2018年は訪日外国人旅行者数が3000万人の大台を突破し、過去最高を更新し続ける訪日外国人旅行者を地方創生の起爆剤にしようと、官民挙げた様々な取り組みが進められました。
従来から我が国の訪日市場の“上級顧客”である東アジア4カ国・地域(中国、韓国、台湾、香港)に加え、近年では欧米豪市場のプロモーションに積極的に取り組む自治体が増えています。しかし、東アジアと比較して情報量が少ない欧米豪を対象としたプロモーションは、まだまだ苦労する自治体が多いようです。今回のコラムでは、絶好調である訪日オーストラリア人の旅行支出の傾向から市場特性を考察します。(執筆:公益財団法人日本交通公社 観光経済研究部 主任研究員 柿島あかね)
20年間で日本は受け「入れられる」側から受け「入れる」側へ
オーストラリアは1980~90年代にかけて、日本人の海外旅行先や留学先として人気を集めました。当時の日本は、海外旅行市場の拡大期。海外旅行ビギナーが多いなか、英語圏で治安もよく、親日的なオーストラリアは、安心して旅行できる魅力的な観光地でした。
しかし、訪豪日本人旅行者数はおよそ20年の間に大きく減少しています(図1)。日本人旅行者数の減少とともに、日本/オーストラリア間の直行便数も減少の一途をたどる一方、10年程前からニセコや白馬等にスキー目的の訪日オーストラリア人が増加。すると、次々に直行便が就航し、年々過去最高を更新しています。
オーストラリアと日本間の旅行市場は、20年の間にインとアウトが逆転した珍しい例。言い換えれば、20年の間に、日本人は主に受け「入れられる」側から、受け「入れる」側にもなったと言うことができるでしょう。日本交通公社が調査で実施したヒアリングでは、欧米豪を攻略するにあたっては、東アジアの延長線上の思考からの脱却が必要という声を聞きました。まさに、今、日本ではオーストラリア人をどのように受け「入れる」のか試行錯誤している状況です。
1人当たり旅行支出1位の背景には、オーストラリアの物価水準も影響
訪日オーストラリア人を受け入れる際に重要なのは、市場特性を把握し、具体的なアクションにつなげていくことです。では、一体、どのようなオーストラリア人が日本を訪れているのでしょうか? 若年層やファミリー層が多いこと、近年はスキーだけでなく桜や歴史的建造物等への関心も高まっていること、初訪日・観光目的が増加していることなど、いくつかのポイントはありますが、今回は訪日オーストラリア人の旅行支出に注目して考察します。
訪日外国人消費動向調査によると、2018年の訪日オーストラリア人の1人当たり旅行支出は調査対象国・地域中、24万2041円と最も高く第1位でした。13.3泊という平均泊数の長さも要因の一つですが、実際にオーストラリアを訪れてみると、物価水準も影響していると感じました。
オーストラリアには広大な面積に2500万人が居住しているため、輸送コストが高く、希少な労働力ゆえ、人件費も高くなります。しかし、人件費の高さは同時に給与水準の高さでもあり、オーストラリア人の日常生活に大きな問題はなく、物価高状態が続いています。このような環境から日本へ来た彼らからすると、高水準なサービスが割安に提供されていると感じることが多いことも、旅行支出の高さに影響していると思われます。
モノより体験にお金を使いたいオーストラリア人
次に、旅行支出を費目別に見ると、娯楽サービス費が1万6171円と調査対象国・地域中、最も高く(図2)、体験重視型の消費スタイルであることが見てとれます。オーストラリアの訪日旅行商品の中には、日本チームとの野球対戦やプロ野球観戦が組み込まれている野球に特化したツアーや、中高年を中心に高まるウォーキング需要(オーストラリアではbush walkingと呼ばれ、起伏の少ない場所を歩きながらその土地ならではの景色を楽しみます)を受け、日本国内をウォーキングで巡りながらその土地の歴史や文化を楽しむツアー、盆栽やキルトをテーマにしたツアーなどが商品化されています。
これらは顧客からの依頼を受け、旅行会社が必要なサービスを手配する受注型企画旅行。日数は平均2~3週間と長く、7000~1万AUD(日本円で約55~80万円)程度と安くはない料金です。関心のあるテーマがあれば滞在費を惜しまない、という姿勢からも体験重視型の消費スタイルを持つことが伺えます。
一方、買物代は3万円台であまり高くありません(図3)。関係各所へのヒアリング結果からも、お土産を買う習慣がなく、一般的に日本の食品や伝統工芸品に対し関心が低いという声を聞きました。東アジア4ヶ国・地域の場合はリピーターが多く、地方への訪問率も高いため、伝統工芸品が認知され、価値も一定程度理解されています。たとえば、現地の百貨店では、南部鉄器などの伝統工芸品が常時販売され、発地側でも需要喚起できているのに対し、近年、急成長したオーストラリア市場は、伝統工芸品に対する認知も理解もまだ発展途上。東アジアとは状況が異なります。
しかし、オーストラリア市場に適した消費促進の方法がないわけではありません。とあるファムトリップで江戸切子の製作体験を組み込んだところ、参加者の満足度が高く、江戸切子への関心も引き出すことができたそうです。オーストラリア人にとってはまだよく分からない伝統工芸品も、彼らの消費スタイルに寄り添って「体験」を経由して価値を伝えることによって、消費促進に結びつけることができるかもしれません。
おわりに
訪日オーストラリア人の旅行支出の特性は、現地の物価水準や流通状況、消費のスタイルなど様々な要素が影響し合って表出したものと考えられます。今はまだ東アジア4ヶ国地域と比べ欧米豪市場のデータや情報は少ない状況ですが、引き続き欧米豪市場の調査を行い、各市場に適した、「東アジア4ヶ国地域の延長線上ではない」対応策を考えていきたいと思います。
※図1資料
- 訪日オーストラリア人:オーストラリア政府統計局資料 居住地基準・入国者数推計値
- 訪豪日本人:1997年~2003年:観光統計資料(国際観光振興会)2003年~2017年:訪日外客数(JNTO)
※このコラム記事は、公益財団法人日本交通公社に初出掲載されたもので、同公社との提携のもと、トラベルボイス編集部が一部編集をして掲載しています。
オリジナル記事:東アジアの延長線ではうまくいかない!?欧米豪市場 ―例えばオーストラリア― [コラムvol.390]