2018年1月下旬、アセアン10カ国による「アセアン・ツーリズム・フォーラム2018 (ATF2018)」が開催された。そこではアセアン諸国のセラーと日本を含む海外バイヤーによる商談会や、日本、韓国、中国を含めた観光大臣会合に各国旅行業界のキーマンが集結。各国政府観光局(NTO)によるマーケティング/プロモーション方針も発表された。
タイ北部の古都チェンマイを舞台に、37回目を迎えた今回のATFのテーマは「ASEAN – Sustainable Connectivity, Boundless Prosperity (アセアンの持続的な連帯と無限の繁栄)」。今後アセアンが観光で目指す方向性とは?ホスト国、タイの観光戦略とは?
3日間に渡ったB2Bイベントを取材した。
アセアン10カ国、ガストロノミーや横断的な観光ルート開拓で共同歩調
アセアンの旅行市場の成長は著しい。
2017年のアセアンへの海外旅行者数は1億2500万人に達する見込み。アセアン諸国共通のプロモーションキャンペーン「Visit ASEAN@50」で定めた目標1億2100万人を超え、前年比で8.4%増になると予想されている。
このうち、アセアン域内での海外旅行者数が全体の42%を占める。平均滞在日数も伸びており、2017年は7.98日。観光による経済効果は930億米ドルにのぼると試算されている。
アセアン観光大臣会合では、アセアン観光戦略計画(ATSP)2016-2025を着実に実行し、今後もVisit ASEAN@50キャンペーンのもと、アセアン域内の観光人口の増加、域外からの観光客の誘致に共同で取り組んでいくことを確認した。
共通テーマのひとつとして挙げられたのが、経済効果の大きいクルーズツーリズムの振興。共同宣言には、クルーズに関わる政策や規制を明確することが盛り込まれたほか、受け入れ体制の強化やクルーズビジネスの推進なども採り上げられた。
また、アセアン諸国にまたがる商品の造成を積極的に進めていくことで、アセアン域外からの旅行者の誘致に取り組むとともに、主要都市/地域以外への旅行者の分散化に取り組んでいく。
例えば、ホスト国のタイでは、この方針に従ってタイ国政府観光庁(TAT)が、新たに「Experience Thailand and More」としてタイを含む周辺アセアン諸国を巡る以下の4コースを提案している。
- タイを含むアセアン北部の歴史を巡る『アセアン古代王国』
- アンダマン海沿岸を巡る『アセアン・ピラナカン(民族)と自然トレイル』
- タイ東北部のイサーンとカンボジアを結ぶ『メコン・アクティブ・アドベンチャー・トレイル』
- タイ、マレーシア、シンガポールの世界クラスの食文化を体験する『アセアン・ワールドクラス・カルナリー体験』
さらに、ガストロノミー(地域の食)のテーマにも注力。アセアンの観光競争力を高める素材であるだけでなく、地域の持続可能な生産と消費にもつながることから、アセアン全体で取り組んでいくことも確認された。
プラス3会合に日本も参加、双方向の観光交流、投資の拡大などで協力
日中韓を加えたアセアン・プラス3(APT)には、日本からは国土交通省政務官の簗和生氏が出席。APT観光協力実施計画2018-2020を採択し、引き続きアセアン諸国と日中韓との協力体制が確認された。
具体的には、双方向での送客、質の高い観光の推進、人材育成、情報交換、観光統計の活用、投資機会の拡大、マーケティング/プロモーションなどで協力関係を築いていく。
ATF2018に参加した観光庁審議官の瓦林康人氏は、トラベルボイスのインタビューにこたえ、「訪日市場で、アセアンは東アジア4カ国/地域に次ぐ規模に成長している。一方で、日本からアセアンへのアウトバウンドも増やして、双方向交流を活発にしていく必要がある。相互に協力して拡大均衡を図っていきたい」とコメント。人材育成や投資については、今年9月に開催されるツーリズムEXPOジャパンの機会をとらえて、日本のアセアンセンターなどとも協力しながらセミナーを開催してく計画を明かした。
また、瓦林氏は観光政策においてホスト国であるタイから学ぶことも多いと話す。
たとえば、「チェンマイでもLCCのネットワークが充実している。これは、主要都市以外への旅行者への送客には有効だろう。訪日市場でもゴールデンルート以外への旅行者分散化を進めるうえで参考になる」という。また、タイへの入国カードに年収を申告する欄があることから、「日本でも、こうした取り組みを旅行者のデータ取得の点で考えていくべきではないか」との考えも示した。
現在、ソウルとチェンマイを結ぶ直行便が運航され、チェンマイを訪れる韓国人が増加している。その背景には、チェンマイはカフェ文化を売り出しており、それが韓国人旅行者の動機づけになっていることがあるという。瓦林氏は「現地発の情報の大切さを実感した。日本の地方ももっと現地情報を発信していくべきだろう」と話し、タイの事例を引き合いに出しながら日本の課題を指摘した。
なお、来年のATF2019はベトナムのハロン湾で開催される。
ホスト国タイの観光戦略とは? 地方誘客を目指した新キャンペーンを展開
今回ATF2018のホスト国となったタイは観光先進国。2017年のタイへの海外旅行者数は約3500万人。そのうち、アセアン諸国からは900万人以上が訪れた。
ATF2018のメディアブリーフィングでTATの戦略を説明したマーケティング・コミュニケーション担当副総裁のタネース・ペッスワン氏は、2018年の目標として観光関連収入を前年比8%増の591億7000万米ドル(1兆9000億バーツ)に伸ばすことを掲げた。
その具体的な施策として、これまで20年間にわたって使ってきた「Amazing Thailand」は継続し、新たに「Open to the New Shades」というコミュニケーションキャンペーンを展開する。New Shadesとは「新しい色合い」という意味。これまで以上に「タイらしさ」を世界の旅行者に向けて提案していく方針だ。
ペッスワン氏は「タイは多様性に富んでいる。このキャンペーンで、リピーターだけでなくファーストタイマーもタイに惹きつけたい。また、ウェディングやハネムーン市場なども開拓し、ラグジュアリー・トラベルのデスティネーションとしてのイメージも創り上げていく」と意気込みを示す。
このキャンペーンで焦点を当てるテーマは、ガストロノミー、自然/ビーチ、アート/工芸品、文化、ライフスタイルの5つ。このうち、ガストロノミーは、「タイのユニークな文化やライフスタイルを表すものであり、地域への経済効果も高い」(ペッスワン氏)ことから特に重視。バンコク版ミシュランガイドブックの発売や5月にタイで開催されるガストロノミーツーリズムに関するUNWTOワールドフォーラムの機会を捉えて、訴求を高めていく。
ペッスワン氏は「タイを訪れる旅行者に数多くの『タイらしさ』を発見してもらうためのアイデアを積極的に提供していきたい」と意気込みを示した。
また、TATとしては、このキャンペーンを通じて主要な観光地だけでなく、地方への送客を拡大していきたい考えだ。タイのインバウンド市場は、バンコク、プーケット、チョンブリー、クラビ、スラーターニーの各県に旅行者が偏っているのが現状。この状況を改善するために、タイ政府は2018年、全77県のうち55県(北部16県、北東部18県、中部7県、東部5県、南部9県)で経済活性化策の一貫として減税を行うことを決定した。
TATとしては、「Amazing Thailand Go Local 」を打ち出し、この施策をバックアップ。地方への需要喚起を促進すると同時に地方のサプライヤーの販売力強化に乗り出す。目標は、55県への送客1000万人、観光関連収入3億1142万米ドル(100億バーツ)。具体的にはMICE、イベント、企業のCSR活動などを積極的に誘致していく方針だ。
取材協力:タイ国政府観光庁
取材・記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹