右肩上がりの推移が続く訪日外国人旅行者は、日本各地で様々な影響を与えている。中でも多くの外国人観光客が訪れる京都。近ごろ、外国人がホテル滞在者の過半数超えたことでも話題となった古都、おもてなしの最前線にある宿泊施設ではどのように受け入れ、何を感じているのか。日本のインバウンド先進都市・京都で起きている現状を取材した。
外国人集客で拡大する新形態の宿泊施設
近年、“進化系”といわれるビジネスホテルやカプセルホテル、ゲストハウスが話題になっている。その進化を牽引するのは、訪日外国人旅行者を狙う新規参入の宿泊施設だ。京都は日本のなかでも、そんな宿泊施設が次々に誕生する都市の1つといえる。
京都駅八条口から徒歩3分。車一台分の幅ほどの小道の通る住宅街に建つ「ピースホステル京都」(全50室・定員125名)もその1軒。昨今ほどのインバウンドブームではなかった2013年4月に、不動産業から宿泊業に飛び込んだ田畑伸幸氏(ティーエーティー代表取締役社長)が、訪日外国人をターゲットにオープンした。
特徴は、従来のホステル(相部屋・ドミトリータイプの節約宿)のイメージを覆すデザイン性と機能性。「客室よりもコミュニティスペースへの投資を重視した」と田畑氏がいうように、1階に設けたカフェとロビーが同ホステルのスタイルを象徴する。
一方で、1人より2人の利用が多い訪日外国人の旅行スタイルを踏まえ、客室はドミトリーを全体の3割に押さえ、7割をプライベートが確保できる2人部屋としたという。
「ビジネスホテルの機能性がありながら、コミュニケーション部分はゲストハウス寄りに。シャワーとトイレは共有にして価格を抑えた。ニーズが変化する中で、常にその本質を満たす宿泊ブランドであり続けたい」。
田畑氏のコンセプトは見事にターゲットを捉え、直近2年間はほぼ毎月100%に近い高稼働を達成。平日と休日に需要差のない訪日外国人客が9割を占めるからこその実績だ。オンライン旅行会社(OTA)への客室提供を国内系OTAでは一定数に絞り、海外OTAを集客の中心としたのがその要因。例えば、ブッキング・ドットコムのユーザー評価は9.3と高く、コメント数も約5000件と人気のほどがうかがえる。その評価に後押しされ、最近では、日本人が海外OTA経由で予約をするようになってきたという。
高い満足度と収益性で、2015年7月には2号店の「ピースホステル三条」(59室・180人)をオープン。さらに、京都駅と三条での出店を計画中だ。「もっと情熱的な施設を作りたい」と、京都駅付近の案件では海外で人気が出ている進化系ホステル「ポシュテル(Poshtel:Posh=「高級な」とHostelの造語)」に。三条付近は新築物件とし、ホステルと飲食店をマッチさせた新形態での展開を狙う。
新規参入者がインバウンドのニーズに乗って新たなトレンドを持ち込み、宿泊業の業態の垣根を崩しながら勢力を広げる。同ホステル以外にも、東京で人気の進化系カプセルホテル「BOOK AND BED TOKYO」が2016年12月、四条の南座近くの雑居ビルに進出した。「訪日客の増加は一過性のものではなく、東京五輪後も続くと見ています」(田畑氏)と強気の発言からも、新規参入者による進化系宿泊施設の勢いはしばらく続きそうだ。
喜ばれるおもてなしは「おばあちゃんのおせっかい」
変化は日本の伝統的な宿泊施設にも起きている。
世界遺産・二条城の近くに2016年2月に開業した「京都茶の宿七十七(なずな)二条邸」は、京町家を再生した全5室スイートの高級旅館。お茶をテーマに、宿泊の到着時には客室でお茶を点ててもてなし、全室完備の露天風呂では茶葉を浮かべるお茶風呂を提供。伝統的家屋と同館ならではの個性で日本人にも十分にアピールするが、実は同館も当初から訪日旅行者をターゲットに開発してきた。宿泊客の構成比は年間平均で外国人が7割と多勢を占める。
「土間土間」や「牛角」などの飲食チェーンを展開する株式会社大地が、新たに宿泊事業の株式会社Yumegurashiを設立。ブームを見据えて訪日旅行事業を担ってきた大門真悟氏が、経験を生かして同旅館のコンセプトを設計した。それでも実際に宿泊施設として訪日客を迎え入れると、サービスに対する日本人との概念の違いを感じることが多いという。
例えば、日本人はさりげないサービスに深い感動を覚えるが、「外国人はもっとシンプル。何をして差し上げたのか伝えた方が喜ばれます」と大門氏。例えば暑い日にスイカを差し入れる場合、「今日はスイカを頂いたのでお部屋にお持ちしますね」と声をかけた方が、特別なサービスを受けたと実感してもらえる。
「私たちはそれを、『おばあちゃんがおせっかいでするサービス』と呼んでいます。日本人の好みよりも一歩踏み込んだサービスをして、その説明をした方が喜ばれます」。
1泊朝食付きが基本の同館では、朝食が唯一の食事体験となる。その1回の印象を深めるためにリサーチしたところ、外国人が日本らしさを感じる囲炉裏料理が効果的であるという結論を導き出した。それからは、朝食会場のテーブルやカウンターに囲炉裏を設け、目の前で焼いて提供している。
「囲炉裏の煙の匂いが、思い出に残る要素になるのだと思います。朝食に囲炉裏料理なんて、伝統的な旅館では『ありえない』といわれますが、お客様が喜ばれるなら、私はこのスタイルで良いと思っています」。
同旅館もブッキング・ドットコムでは9点以上を獲得し、宿泊客の支持が高い。外国人に喜ばれるサービスの追求で、旅館のもてなしも変わっていく。
従来型ホテルの転換
当初から外国人をターゲットとしていた宿泊施設は、変わることにも柔軟だ。しかし、インバウンドは従来型の宿泊施設にも変化を及ぼしている。
アッパーミドル層がターゲットのシティホテルチェーン「三井ガーデンホテルズ」。京都進出は1989年の「三井ガーデンホテル京都三条」(全169室)の開業以降、1997年開業の「三井ガーデンホテルズ京都四条」(全278室)の2軒で従来型の営業スタイルで運営してきた。
しかし、バブル後の旅行スタイルの変化を踏まえ、3軒目の「三井ガーデンホテル京都新町 別邸」(全129室)を2014年に開業。そのころから、OTAでの販売を本格化した。そして、団体から個人旅行(FIT)への転換と同時にインバウンドの取り込みを開始した。
これにより、外国人の宿泊比率は約10%程度から約40%に拡大。稼働率もアップし、平均単価は施設によって異なるが2012年と2016年の比較で、40%~65%増と大きく上昇した。訪日客の平日需要を獲得し、滞在日数も増加。特に平日利用では、日本人はビジネス目的の1人客も多いが、訪日客は2人客が多いため、単価上昇に繋がった。京都3軒の副総支配人を務める川合康貴氏は「あの時、方針を変えていなければどうなっていたことか」と、当時を振り返る。
京都では、新幹線や高速バスなど交通手段が充実したことにより、滞在日数が短縮化する傾向もみられる。「京都は1泊、2泊目はその他都市や地方」や「日帰り」が増え、宿泊施設には滞在日数が減少する悩みがあった。また、団体旅行の減少で平日の客室が埋らず、繁忙期でも団体営業は欠かせなかったという。外から見れば恵まれた環境に映る、日本を代表する観光都市にも危機感は少なからず訪れていた。
訪日客が示す観光の真髄
インバウンドがもう一つ、変化をもたらしたものがある。それは館内の賑わい。「以前と比べると、確実にお客様とのコミュニケーションが増えています」というのは、前述の三井ガーデンホテルズ京都3軒の支配人・景山敬之氏。
日本人客は、チェックインなどの手続き以外は、人との関わりを持たないようにする傾向が強いが、外国人客は観光について躊躇なしに質問をしてくる。「忍者体験」や「嵐山モンキーパーク」など、日本人の観光地として知られていない場所を聞かれることも多いといい、地元を再発見する機会になったという。
そんな外国人客の姿を見て、フロントに立ち寄る日本人客も増加。もっとも、混雑を避けてよりディープな京都へ行くために、外国人が行く観光地を聞くケースもあるというが、いずれにしても、「お客様との対話が増えたことは嬉しいことです」と、景山氏は笑顔を見せる。
世界大手マリオット・インターナショナルの最高級ブランド「翠嵐ラグジュアリーコレクションホテル京都」では、フロント係のアンバサダー・大金めぐみ氏の話が印象的だった。様々なホテル勤務を経て、外国人比率が7割と高い同ホテルで接客するうちに、「当ホテルの滞在中だけではなく、旅行全体を満喫していただくためにおもてなしをすべきだと感じるようになりました」。よりパーソナルな接客を求める外国人客との対話が、おもてなしのプロの意識も変えている。
筆者は昨年3月、10年ぶりくらいに京都の観光メッカ・清水寺を訪れた光景が忘れられない。四条から八坂神社、そして二年坂、三年坂と清水寺へ近づくにつれ、行き交う人々の密度が濃くなっていく。満員電車のような賑わいのなかで目を引くのは、なぜか外国人旅行者たち。彼らの屈託なく観光を楽しみ、素直に感動を表す姿は、私たちに観光の真髄を投げかけてくる。
取材:山田紀子(旅行ジャーナリスト)