こんにちは。エストニア投資庁など所管するエンタープライズ・エストニア日本支局長の山口です。
第4次産業革命の到来が目前に迫る中、旅行業界がどのように対応しているかを考察してみました。日本のリーディング企業であるトヨタ自動車でさえも、製造業からの変革を模索している中で、旅行業にはどのような変革が必要なのでしょうか?
まずは、デジタル革命とも呼ばれる産業革命がどのような変化をもたらすかについて、旅行業会の様々な方々と意見交換をしてみましたが、方策を見いだせている方が極端に少なかったというのが第一印象でした。これまでの知識、経験の価値が著しく低下し、コンシューマ・ドリブンの市場へと変化していくことは、既存事業を守るという視点では解決できないことは、認識しておかなければならなりません。
押し寄せる海外OTAの力
市場規模で見ると、海外OTAと国内旅行事業者との比較は困難です。
それは、海外OTAが文字通り海外に拠点を置いている事業会社のため、日本国内における取扱高を公式には発表していないからです。独自のインタビューに基づく想定値をベースに比較してみますと、国内・海外旅行の取扱高は海外OTAを合わせても国内シェアベースで第10位内の事業規模でありますが、近年増加する訪日旅行の取扱高を含めると、それは第2位の規模相当に、訪日旅行単体では、国内事業者の取扱高を合算した数倍の規模となっていると考えられます。
この想定値には民泊、フライトの取扱高は含まれていません。海外OTAの取扱高はオンラインへの市場シフトが進む中でも市場成長率より早いスピードで成長し、概ね年間20〜50%の成長を続けているものとみられます。
訪日旅行に限って言えば、その市場はすでに海外プレーヤーに席巻されていると述べることができますが、取扱高を競うことに大きな意味はありません。
一番重要なのは、その売上や利益を何人で生み出しているか、さらにはその利益を何に使っているかという戦略の理解が、旅行業界の将来を左右するという危機意識の問題なのではないでしょうか。海外OTAは、その利益の大半を事業投資に回しており、今後の彼等の攻勢に、日本の旅行業界は耐えられるのだろうかという危惧を感じてしまいます。
法的見解から言うと、海外OTAは何ら違法行為を行なっていないようです。しかしながら、収益に対する税金は彼等の本拠地で納められており、日本では納められていません。このような状況を、公正な競争環境と呼べるでしょうか。
旧態然とした業界に新風が吹くことは変革の契機となりますが、その渦中においては公正な競争環境の整備が必要となります。こうした環境整備は「イコールフィッティング」と呼ばれますが、今の段階でも業界を挙げて望む声が見られないということこそが、一番の問題ではないでしょうか。
旅行業にとって観光地というのはもっとも大切な資源であることは言うまでもありません。先人から数千年間の投資によって作り上げられた資源を、どのように活用させてもらい、発展させていくかという知見を培うことが、旅行業界、延いてはこの国を守り抜くということに繋がるのだと思います。
プラットフォーマーへの変革
デジタル社会に向けた不可逆の流れを迎える中で「製造業からプラットフォーマーへ」の変革は、あらゆる産業において、生命線となると言われています。それでは旅行業には、現時点でどのような方策が残されているのでしょうか。
旅行業においては、異業種との連携を見据えた観光プラットフォームの構築に、大きな可能性があるのではないでしょうか。
現在の国内ネットワークは、大きな資産であり、力であることを考えると、海外OTAには構築が困難なプラットフォームを作り上げることが可能です。消費者、農業、漁業、商店街、地域住民、自治体、その他あらゆるサプライヤーとセンサーを効率的に結ぶことにより、旅行事業者は個々のお客様の属性に合わせたプロダクトの提供を可能にします。
募集型企画旅行をマスプロダクト、手配型旅行をカスタマイズドプロダクトであると捉えるならば、プラットフォームが構築されることにより、その中間となるマスカスタマイゼーションが可能となります。それは、今後のデジタル社会における中心的な商品と位置付けられることとなるでしょう。
自社のノウハウを外部に開放することには、大きな不安が伴うかもしれません。しかしながら、強靭なプラットフォームを構築することができれば、海外OTAもそのプラットフォームのユーザーになることになると思います。理想的には、一社提供ではないオールジャパンによるセキュアなコネクテッド・プラットフォームという形が、業界全体に最大の利益をもたらすことでしょう。
デジタルトランスフォーメーションには情報技術の利活用が必須となりますが、プラットフォームの開発、調達には技術に対する高い理解度が求められるため、外部人材の登用と権限の委譲が企画発注者には必要となることも、付け加えておかなければなりません。
デジタル社会に対応するには、法制面の整備も必要となります。業法の見直しについても必要な時期に差し掛かっているのではないでしょうか。消費者保護の観点から様々な制約が課されている旅行業務ですが、業法が技術の進歩、ビジネスのボーダレス化の速度に対応できているとは言えません。
旅行業者としての国内事業展開をしていないメディア事業者や海外OTAは、ユーザー目線のサイトやアプリケーションを自由に開発することができます。賠償等の問題に関しても、自社の独自基準で運用されており、旅行業法の制約を受けません。
今後の新たな技術に対しても柔軟な対応が可能で、スマートコントラクトやスマート決済の領域でも、旅行業法の制約を受けることなく、迅速な導入が可能となります。数え上げればきりがありませんが、旅行業界として業法自体のあるべき姿を検討し、規制強化、規制緩和の法改正に向けた働きかけを行なっていくことが必要なのだと思います。
今後はどの業界においても、サービスプロバイダーとしての認識を強く持たなければならないことに変わりありません。人と繋がり、地域と繋がり、物と繋がり、情報と繋がる。その繋がりを利活用することによって、新たな体験をお客様に提供し続けることが必要です。