レンタカーを中心に、各種の地上交通を扱うB2Bオンライン・マーケットプレイスを展開しているカー・トローラー(CarTrawler)。旅行イノベーションで世界をリードするアイルランドの首都、ダブリンにある本社カスタマーセンターでは、最先端のAI搭載ボットが顧客対応に大活躍している。同社の最高技術責任者(CTO)であり、テクノロジー最新事情に詳しいボビー・ヒーリイ氏に、話を聞いた。
レンタカーと航空・旅行会社をつなぐプラットフォーム構築
カー・トローラーは、一般消費者からの予約・販売を直接受けることはなく、航空会社やOTA向けに、レンタカー予約プラットフォームを提供するB2B事業に徹している。本拠地ダブリンでは600人が勤務。さらにロンドン、ボストン、ヘルシンキ、メルボルン、そして2017年から東京にも営業所を開設している。
同社のB2Bプラットフォームを利用しているレンタカー、オンデマンドや予約タクシー、相乗りのシャトルバス、鉄道など地上交通サプライヤーは2500社。日系自動車会社の系列レンタカー会社や、JR北海道レンタルなどもクライアント企業だ。一方、自社顧客にカー・トローラー経由でレンタカー予約サービスを提供している企業は、主要航空会社、オンライン旅行会社、宿泊関連など4000社。エンドユーザー数は約10億人にのぼる。
「データ解析では、とにかくスケールの大きさの有無が鍵になる。だから私は、より膨大なデータを扱うことができるB2Bビジネスに常に興味がある」とヒーリイCTO。同様に、膨大な事例を学習させるマシンラーニングやAI活用が最も活きるのもB2B事業との考えで、実際、同社では、顧客対応の省力化や効率化で、大きな効果が出ている。
世界中からの問い合わせに活躍するAIボット「アーサー」
レンタカーの予約、手配に伴う利用者からの様々な問い合わせを、世界中から受けているダブリンのカスタマーセンター「Customer Centre of Excellence」では、日本語を含む45か国語で様々な問い合わせに対応している。
顧客とのやり取りの経路は主に5つ。ユーザーが自分で操作するセルフサービス・ポータル、チャット、eメール、ソーシャルメディア、そして電話。この中で、同社が開発した最先端のAI搭載のボットである「アーサー」が活躍しているのがメール対応だ。
「アーサーの担当業務は、世界各地から寄せられるメールと、ウェブサイト経由での問い合わせに対応し、質問に回答すること。2019年までには、利用客からの問い合わせの70%は、ボットが対応できるようになると見込んでいる」(ヒーリイCTO)。
取引先の増加に伴い、問い合わせも増えているが、「カスタマーセンターでは、テキストのメールであれば、年間、100億本ほどを処理できる体制が整いつつあり、その立役者がボットのアーサー。カスタマー対応にかかる平均所要時間を210秒から42秒まで短縮できるようになった」と同CTOは話す。
アーサーの手助けがあった場合、スタッフ一人が処理できる業務内容は、通常のシステムだけを利用しているスタッフ5人分を上回るようになった。質の面でも満足している。同社では、カスタマーセンターでの顧客対応を常にレーティングしているが、いつも最も満足度が高い結果を得ているのがアーサーだ。
ヒーリイCTOは「昨今の利用者は、問い合わせへの返事や、問題発生時の対応について、ますます迅速さを求めるようになっている」と指摘。一方で、「人間はつくづく会話が大好きな生き物だと感じている。どんなに準備しても、メールや電話で話したいと思うものだ」。だからこそ、省力化の取り組みが大切であり、ボットをはじめ、最新テクノロジー活用は、むしろ質向上のために不可欠との考えだ。
「我々の戦略はシンプル。利用者側がその都度、一番、使いやすい手法で問い合わせができるように、あらゆる体制を整えておく」(同CTO)。例えば、予約の内容を単純に変更したいというユーザーなら、カスタマーポータルを自分で操作するか、アーサーが対応する方が早くて効率的。一方、レンタカー会社のデスクで、何か問題が発生した、という問い合わせに対しては、経験豊かなスタッフが電話で直接、話をする、といった具合だ。
マシンラーニングやAI開発にかかる時間や費用は、数年前と比較して、格段に短く、安くなっているため「新規事業や既存ビジネスの最適化にこうしたテクノロジーを活用するなら、今が旬だ」とも話す。
モバイル対応の徹底が将来を左右する
同社では、クライアント企業のビジネスをサポートするために、常に様々なテスト運用と、その結果データの分析を行っている。こうして開発した独自のレベニューマネジメントや、画面レイアウトのアルゴリズムも、カー・トローラーの武器の一つだ。
例えば、レンタカーの車種画像を表示する際の並べ方によってユーザーが感じる印象の違いや、予約確定という「成功モデル」に至るまでに表示されたページのトラッキングなど、様々な分析を行っている。こうした取り組みも、ベースとなる膨大なデータの規模があるからこそ有用となる。
「年間、何千種類もの様々なテストを行い、何かを決める際に役立てている。この繰り返しが、人間が直感的に感じる『使いやすさ』を実現し、売りやすい、あるいは買いやすいプラットフォーム作りに役立つ」とヒーリイCTO。
自らに伍すライバル企業は「いない」と自信を見せるが、「新しいテクノロジーが登場すれば、リスクがあっても活用方法を探るし、投資も行っている。すべては圧倒的なクオリティーを目指すため」(同CTO)と常に先を見据えている。モバイル向けに特化したインフラ整備にも早くから着手しており、今では利用トラフィックの半分以上をモバイル経由が占める。
「モバイル対応が中途半端で、抜本的な対策を打たない企業は、ライバルに追い抜かれていくだろう。当社では3年ほど前から、モバイルサイトとアプリについて、デスクトップパソコン向けのプロダクトとは、まったく別のものと位置づけ、その前提で予算から仕様設計までを考えるようになった。ユーザーがモバイル端末上で、どのような動きをするのか理解するためのリサーチやプロダクト・イノベーション、試験運用、マシンラーニングを行い、この結果を見ながらプラットフォームもデザインしている」(同CTO)。
今後の注目株は?
プロダクトでは、ドローンや自動運転の車など、無人で動く乗り物の活用が、これから旅行分野でも広がりをみせるだろうと注目している。販売手法については、会話型コマース(検索ではなく、チャットなど会話を通じて商品を紹介し、購入まで完結するサービス)。メッセンジャーアプリから出発し、ユーザーの囲い込みでも大成功を収めているテンセントのウィーチャットにも言及、「驚くべきエコシステムとして発展している。ここではユーザーの求めに応じて、あらゆるものが次々と変革を続けており、結果として、ウィーチャットへの依存度も高まっている」(同CTO)。
記事:谷山明子