricelineはおそらく買収に興味が無いだろう”との見解が出ていました。今後の同社の動きからは、色々な意味で目が離せません。
番外編ですが、最後に1つ気付いたことをシェア。2日間のカンファレンスで、複数の登壇者から“Omotenashi”という言葉を聞きました。日本で生まれたこの接客コンセプト。言葉(日本語)とともに、世界のホスピタリティ業界に広がり始めているのかもしれません。
今後、AIやチャットボット、ボイスなどが普及していく中で、“テクノロジー”とこうした”人“によるハイタッチできめ細やかな質の高いサービスが融合していくことでしょう。こうしたことで、世界中で思いもよらないような素晴らしいトラベル・サービスが生まれてくるかもしれません。楽しみな側面です。