【秋本俊二のエアライン・レポート】
羽田空港国際線ターミナルの146番ゲートから搭乗が始まった。午前11時20分発のバンコク行きJAL031便。キャビンに足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは斜め配置(ヘリンボーン型)の新しいビジネスクラスシート「SKY SUITE III」だ。2016年6月18日より、JALは羽田/バンコク線にこの最新シートを搭載したボーイング777-200ERの新仕様機を導入している。8月には羽田-シンガポール線に、2017年1月以降にはホノルル線へと順次拡大する計画で、空の旅がますます快適さを増すことは間違いない。
キーワードは「全席通路側」
ここ数年のビジネスクラスシートの変遷を、まずは振り返ってみよう。
ボーイング777や787などの大型機の国際線ビジネスクラスは、2本の通路をはさんで横1列を「2-2-2」の計6席でレイアウトするのが以前は業界の主流だった。その後は各社ともグレードアップを進め、個性を打ち出してきた結果、最近は横1列が「1-2-1」の計4席のみという贅沢きわまるシート配置が登場している。「1-2-1」とはつまり、全席が通路側である。「プライバシーが守られる上に、どの席からもダイレクトに通路に出られるのでトイレに立つ際も隣の乗客を気づかう必要がない」と利用者からの評価も高い。
しかし「1-2-1」の各列4席配置だと、設置できるシート数は当然減ってしまう。このクラス特有のゆったりした広いシートピッチ(座席の前後間隔)のままでは、従来の「2-2-2」に比べて、単純計算で3分の2しか席数数を確保できない。上級クラスの需要が伸びている中で、売れるのに供給量が足りないというのでは、みすみすビジネスチャンスを逃してしまう。そこで「1-2-1」配列の導入を模索する各社は、独自の工夫をシート設計に採り入れることになる。
最近で世間を驚かせたシートといえば、JALが欧米線など長距離国際線で運航するボーイング777-300ERに搭載した「SKY SUITE 777」だろう。パーティションで囲われた長方形の個室型ブースをキャビンにレイアウト。窓側の席を選んでも、通路側席の乗客をまたぐ必要はない。隣り合う座席を前後にずらして配置することで、どの席からも通路へダイレクトにアクセスできる“道”を生み出した。開発担当者の創意から誕生した傑作だと思う。
スタッガード型とヘリンボーン型
全席通路側の「1-2-1」配置でも必要な座席数を確保できるタイプが、あと二つある。一つは「スタッガード型」と呼ばれるものだ。スタッガードとは英語で「ジグザグの」の意味で、180度水平に倒れるフルフラットシートを前後で「互い違い」の形でレイアウト。ベッドにしたときに後ろの席の乗客の足が前の席の大型サイドテーブルの下にもぐり込む設計にして、必要な座席数を確保できるようにした。JALが中距離国際線を中心に運航するボーイング767-300ERに導入した「SKY SUITE 767」が、まさにこのタイプだ。そしてもう一つが、いま私が体験している進行方向に対してシートを斜めに配置した「ヘリンボーン型」である。
ヘリンボーンとは「魚の骨」の意。キャビン全体を上から見ると魚の骨のように見えることから、この名で呼ばれるようになった。「プライベート感が高くていい」と評価する声も少なくなかった一方で、従来型のヘリンボーンシートには弱点もあった。このタイプを採用した各社は当初、乗客が通路に足を向ける形で座るように設計したのだ。そのため、食事などで背もたれを起こしたときに、通路をはさんで隣の乗客とときどき顔が合ってしまう。またカップルでの利用者にとっては、真ん中の2席並びを指定しても斜めに背中合わせに座る形になるので、会話がしにくいという声もあった。
そんな従来型ヘリンボーンをさらに進化させたタイプが、JALの「SKY SUITE III」である。同じ「1-2-1」の斜め配置でも、窓側のシートは窓に向かって、中央の2席並びも通路を背中にする形にレイアウトを変えた。窓側のソロシート(A列・K列)はますますプライベート感が高まり、中央の2席(D列・G列)ではカップルでの利用者などに二人だけのスイート感あふれる空間を提供できる。
新発想でベッド幅を74センチに
羽田からバンコクへの今回の旅で、私は中央2席のうちの右側「G」列を指定した。コントローラーを操作し、シートをベッドポジションに変えてみる。最大約198センチのフルフラットベッドが完成した。足もとのスペースも十分だ。特筆すべきは、中央2席の左右でベッドの地上高が異なること。私の座った右側G列ではシートが上に、隣のD列ではその下にもぐり込むような形で上下に立体交差する"3D構造" を実現している。こうした工夫を採り入れることで、ベッド幅は74センチまで拡大した。
「機内でのお食事もいままで以上にゆっくり時間をかけて楽しんでいただけるようになりました」と話すのは、031便に乗務していたチーフキャビンアテンダントの本末佳世さんだ。「このキャビンでは客室乗務員もお客さまと1対1になれるので、コミュニケーションも取りやすい。“個”のサービスを大切にしていきたいと考えている私たちにとって、SKY SUITE IIIはとてもやりがいのもてるプロダクトです」
食事を終え、機内Wi-Fiにつないで1時間ほど仕事をしたあと、私もゆったりベッドでしばらく身体を休めた。コクピットからのアナウンスで目が覚めたのは、15時を少し回ったときだ。JAL031便はバンコク・スワンナブーム国際空港に向けて高度を落とし始めている。どのフライトでも到着が近づくとやはりホッとするが、航空会社のサービスによっては、ときに「降りるのがもったいないなあ」と感じることも。「もう少し長く乗っていたい」などと思うケースはそう多くはないが、JALのこの「SKY SUITE III」は間違いなくその一つだと思う。