インドをはじめアジア主要国における大気汚染問題は、旅行業界にも多大な影響を与えている。大気汚染測定ツールなどを手掛けるIQAirエアビジュアル社が発表した2018年度のランキングで、デリーは「世界で最も大気汚染がひどい首都」にランクイン。観光ツアーを催行するうえでも、当日の大気の状態に合わせて予定を変更するなどの対策がおこなわれているという。
一方、冒険やアウトドアを専門とする業者は、大気汚染をむしろ好都合と見ている。彼らのビジネスは人々を都心から離れさせることだからだ。そう考察するのは、ザ・アウトドア・ジャーナル誌の創業者で、編集長兼CEOのアポルバ・プラサド氏だ。
※この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
環境悪化が変えた人々の行動
「例えば、インドではロッククライミングの人気が上がっている。バンガロールはロッククライミングに最適な都市の1つ。地域内の野外にとてもたくさんの岩があるからだが、そのようなエリアは街の外にある」と、プラサド氏。
「市内に設置されているPM2.5のレベルを監視するセンサーは、すごい数値を示している。しかし、街の外に出た瞬間、数値は急激に下がる」。
さらに影響が大きいのは、専門職に就く若者たちの間で起こっているトレンドだ。彼らは大気汚染だけでなく生活の質を理由に、街から離れて時間を過ごしたり生活したりすることを選んでいると、プラサド氏は指摘する。
「(同誌の創業地である)デリーには当社で働く従業員や協力者が住んでいるが、彼らはこれ以上デリーには住みたくないと言っている。巨大で、汚く、雑然としており、大気汚染のひどい都市やその近くではなく、ゴアやヒマチャル・プラデシュに住みたがっている。私は心から彼らの意見に賛同する。私がヨーロッパのルクセンブルグに住んでいるのも同じ理由だ」。
「そうすることが可能な人たちにとっては、それがトレンドになっている。私たちもそこに注目してきた。しかし、それほど簡単なことではない。例えば、2級・3級または都市部以外の地域は、インフラがほとんど整っていない」と、プラサド氏は続ける。
AFPは最近、企業が従業員に対し基本給の10~20%の「大気汚染手当」を出していることを伝えた。記事によれば、コカ・コーラ社は中国に転勤となる従業員に対し、約15%の「環境苦難手当(environmental hardship allowance)」を出していることがメディアの報道で明らかになったという。
この記事では、コンサルタント会社や人材派遣会社を引き合いに出し、「人材能力の低下」を警告している。例え全ての幹部級社員がインドでの経験を活かしたいと考えていたとしても、優秀な人材は複数の選択肢を持っており、公害に関連する健康問題はお金では相殺できないためだ。
この記事は同様に、海外の駐在員だけでなくインド人も、スモッグが深刻な同国内地域での勤務を拒否していると伝える。
「勝者」は誰か
大気汚染問題にもし「勝者」がいるとしたら、空気清浄機の会社だ。また、個人やビル開発業者、団体、政府と協力して空気の状態を監視し、ソリューションを提供するIQAirエアビジュアルのような企業も勝者といえる。
空気清浄機は贅沢品というよりも必需品になりつつある。デリーのホテル「ラディソンブルー・プラザ・デリーエアポート」のゼネラルマネージャー、アシュワニ・クマール・ゴエラ氏によれば、同施設は2019年冬までに全室に空気清浄機を設置する予定という。冬はデリーで最も大気汚染がひどくなる季節だ。
現在は全261室の4分の1にの空気清浄機を保有しており、残りは宿泊客のリクエストに応じて無料で提供している。
「昨年の冬以来、宿泊客からの空気清浄機のリクエストは、エクストラベッドと同じくらい、日常的かつ頻繁におこなわれるようになった。そのため、今年の冬までに全ての部屋と廊下に空気清浄機を置く計画だ。使用料を取るつもりはなく、むしろ、この設備投資に対して収益率を少しでも上げられるかどうか確認するつもりだ」と、ゴエラ氏は語る。
築21年になるこのホテルには、改修中のホテルや新築のホテルが組み込んでいる空気清浄技術のような贅沢な設備はない。
例えば、おそらくデリーで最も清潔なホテルである、新しく改修されたオベロイ・ニューデリーの建物は、PM2.5の侵入を防ぐための完全な気密性を備える。外の空気は、必ず4つの異なるレベルのフィルターを通して処理された後で取り入れられる。同ホテルの公表する説明によれば、そのうち3つは機械式、1つは化学式のフィルターシステム。設置されているフィルターのグレードは一流病院の採用基準に適合する「F9」で、無菌環境を維持することができる。
また、塗料や艶出し剤などの建築材料、および内装に使われる洗剤には、炭素や硫黄、臭素を含むガスとして排出される有害な揮発性有機化合物が含まれていないものを使用している。
一方、タイでは最近4ヶ月の間に空気清浄機が売り切れとなることもあり、価格が急上昇している。
期待される政府主導の取り組み ―中国やインドでの改善策は
インドと同じようにバンコクやチェンマイでも、これまでに地方自治体や中央政府により実施された「効果的な施策は実質皆無」だったと指摘するのは、アジアン・トレイルズ・タイランド社のマネージング・ディレクター、イヴ・ファン・ケレブローク氏だ。
「この問題に対しては、個人や企業はほとんど力を持たない。法律の施行や政治的な目的で取り組むべき問題だ。願わくは、選挙が終わった今、物事が変化すればいいのだが。政府がこの問題に真剣に取り組み、今後は安全な環境が最優先されることを心から願っている。私たちが吸う空気は金持ちとそうでない人や、政治的な好みの違いを区別しない」と、ケレブローク氏は述べる。
同氏の見解は政治的意思について核心を突いている。中国は2013年に、その他の基準と共にPM2.5の削減、石炭消費の上限、および義務的な再生可能エネルギーの拡大に関する2017年までの目標を定めた行動計画を施行した。グリーンピース東アジアの発表によれば、データの確認が可能な同国74都市におけるPM2.5の平均濃度は、2013年から2017年の間に33%下がった。
中でも2014年と2015年に最も大幅な改善が見られている。これは、石炭火力発電所の炭酸ガス排出基準が新たに引き下げられ、石炭消費が減ったためだ。2017年は景気刺激策によって重工業における石炭、セメント、および鉄鋼消費量の回復が促され、改善スピードは鈍化した。
グリーンピースは中国の環境保護省に対し、大気汚染行動計画の第2フェーズに対して、第1フェーズと同じくらい野心的なガイドラインを発表するように呼びかけている。
中国の取り組みは他の国々に対し、大気汚染の根絶はその意思さえあれば可能であることを示している。現地メディアの報道によれば、インドでは与党インド人民党およびインド国民会議の両方の選挙マニフェストに、初めて公害問題が入ったという。
例えば与党は、インドで最も大気汚染のひどい102都市において今後5年のうちに大気汚染を最大35%削減し、2022年までに野焼きをなくすことを公約とした。
願わくは、それらが単なる選挙向けの約束で終わらなければいいのだが――。
※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」に掲載された英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
※オリジナル記事:Asia’s Persistent Pollution Problems Weigh on Tourism Opportunities
著者:スキフト ライニ・ハムディ(Raini Hamdi)氏