こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。本場米国での研修や、実際に米国、欧州を現地調査した経験をもとに、日本のDMOを支援しています。2019年上半期、スペインのマドリードにある国連世界観光機関(UNWTO)に派遣され、合計40日間業務を行いました。
UNWTOは観光に関する多くの事業を行っています。昨年5月にも、DMOの組織強化に関する報告書「新しい課題に備える、DMOの組織強化ガイドライン「原題:UNWTO Guidelines for Institutional Strengthening of Destination Management Organizations(DMOs)Preparing DMOs for new challenges」を発表しました。今回のコラムでは、その一部を解説することで、今後のDMOのあり方を読み解いていきます。
観光地を取り巻くパラダイムの変化
多くの方がご存じのとおり、UNWTOは国連の機関のひとつで、観光を専門とする組織です。1975年に発足し、2019年1月現在、加盟国158ヵ国、加盟地域6地域、500以上の賛助会員により活動しています。UNWTOは、観光によるマイナスの影響を最小限に抑えつつ、観光が社会経済に最大限寄与することを目指しています。また、「持続可能な開発目標 (SDGs)」を達成する手段としての観光促進にも取り組んでいます。
今回ご紹介する報告書のタイトルは、「DMOは新しい課題に備える」。この課題とは、観光地域を取り巻くパラダイムの大きな変化への対応が迫られているということに他なりません。今、これまでなかった宿泊、航空券の予約のデジタル化など新しいサービスが登場するようになりました。オーバーツーリズムなどの持続可能な観光が喫緊の問題にもなっています。
こうした外部環境の変化に対応するために、DMOはマーケティングやプロモーションを行うだけではなく、これまで取り組んでこなかった分野においても責任を負い、活動を行う必要があります。DMOには住民を含むステークホルダーの調整も行いながら、観光地域の管理を行う必要性が指摘されています。ふさわしい組織体制構築も必要です。
UNWTOが定義するDMO、観光地域とは?
UNWTOは観光に関わる用語集を整備し、DMOについても定義しています。UNWTOと日本版DMOの定義は実質的に同じ。UNWTOによるDMOの定義をざっくり翻訳すると、以下となります。
- DMOは、関係する行政、ステークホルダー、専門家などを取りまとめ、観光地域を牽引する機関である。関係者が共同で作成する観光地域のビジョンについて、達成を支援する役割を果たす。
- DMOの組織構造は、単一組織から官民パートナーシップなど形式は様々。観光政策の採用、戦略の策定、観光商品開発、マーケティングやプロモーション活動、コンベンションビューローなどの活動を始動し、調整、管理を行う。
- DMOの範囲は、現在あるいは潜在的な観光ニーズ、あるいは行政機構によって国、地域、地区などのレベルは様々である。また、必ずしもすべての観光地域がDMOを持つ必要はない。
このように、日本版DMOがUNWTOの定義と同じである一方で、DMOの“D”である観光地域(tourism destination)のとらえ方はどうでしょうか。実は、「日本版DMO作成の手引き」第3版では「観光地域」が何なのかについて、あまり詳しく記載がありません。
一方、UNWTOは、観光地域について以下のように定義しています。
- 観光地域は旅行者が宿泊できる場所を含む地域。行政区域と同一か否かに関わらず分析などに対応できる一定範囲。
- 観光バリューチェーンに沿った観光商品、サービス、活動、経験が集積、連携し、それらの分析ができること。
- 多様なステークホルダーを包括し、連携することでより大きな観光地域を形成することができる。さらに観光地域の市場優位性に影響を与えるイメージやアイデンティティなど無形資産がある。
いかがでしょう。この定義をみると、日本では観光地域が何であるか、あまり議論されていない印象を受けます。
そして、米国DMO業界団体の研修でも推奨されている「Marketing and Managing Tourism Destinations」(モリソン著、2018)という教科書でも、類似の定義がされています。しかも、観光地域にとって「宿泊施設」は、バリューチェーンに欠かすことができない必要要件。旅行者の消費は、観光施設などの点の集合ではなく、観光地域を面でとらえ、バリューチェーン全体で付加価値を生み出せるように管理することが重要なのです。UNWTO報告書も、観光のバリューチェーンを意識して読めば、より内容がわかりやすくなると思います。
役割が違うDMO、観光地全体の戦略策定
また、本報告書では、戦略策定について、ひとつはDMOの組織で、もうひとつは観光地全体で説明しています。まず、DMOの戦略とは、DMOの組織単体での戦略です。一方、観光地域全体の戦略は、地域の事業者、ステークホルダー、住民など関係する人がみんなで力を合わせて達成するものです。
実は、この2つは混乱しがちな関係。2018年、あるプロジェクトで日本の都道府県の観光推進計画を調べました。この時の調査はDMOの戦略を調べたものではありませんでしたが、なかには都道府県の行政組織として取り組む内容と、地域全体として達成する内容を混在して取り扱っているものがありました。戦略の名前はマスタープラン、基本戦略など、どのようなものでも構いません。つまり、役割が違う2つの戦略があることを知っておく必要があるのです。
DMOのガバナンスの重要性高まる
報告書でもうひとつ着目したいのは、ガバナンスの重要性です。DMOは活動が適切であるか、計画したとおりに実行できているか、あるいは目標の成果が得られているかを内部で統制し、外部から監査されなければなりません。
オーバーツーリズムを例にガバナンスを考えてみましょう。旅行者の増大によって、観光事業者は利益を得ています。しかし、そのツケが地域住民に押し付けられていることが問題です。DMOとしては良かれと思って誘客しても、それで社会や環境に過重に負荷がかかるなら、観光地域にとって健全な成長とは言えません。ガバナンスとは、このような不都合な成長を避けるための仕組み。具体的には、戦略や運営内容を監査する委員会の設定などがあります。
観光を取り巻く環境が変化し、またDMOに期待される役割が広くなっていることから、分野横断的に経済、社会、環境の観点から多様な立場の巻き込みが期待されています。その上で、DMOには、異なった立場の人の意見がうまく噛み合うような調整機能が求められているのです。
報告書の冒頭では、「どんなDMOにも当てはまる万能の教科書はない」と明言しています。観光地域は、保有する観光資源、規模、立地条件などが様々なので類型化は難しい。ただその一方で、観光地域は必ず差別化できる、ということの証とも言えます。世界水準のDMOを目指すために、この報告書から参考にできることは多いのではないでしょうか。