世界の2大オンライン旅行会社(OTA)と言われるエクスペディアとプライスラインの両グループ。オンライン旅行の国際カンファレンス「WIT Japan 2017」では、それぞれの傘下である、エクスペディア、ブッキング・ドットコム、アゴダとGDSアマデウスの各社からアジア地区責任者が集まり「The Pan-Asia Factor(アジア市場攻略には何が必要か)」とのテーマで議論した。日本、中国、韓国など北アジア市場の攻略、各社が今、注目するテクノロジーやサービスの在り方とは?
アジアをテーマに、近年のトレンドから多岐にわたるテーマで展開された各社の見解をまとめた。
登壇者:
- ブッキング・ドットコム アジア太平洋地区マネジングディレクター オリバー・フー氏
- アゴダ・ドットコム ビジネス開発担当副社長 ティモシー・ヒューズ氏
- エクスペディア・アジア 最高経営責任者(CEO)ジョンティ・ニール氏
- アマデウス アジア太平洋地区オンライン旅行責任者クリス・リー氏
- モデレーター:WIT創始者 Yeoh Siew Hoon氏
アジア市場は巨大、各社の課題は人材確保
登壇したOTA3社は、すでに日本を含むアジア市場でも、存在感は十分にある。しかし各氏とも、アジア市場攻略の進捗状況は、ゴールに対して2割程度の達成度と控えめな認識だ。言い換えれば、「アジア市場の潜在需要は、もっと巨大」(エクスペディア・アジアCEO ジョンティ・ニール氏)と考えている。
アジア市場攻略において、ブッキング・ドットコムのオリバー・フー氏が挙げる課題は2つ。まず投資だ。ブランド認知度の向上、マーケティングやM&A、プラットフォーム拡充のためには欠かせない。そしてもうひとつがローカライゼーション(地域への最適化)だ。同氏は「アムステルダムやシアトルに相談していたら、スピード感でライバルに勝てない。ローカルスタッフ育成が大事」と話す。
同じプライスライン・グループの宿泊比較サイト、アゴダのティモシー・ヒューズ氏も「成功するためには、特に人材の確保と維持の面で、まだやるべきことが山積み」としている。
ブッキング・ドットコムを経て、現在はアマデウスのアジア太平洋地区オンライン旅行事業を率いるアマデウスのクリス・リー氏は、市場のニーズに即したテクノロジーやサービス提供を挙げる。アマデウスでは「アジア太平洋地区だけで2000人規模の技術開発スタッフを抱え、ローカライズされたプロダクト、アジア市場で必要とされているサービス開発にあたっている」(リー氏)。
各社の開発ポイントはモバイル上に、スマート化からメッセージングまで
―当初はアジア市場向けに開発され、その後、世界展開されるようになったテクノロジーなどはあるのか?
アゴダのヒューズ氏は「アジア生まれのテクノロジーという訳ではないが、欧米と比べ、北アジア市場ではモバイルの浸透が非常に速い。そのためモバイル向けのアプリで、よりスマートかつ高性能な新プロダクトの開発は重要。例えばモバイルのスクリーンの動きをよりスピーディにするなどの改良を行っている」。
中国系の大手OTA、シートリップでは、アプリのダウンロード数が8億件に達した。アジア市場に強いアゴダでも、すでに予約の半分はアプリ経由だと推計している。ただし、ダウンロードされたアプリが、その後、使われないというリスクも。「例えば、クリック数を稼ぐにはグーグルは最高だが、アプリのダウンロード数を稼ぐのには不向きなど、それぞれに長所短所がある。複数のチャネルをいかに賢く使い分けるか、が問われている」(ヒューズ氏)。
エクスペディアが注目しているのはメッセージング。ニール氏は「チャット機能の拡充に取り組んでいる。チャットは、利用者のアイデンティティをより高い精度で把握できるのが利点。エクスペディアが蓄積してきた膨大なデータを活用し、次のステップでは、個々人で異なる要望や関心、その時々の状況に応じたマーケティングを実現する」。
―中国市場では、メッセージアプリWeChat経由での旅行予約も拡大している。メッセンジャーを使った営業拡大についてはどうか?
アマデウスのリー氏は「テクノロジー・プロバイダーという立場から、当然、チャットやモバイル経由でのビジネスには非常に関心がある。当社でもモバイル経由での航空券取引は大幅に増加しており、このサービス形態が利用者から支持されていることは明らか」。目下、メッセージングの新機能やモバイル決済システム開発に力を入れている。
ただしアゴダのヒューズ氏は、WeChatでの予約増加を他の市場のメッセンジャー・サービスでも再現できると考えるのは早計と指摘する。「中国は、ネット情報環境が他の国とは違う。WeChatの位置付けは、単なるメッセンジャーというより各種サービスを提供するプラットフォーム。ワッツ・アップやライン、FBメッセンジャーなど、他の機能と同じ土俵で考えるべきではない」との見方だ。
以下、速いテンポで行われた一問一答への各社の見解を紹介する。短い回答のなかに、様々な示唆に富んだ知見と見解が含まれている。
アジア市場の攻略での困難、民泊に関する見解は?
―登壇者は、いずれも世界で成功し、グローバル展開する外資系だが、アジア市場を攻略する際の弱点は何か?
エクスペディアのニール氏は、仕入れの際、ローカルのバイヤーがたくさんいるなかで競争しなければならない状況を挙げる。日本に進出して10年となる現在でも、不利と感じる。アゴダのヒューズ氏は、日本、中国、インドなど、どの国も人口=マーケットが巨大という優位性のおかげで、自国市場に特化したビジネスが成り立つところがうらやましいという。
対抗するグローバルOTAの武器は、やはりスケール。グローバルなサービスを求めるアジアの利用者や、インバウンド旅行者の獲得でも優位だ。経営面では、外資が収益率を重視するのに対し、アジア系は利益まで吐き出して勝負してくることに脅威を感じている。
―世界的な民泊人気のトレンドはアジアでも?
話題は民泊のトレンドに。
ブッキング・ドットコムでは、現在、取り扱う世界130万軒の宿泊施設のうち、64万軒がいわゆる民泊に相当する個人所有の家やアパートで占める。フー氏によると、個人所有物件の登録数は、ホテル物件よりも急速に増えているが、背景には、逼迫する需給関係があるという。
その好例が日本の京都。「例えば中国なら、需要があるとなれば、あらゆる投資がどんどん集まる。ホテルの供給過多になり、とうとう宿泊レートが暴落するまで供給が増え続けるだろう。ところが京都のように、ホテルを建てればもうかると分かっている場所でも、日本ではそうならない」。
アマデウスのリー氏は、アジアにおける民泊の可能性について「ソウル、東京、シンガポールでは、住居タイプで、ハイエンド向けの短期レンタル物件が登場しており、ビジネスチャンスも大きいのではないか」とみる。一方、民泊特化ブランドのホームアウェイも展開するエクスペディアのニール氏は、「民泊にも、ビジネスからレジャーまで、色々な需要があると感じているが、どのように展開していくかは、まだ試行錯誤中」と話す。
アジア地域での脅威、10年後の予測は?
―アジア市場には巨大なオンラインのマーケットプレイスが複数あり、リピーター向けのロイヤルティ・プログラムも充実している。こうした存在を脅威に感じるか?
アゴダのヒューズ氏は、欧米市場でアマゾンやイーベイ(eBay)が過去に複数回、旅行市場への進出を試みながら、成功には至っていないことに言及。「消費者はマーケットプレイスでの買い物と、旅行の買い物を別だと捉えている」との見方だ。
ブッキング・ドットコムのフー氏は、中国や日本には、旅行以外にもあらゆる商品を提供する巨大マーケットプレイスがあるものの、旅行商品仲介ビジネスの利幅は低下しており、果たしてマーケットプレイス側の関心がどこまで高いかと疑問を投げる。また、航空券流通について、アマデウスのリー氏は「カヤックやスカイスキャナーなど、比較検索のメタサーチ会社が、実質的なマーケットプレイスの役割を担いつつある」と分析する。
今、最も脅威に感じる相手を「グーグル、アリババ、シートリップ」の3社の中から選ぶなら?との質問には、エクスペディアのニール氏は「シートリップ」、アゴダのヒューズ氏は「全部だが、圧倒的な強者はグーグル」。ブッキングのフー氏とアマデウスのリー氏は、数年前まで無名だったAirbnb(エアビーアンドビー)などを念頭に、「今はまだ無名のテクノロジー・イノベーション関連のスタートアップこそ、本当の脅威」と話す。
―ユーザーの利用頻度を上げる秘訣は?
エクスペディアのニール氏は、メッセンジャー機能やコミュニケーションツールを活用し、よりパーソナルなやりとりを可能にすることが重要と繰り返す。蓄積した顧客データから、平均値ではなく個人ごとの要望を深く狭く探りだし、本当に必要なものを提供するメッセージ機能の実用化を急ぐという。
アゴダのヒューズ氏も「メッセージングと予約機能を充実させれば、我々ができることはまだまだある」。一方で、ブッキング・ドットコムのフー氏は、売り手側の顧客セグメントには、欲していないサービスや商品を押し付けるリスクもあると慎重な姿勢だ。
最後の話題となったのは、「10年後の話題は何になっているか」という未来予測。
ブッキング・ドットコムのフー氏は、旅行において最終的なゴールは「多言語化」と断言する。「訪日旅行でも、東京や大阪など大都会は別として、地方に行けば行くほど、日本語の理解は不可欠。デジタル翻訳サービスや翻訳アプリなどを実用化できれば、究極の存在となる」。
エクスペディアのニール氏は、「顧客一人一人をよく理解できるようになり、相手が必要とするあらゆる選択肢へのアクセスを提供できるようになること」が、旅行業の理想の将来像だと語った。
取材・記事 谷山明子