世界最大のEC市場と言われる中国。今年も11月11日には中国最大のECショッピングの祭典「独身の日」をむかえる。アリババでは参加ユーザー5億人超を予測するなど巨大市場に目が離せない。
中国のEC市場には、多くのビジネスチャンスが眠っており、日本企業もその潜在需要にアクセスを狙うが、中国の商慣習、消費者の行動、ECの仕組みなど市場環境が日本と異なるため、効果的なアプローチが難しいのも現実だ。その橋渡し役を務めるのが上海をベースとする第一秒(D1M)電商科技。2012年に設立されたオンラインリテールサービス会社だ。EC市場における日本と中国とのギャップとは?日本のブランドが中国のEC市場に入り込むために必要なこととは?同社パートナーシップ担当ディレクターの戚丽文(せき・れいぶん)氏に聞いてみた。
日中で異なるEC市場のビジネス環境
「日中のオンラインリテール環境はかなり違う」。
戚氏はそう話す。日本や欧米のEC市場では、自社ウェブサイト上で自社商品を販売するか、楽天、Yahoo!ショッピング、アマゾンなどのモール型ECサイトを活用するのが一般的。楽天やYahoo!ショッピングでは、各ブランドが「テナント」として出店。アマゾンではブランドがそのマーケットプレイスに商品を「出品」する。
一方、中国ではサプライヤーが直営店を出すプラットフォーム型が主流。「中国にはプレイヤーがあまりにも多く、オンラインリテールの施策も山ほどある」(戚氏)ため、サプライヤーは効率的にリテールを展開するために、トラフィックの多いプラットフォームに出店する。コーポレートサイトももちろん存在するが、そのトラフィックは大手プラットフォームの10分の1以下の場合もあるという。
また、アプリ制作を望む海外企業は多いが、中国人消費者にアプリをダウンロードさせること自体ハードルが高いという。中国人は最初の消費行動としてプラットフォームに買い物に行く。たとえば、WeChatひとつをダウンロードしておけば、スーバーアプリ化したWeChat上であらゆることがワンストップで可能。戚氏は、そうした動きは消費者にとって習慣化していると話す。
中国で最も影響力のあるBtoCのECサイトのひとつは、アリババグループの「Tmall(天猫)」だ。このプラットフォームに各企業が直営の旗艦店を出店する。しかし、誰でも出店できるわけではなく、「いきなりアリババとの取引は相当ハードルが高い」という。偽物や非正規品を排除し、本物志向の中国人ユーザーに期待に応えるため、出店には厳格な審査がある。逆に言うと、Tmallへの出店自体が、その企業の中国における強力なブランド力にもなっている。
そこで重要な役割を果たすのが、D1MのようなTmallパートナーの存在だ。企業やブランド側から見ると、D1MがTmallへの足がかりになる。D1Mは、Tmallと企業の間に入り、Tmall上にページを作り、そこに製品を掲載するという基本的なオペレーションから、広告のリスティングやコンテンツマーケティング、あるいはサイト内でのメディアバインドなどのサービスをワンストップで提供している。
こうしたTmallパートナーは1000社ほどあるという。それぞれ得意分野で棲み分けしており、D1Mが手掛ける領域は、ラグジュアリーブランド、ビューティー/パーソナルケア、ライフスタイル、ファストファッションの4つ。Tmallパートナーとしてのビジネスは一部で、総合的なオンラインリテールサービスを展開している。戚氏は「ブランド側にとって最善のソリューションを提案している。ブランドによってはWeChatがいいところもあれば、中国でのコーポレートサイト立ち上げが有効な場合もある」と話す。
日本の提携企業は10社ほど、今後拡大を見込む
現在、D1Mが提携している企業/ブランドは約130社で、そのうち9割がグローバルブランドだ。日本市場については、中国から日本へ進出する企業のサポートは5年前から、日本から中国へは3年前から開始した。まずは欧米のブランドで実績を積み、日本国内の企業やブランドへのアプローチは数年前から始めた。現在取引がある日本企業はまだ10社ほど。
日本の企業へのサポートは大きく分けて二通りだという。ひとつは、コーセーや資生堂など中国の現地法人のサポートで、中国国内の会員システムやコーポレートサイトの構築などを手助けする。もうひとつは、中国国内でのリブランディング。たとえば、千趣会の提携では、同社のベビー・子供向けアパレル領域におけるプライベートブランド(PB)商品の販売拡大に向けた取り組みを開始した。現在、ミラノやニューヨークなど6都市に事務所を構えるが、日本事務所の開設も準備しているところだという。
日本国内の成功体験は中国では通用しない
中国市場への進出を画策している日本企業は多いが、戚氏は「オンラインリテールでは、ある程度の心構えが必要」と提言する。「中国でビジネスを展開する場合、インハウスだけではオペレーションは回っていかない。マーケティング、ブランディング、販売を展開するには日本だけのコントロールでは無理だろう」という。
そのうえで、「日本国内の成功体験を中国に持ってきてもだめ」と話す。中国はここ20~30年で急速に発展してきた。それに合わせてビジネスのやり方も変わってきた。「中国市場に参入するときは、中国に歩み寄るマインドセットがあれば、成功する確率は上がる」。
そのために、D1Mでは企業に対する教育も大切にしているという。中国のオンラインリテールに対するネガティブなイメージを払拭するためにも「企業とコミュニケーションを重ねて、中国のEC環境を伝えていくこと」がまず第一歩。その取り組みの結果として、2016年頃からグローバルなラグジュアリーブランドのTmallへの出店も増えてきたという。
変化する中国人の消費マインド
ビジネスの仕組みや方法だけでなく、消費者のマインドもダイナミックに変化している。子供から老人まで消費行動はデジタル化し、若者(Z世代)はユニークなものを求めているという。戚氏は、その世代の特徴的な消費態度として「理念のあるブランドに憧れる」「自信の趣味のために消費」「自身の能力の範囲内で消費」「SNSでコンテンツや情報を能動的に探す」「国内ブランドも海外ブランドと見劣りしていない」の5つを挙げる。
こうした傾向から、国内外のブランドに対して、「専門性や理念をバリューとして取り入れる」「消費者の趣味の領域と結びつける」「前借りの心配を軽減する」「インタラクティブが生まれやすいコンテンツ」「ニーズをローカライズする」の5つのポイントを提言した。
オンとオフを融合させる「ニューリテール」でビジネスチャンス
アリババは「ニューリテール」という新しい顧客体験を戦略として掲げている。簡単に言うと、テクノロジーとデータを駆使し、オフラインとオンラインを融合させたリテールビジネスのこと。戚氏は「リテールの本質はオンとオフの両方。どちらも欠けてはならいないもの。企業がオンとオフを連関させて、ターゲットにしっかりとリーチできることが大切ではないか」と話す。そのうえで、オフラインの役割として重要なのは「体験」。リアルな店舗は「ショーケース」として顧客とのコミュニケーションが大切になってくるという。
訪日中国人旅行者による「爆買い」は落ち着き、その消費行動も「モノ消費」から「コト消費」に変化していると言われているが、それでも購買意欲は旺盛だ。アリペイ(Alipay)によると、今年の国慶節期間中(2019年10月1日〜7日)、日本での中国人観光客による取引件数は前年比124%増となり、海外旅行先別の取引件数ランキングで初めて世界第1位となった。一人あたりの消費額も同15%増と引き続き消費意欲は高い。
訪日中国人のリアルな消費行動と中国国内での越境ECの消費行動をいかに取り込んでいくか。その相関関係を「ニューリテール」としてどのように構築していくか。日本ブランドにとって課題は多いが、一方で世界最大の消費市場に大きなチャンスがあることも間違いない。
トラベルジャーナリスト 山田友樹