千葉千枝子の観光ビジネス解説
インバウンドビジネス一人勝ちの1年 ―爆買い・インバウンド消費がとまらない
インバウンド一色のままに、日本の2015年が暮れようとしている。
2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催へ向けて、インバウンドビジネスは加速度的に広がりをみせ、今年、大きく開花した。中国人観光客の爆買い行動から民泊に至るまで、どれだけ新聞やニュースを観光ビジネスが賑わしたことか。
振り返れば戦後70年間、観光ビジネスが、これほどまでに注目されたことはなかった。バブル期(1980年代後半)をしのぐ勢いにあるのは、観光立国が国策の是にあるからだ。気がつけば、誰もかれもが観光ビジネスに参入をはじめ、論客も幅広くなった。遊興の域を抜けだし、いよいよインダストリー(産業)への階段を駆け上った感にある。
インバウンド消費の進撃ぶりは、大都市圏とその周辺の旅館ホテル、流通小売に大きな恵みをもたらした。だが恩恵はまだ、一部の地域・産業にとどまる。日本の観光は今、黄金の時間(とき)を迎えてはいるものの、もとある旅行業に目を転じれば、明暗がくっきりと分かれた一年であった。
テロ・紛争に苦戦する海外旅行市場 ―ソフトターゲットの衝撃 安心・安全を担保するために
タイの首都バンコクで発生した自爆テロ事件(8月)に続いて、今年11月、世界を震撼させたのが、フランス・パリ同時多発テロ事件である。繁華街やレストラン、スポーツ観戦者で賑わうスタジアムやコンサート会場などが"ソフトターゲット"となる、あらたな手口を浮き彫りにさせた。
この一年でテロの標的に狙われた先は、主に外国人観光客が多く集う場所ばかり。折からの円安で苦戦を強いられ、停滞気味にあった日本の海外旅行市場においては、大きな痛手となった。
わが国の旅行業は今、空洞化現象が起きている。日本人を相手にした海外旅行専門の旅行会社はビジネスモデルの転換が急がれ、国内旅行市場もまた、少子高齢化による人口減が課題な上に、国内仕入れに強いエージェントであっても訪日旅行に参入しづらい構造的なもどかしさがある。
ただし、来年は"歩み寄り"効果も期待できそうだ。3月には、二階俊博氏を団長とする日中文化観光交流使節団3000人が訪中している。日中韓の緊張がとければ、海外旅行市場にも明るい光がもどってくる可能性が高い。
2015年、世相を表す今年の漢字は「安」だったが、安心・安全の旅を担保する旅行業の存在は大きい。スルーエスコート付ツアーの復権や、万一のときの危機管理体制がしっかりした旅行会社が消費者に選別されるといった現象が、来年には期待される。
ICTの発達で自宅にいながら予約手配が可能になったが、インターネットの世界は移ろいが速い。師走に入り、ヤフーが一休.comを買収するというニュースが業界を駆け巡ったが、合従連衡はますます進むのかもしれない。
地方創生にふるさと旅行券 北陸新幹線開業に沸いた金沢 ―国内の陸・海・空は絶好調 地方は攻めの観光戦略へ
2015年の国内観光の雄と言えば、北陸・金沢の右にでるものはいない。北陸新幹線開業(3月)効果で、大いに活気づいた。安倍政権が掲げた地方創生の大目玉・「ふるさと旅行券」は、2015年度限りの特別措置だけに、発売即完売が相次いだ。
地方の観光に、運輸のチカラを再認識したのは金沢だけではない。
モノ消費からコト消費へ移行、ジェットセットな時間移動ではなく空間移動を楽しむことができる観光列車も、引き続き好調だ。去年デビューの「ななつ星in九州」に続いて、「或る列車」(8月)が話題をさらった九州は、大型客船クルーズでもやってくれた。
博多港は、客船クルーズ寄港回数でついに王座に。第2位は長崎港と、12年連続で第1位だった横浜港を3位に下した。
空に目を転じれば、インバウンド増加を追い風に、LCCの新路線就航や専用ターミナル開業が相次いだ。とりわけ茨城空港や静岡空港などの地方空港が、大きく息を吹き返した。
成田羽田の首都圏空港のみならず、新千歳や福岡、那覇の各幹線空港も五輪年を目途に、拡張工事が進められるなど活気づいている。ちなみにコンセッション(空港運営権売却)で話題を集めた関空は、発着回数に旅客数、商業収益に至るまで過去最高のオンパレード。2015年の陸・海・空は、ともに観光で明るい話題が多かった。
ここで忘れてならないのは、いまだ多くの地方は疲弊を続けているという点にある。地道な努力で観光振興を促す自治体が今や、市町村のレベルに達しているが、アクセス面で明暗が分かれているのがうかがえる。
北海道新幹線が2016年3月に開業の予定だが、延伸通過で乗降客減が予想される青森県では、それを見越して、中国大陸へ路線開設の営業開拓を行ってきた。その努力の甲斐あって来年1月、杭州との定期便(北京首都航空)が新たに就航の予定だ。攻めの観光戦略が、活路を見出していくものとおもわれる。
まとめ
観光ビジネスの2大カリスマの、2015年はどうだったであろうか。
星野佳路氏が率いる星野リゾートは、日本政策投資銀行と共同で、経営難にある旅館ホテルの再生を支援するファンドを設けることを発表したばかり。今年は星のや 富士をはじめ、界 鬼怒川、界 加賀が開業、攻めの姿勢を崩さなかった。
大赤字だったハウステンボスをドル箱にかえた澤田秀雄氏は、ローコストホテル「変なホテル」を開業、電力事業販売に参入を表明するなど話題をさらいながらも、H.I.S.の連結業績全利益を過去最高で飾った。二者ともに、強気な一年であったに相違ない。
いずれに共通することはステークホルダー、すなわち株主が存在する点にある。
わが国の旅行業、宿泊産業の多くは、電鉄系など一部を除くと非上場企業が大半である。株主の目にさらされぬ企業経営でこれまでやってこれたとして、国家の基幹産業の構成者として成り立つのだろうかという不安がある。観光関連企業の上場案を、来年は注視したい。
インバウンドにおいては、一部で観光バブルの様相すら呈し始めているが、五輪後の反動減を最小限に抑えるための議論は尽くされておらず、また、対策もとられていない。何よりも観光は平和産業と言われるだけに、テロや紛争、天変地異で一気に坂道を転がり下る危険性もある。
ゴールデンウィークのさなか、火山性地震が箱根を震撼させたが、それも11月には噴火警戒が解除され、穏やかに正月を迎える準備に入っている。読者の皆さまも、佳きお年をお迎えになられますように。