必要なのは「トランザクションよりインタラクション」、サービス改善には「リカバリー(クレーム対応など)よりディスカバリー(問題になる前に見つけ出す)」、「スマホ画面は、あくまで補完役――」。いずれも、ディズニーのアニメーション技術担当部門がいま、目指していること。テーマパーク以外の旅行各社にも、参考になるアイデアが見つかりそうだ。
ウォルト・ディズニー社といえば、何十年もの間、米国のテーマパークを舞台に、テクノロジーを駆使したアトラクションで人々を魅了し続けてきた実績を誇る。そんな同社が昨今、乗り物やアニマトロニクス・ロボットだけでなく、もっと幅広い分野でテクノロジー活用によるイノベーションを進めている。目指しているのは、ゲスト一人ひとりに即した最適化だ。モバイル&デジタル技術を導入することで、パーク滞在中のゲストへの接客方法を拡充しているが、さらにパーク到着前のゲスト対応にも、こうした技術を活かしている。
ディズニーのデジタル・エクスペリエンス担当副社長、ギャリー・ダニエルズ氏は「もちろん物理的な環境はすばらしい。とはいえ、今までとは違う、新しくて便利な方法があれば、ゲストとつながる機会をさらに増やせるはずだ」と話す。
2021年6月、これまで数か月間もわたって閉鎖していたカリフォルニア州アナハイムにあるディズニーランド・パークと、制限付き営業だったフロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールドに、大勢のゲストが戻ってきた。これからはパーク側と来場者、あるいは来場者どうしの間で、以前よりもデジタル経由でのやりとりが増えることになりそうだ。
最初に紹介する事例は、ソーシャルメディアのスナップ(Snap)との提携だ。6月から、スナップチャットのアプリに、ミッキーマウスとミニーマウスが登場する拡張現実(AR)レンズ機能が加わった。ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートを訪れた人は、このアプリでアニメ化された二大人気キャラクターと一緒に自撮りできる。パーク内にいる間しか利用できないよう、ユーザーの携帯電話の位置センサーを使った設定が加えられている。
スナップチャットのプロジェクトからは、ディズニーのゲストとの関係作りにおいて、大勢をまとめて相手にするのではなく、一対一の対応を目標にしていることが分かる。
パーク内にいる時だけ現れる「ランプの魔人」
モバイルファースト戦略を具現化した別の事例が「ディズニー・ジーニー(ランプの魔人)」と名付けられた新ツール。間もなく登場する予定だ。
ゲストはスマホを使って、その日に自分がやりたいこと、例えばマジックキングダム・パークでプリンセス気分になる、エプコットでグルメ三昧などのプランをシェア。すると、ディズニーの「ジーニー」が現れて、そのプランに合った過ごし方を提案してくれる。ゲストは、順番やタイミングに悩みながら、スケジュールを練る手間から解放されるという訳だ。このツールでは、複数のスケジュール案を、分かりやすいビジュアルと一緒に表示し、それぞれゲストにとって最高の滞在になるようサポートする。
ダニエルズ氏は「まずテクノロジーありきで、技術活用する愚は犯さない。例えばARがカッコいいから活用するのではない。テクノロジー自体が、最も印象に残ってしまうのは避けたい。あくまでもゲストが望んでいるもの、もっとフレキシブルで、便利で、魔法のように素晴らしい体験を実現するための手段だ」。
より良いものを目指して
ディズニー・パークスがテクノロジー刷新に動き出した背景には、同社を含む‘自宅外’で楽しむエンターテイメント産業にとって、世の中で進む技術革新への警戒感がある。家庭向けのホーム・エンターテイメント・システムやモバイルデバイスは、例えばフェイスブック系Oculus(オキュラス)によるVR(仮想現実)ヘッドギアのように、どんどん洗練され、人々を夢中にさせるものが登場していた。こうした新しいエンターテイメントが、リアルな世界での体験を凌駕してしまう可能性もある。
課題の一つは、モバイル技術を活用しつつも、携帯電話の画面がすべての中心になる状況を避けることだった。
「ゲストの視線が、携帯電話にくぎ付けになってしまうのは絶対にダメ。没入感たっぷりの素晴らしい環境は実現したいが、すべて画面上で完結するのはダメだと思った」とダニエルズ氏は話す。
こうした方針から生まれたものの一つが、ディズニー・パークスによるビデオゲームで、列に並んで待つ間、自分の携帯電話を使ってプレイできる。その乗り物やアトラクションに関連したテーマ設定になっている。
実際の流れはこうだ。まずゲストは、モバイルアプリ「プレイ・ディズニー・パークス」をダウンロードする。ディズニーランドまたはフロリダ州レイク・ブエナビスタのディズニーズ・ハリウッドスタジオで、「スターウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」のアトラクションに乗ろうと列に並ぶと、「スターウォーズ:データパッド」のゲームがプレイできるようになる。
見えない部分を支えるテクノロジー
ディズニー・パークスでは、来場者が直接、目にすることのない裏方の部分でも、オペレーション改良につながるテクノロジー活用に力を入れている。
ダニエルズ氏によると「当社でゲストサービス・スイートと呼んでいるソフトウェア技術を集めたセットがあり、キャストが担当業務をおこなったり、困っているゲストをサポートする時に役立っている」。
「この業界では‘サービス・リカバリー’(サービスに不満がある顧客への対応)が話題になるが、我々は‘サービス・ディスカバリー(必要なサービスを見つけ出す)’という別の手法を導入している。問題として発覚する前に、問題を把握したいと考えている」とダニエルズ氏。
ディズニー・パークスの一部リゾートでは、スタッフはフロントデスクの後ろでパソコンを叩いているのではなく、タブレット型の端末を持ち歩いている。このタブレットのユーザー・インターフェースには、同社が考案した様々な工夫が詰まっており、スタッフがゲストと言葉を交わしたり、個人的なことを質問したりする時など、ゲストとのやりとりに役立つ内容が入っている。
「キャストたちが成功のカギだ。彼らとゲストのやりとりが事務的なものではなく、そこに人間的な交流が生まれるようにしたい」(ダニエルズ氏)。
パーク外にいるゲストともつながる
ディズニー・パークスの技術イノベーションの数々は、航空会社やホテルなど、テーマパーク以外の旅行関連企業にとっても示唆に富んでいる。パーク内でのゲストの全行動を把握するために、ディズニーが取り入れている洗練されたアプローチには、手首に巻いて、デジタル決済などに利用できるマジックバンドもある。これにより、ライバルよりも早く、旅行者のふるまいや関心事の全体像が見えてくる。
最近では、来場前のゲストとつながることも重視するようになっている。
「多くの人にとって、バケーションで一番、幸せな気分になるのは、出かけるのを楽しみに待っている時だという調査結果を読んだことがある」とダニエルズ氏は指摘する。
そこで同社が導入したのが「ディズニー・マジック・モーメンツ」。ゲストが来場する前からもっと楽しめるように、ディズニーのレシピを紹介したり、キャラクターたちの楽屋での様子や、同社で働くイマジニア(夢を形にする人)の姿を紹介している。
ディズニーでは、こうしたデジタル技術の導入で、パーク内でのリアルな体験をさらに深めることができるとしている。
「アーサー C.クラークの有名な言葉にあるように、‘十分に進化したテクノロジーというのは、魔法と同じだ’」とダニエルズ氏。「ディズニーで我々が目指していることも、その多くは魔法だ。スナップチャットのAR技術などは、まさに魔法や物語の世界に入るような体験になる。ミニーがデジタル画像の中でハグしてくれるなんて、まさに夢のようだ」。
※この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。英語記事が公開された2021年5月17日時点に基づいた内容となります。
オリジナル記事:Disney Parks Plan to Greet Returning Guests With New Digital Tech for Phones
著者:ショーン・オニール氏