東に伊豆や富士山、西は浜松、北は県境の南アルプスまで、広範な地域をかかえる静岡県。その豊富な観光資源をもとに、県は訪日外国人旅行者の誘致に本腰を入れている。今年1月、静岡観光協会内にインバウンド市場に特化した地域連携DMO「静岡ツーリズムビューロー」を開設。県全域を対象にインバウンド戦略を策定し、マーケティング、プロモーション、市場開拓を進める。
「インバウンドでは、地域が稼ぐことと同時に地元の人たちの心の充足感も大切」と話すのはDMOディレクターの府川尚弘氏。県という広域で進める戦略を、府川氏に聞いてきた。
各地域連携DMOのまとめ役としてインバウンド推進
静岡ツーリズムビューロー(Tourism Shizuoka Japan/TSJ)は、県内のインバウンド観光振興の役割を担う組織だ。現在、静岡県内には、各地にDMOの発足が予定されているが、そのまとめ役の立場にある。
現在、地域連携DMOとして静岡市を中心とした「静岡観光コンベンション協会」、伊豆地方をまとめる「美しい伊豆創造センター」、西部の浜松地域を統括する「浜松・浜名湖地域DMO」のほか、富士山地域と山梨との連携も視野に入れるDMOの立ち上げが計画されている。
府川氏は、「県域でインバウンド観光を振興していくうえで、大切なのは、各地域がどれくらい外国人旅行者に来てもらいたいと思っているか」だと話す。
2016年の訪日外国人数は初めて2,000万人を突破したが、1日単位にすると5万5,000人。消費額3.5兆円も1日あたりでは95億円、一人あたりだと17万円にすぎない。国は2020年までに訪日外国人旅行者4,000万人の目標をかかげているが、それでも1日11万人。消費額が8兆円に達したとしても、1日210億円、一人あたりは20万円ほどだ。
府川氏は「4,000万、8兆円という大きな数字ではなく、もっと現実的な側面を注視すべき」と話す。ツーリズムマーケティングの根本は、より多くの旅行者をより長く滞在させて、現地により多くのお金を落としてもらい、その稼ぎを地域にまわす仕組みをつくることだが、「地方がインバウンドで稼ぐのは容易なことではない」と見る。
インバウンド拡大には地元の心の充足感が大切
その実態を踏まえたうえで、TSJとしては、各地域にはそれぞれ特性があるため、稼ぐ商品造りなどについては各地域にゆだね、大枠のインバウンド理念を策定した。コンセプトは「みんなのしあわせ」「人に優しい」「温故知新」の3つ。インバウンド観光から受ける恩恵を、静岡県の普遍的なテーマとした。
府川氏は、あるタクシー運転手の話を紹介する。最近は外国人の利用も増えてきたことから、タクシー会社では英会話レッスンを取り入れたという。その運転手曰く、「最初は外国人は面倒だなと思っていましたが、簡単な英語でも地元のことを話すと結構おもしろいんですよね」。府川氏は、「経済的な恩恵も重要だが、外国人と交わることで満たされる心の充足感が大切なのではないか。これがないとインバウンド政策は回らなくなるのではないか」と指摘する。
その運転手は、外国人とのコミュニケーションで新しい価値観で地元を見るようになった。つまり「温故知新」。そのことで、運転手は稼ぎとは別の満足感を得たのと同時に旅行者も楽しい時間を過ごした。これは「みんなのしあわせ」といえる。これに加えて、日本人、外国人、身体障害者、LGBT、誰でも楽しく旅ができるユニバーサルツーリズムを実現することで「人に優しい」観光を目指す。
府川氏は「観光による地方創生は、地元の人たちの幸せがない限りできない」と強調する。
人材育成から海外メディア誘致まで具体的な活動にも着手
TSJは、理念の策定・啓蒙だけではなく、さまざまな具体的な活動も進めている。
DMOの役割ひとつとして観光人材の育成が挙げられるが、TSJでは静岡県立大学と静岡文化芸術大学に新設される観光コースで、県内の観光事業者向けに国際マーケティングの講座を設けるとともに、「インバウンドは真のグローバル化につながる」(府川氏)との考えから、小学校のALT (Assistant Language Teacher)プログラムでも外国人旅行者とのコミュニケーションについて学ぶ機会を設ける計画だ。
稼ぐ仕組みにでは、ワンストップ窓口としてランドオペレーター機能と販売機能を持つ旅行会社「富士山トラベル(仮称)」の立ち上げを準備中。そこに各地域の着地型商品を並べ、外国人旅行者向けに販売していく。また、SIT(特殊な目的型の観光/Special Interest Tour)関係の旅行手配も手がけていきたい考えだ。
TSJは2017年3月に、オーストラリアのグルメ番組「Everyday Gourmet」の取材も誘致。県各地の食材や郷土料理を中心とした旅とグルメの番組制作に協力した。「静岡は、日本を凝縮したような場所。山あり、海あり、食も多様」と府川氏。今後も海外のメディアの取材対応も積極的に取り組んでいく姿勢を示す。
また、県内には「官民連携による国際クルーズ拠点」に選定された清水港があることから、クルーズ誘致にも取り組む。
今年7月から10月にかけては、協力関係にあるゲンティン香港のスーパースター・ヴァーゴが大阪発着と横浜発着クルーズで清水港に寄港する。このほか、富士山静岡空港のエアポートセールスにも参画。今年3月に沖縄で行われた空港と航空会社の商談会「ルーツ・アジア」にも日本政府観光局(JNTO)の一員として参加した。国土交通省が2017年度予算で進める「訪日誘客支援空港」についても、認定空港に向けた活動を進めていく。
DMO戦国時代で日本一を目指す
静岡県の総入込数は2015年度で約1億4,900万人。そのうち宿泊客数は1,996万人、観光レクリエーション客数(日帰り客数)は1億2,950万人。外国人旅行者の宿泊については正式な統計はまだないが、「感覚的には、静岡市内でもタイ人旅行者を多く見かけるが、ゴールデンルートの立ち寄り地点になっており、それが宿泊につながっていない」という見方だ。
そのなかで、府川氏は「選ばれるデスティネーションではなく、旅行客を選ぶイニシアティブを持つデスティネーションになりたい」と話す。ターゲット市場は3つ。直行便が飛ぶ中国、韓国、台湾マーケット、香港、オーストラリアなど訪日需要が高いが静岡県が取り込めていないマーケット、欧米など今後の観光を切り開いていくマーケット。
国は訪日外国人旅行者の地方分散化を政策として掲げるが、府川氏は「国の政策として、日本ラウンドトリップ(周遊型)運賃のような仕組みも必要ではないか」と提案する。日本のどこから入ってどこから出ても同一航空運賃であれば、各地を周遊しやすくなる。富士山静岡空港というゲートウェイを持つ静岡県としてもインバウンド誘致に生かせるとの考えがある。
「2017年度からはDMO戦国時代に入る」と府川氏。観光庁が主導する国際観光テーマ地区で広域連携にも関わっていくが、静岡県のインバウンド政策を取り仕切るTSJにとって他県は競合関係になるのも事実だ。TSJは4月からは県職員も加え10人体制に拡大。「3つの理念で日本一を目指す」意気込みだ。
取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹