コロナ禍を経て高まる「関係人口」への期待、新しい働き方で生まれる価値、定額制住み放題「ADDress」に会員数が急拡大の背景を聞いた

定額制の全国住み放題サービスを展開するADDress (アドレス)が、コロナ渦でも好調だ。目に見えぬ未知のウイルスが、社会の仕組みを大きく変容させようとしているなか、「新しい生活様式」は、働き方に多様性を求め、働く人の意識も変えつつある。移動や旅行でもパラダイムシフトが起きそうな気配だ。100年1度の危機と言われる時代のなか、ADDressのサービスが求められている背景には何があるのか。ADDressユーザーが求めている価値とは。同社社長の佐別当隆志氏に聞いてみた。

コロナ禍で会員が倍増、新規会員の4割が会社員

3月のADDressの会員数は、1月や2月との比較でいきなり倍増した。メルマガの登録数も月数千人単位で増加。4月も3月ほどではないが増加は続き、39県で緊急事態宣言が解除になった5月中旬からは3月を超える伸びを示したという。その要因について、佐別当氏は「テレワークを進める企業が増えたためだろう」と分析している。

属性を見ると、新規会員のうち実に4割が会社員。これまでは、自営業やフリーランスなど自由な働き方や生活の仕方が可能な職種、あるいは自宅を持ちながらセカンドハウスとしてADDressの物件を活用する富裕層が会員の中心だったが、佐別当氏は「これほど会社員が増えるとは思ってもみなかった」と驚きを隠さない。

コロナ禍中、テレワークあるいはリモートワークという言葉が世の中で飛び交うが、それが単なる希望的観測ではなく、ウィズコロナ時代の潮流になっていることは、ADDressの会員数増加からも読み取れる。

新規会員となる会社員の職種は、比較的テレワークが進んでいるIT系が多い。また、8割が独身。「地方で新しい生活を始めようと思っても、知らない土地でいきなり住宅を買ったり、借りたりするのはハードルが高い。その前に、ADDreesの物件で一定期間暮らしてみたいと思う需要は高い」という。自宅を持たず、自由な暮らし方で多拠点を「ホッピング」する会員は全体の2割ほど。大部分は自宅を持ったうえで、セカンドハウス的にADDressを活用する人たちだという。

テレワーク需要の高まりを受けて、これまで実験的に進めてきた専用個室プランも本格化。基本定額よりも高めの月額6万円からの設定ながら、人気が高まっていることから、佐別当氏は「テレワークにとどまらず、生活のスタイル自体を見直す動きが出ている」と見ている。

取材はリモートで行った移動と接触回避の努力も、会員休止制度も新たに設置

ここで、ADDressのサービスについて説明しておく。全国の遊休住宅資産とユーザーとをマッチングする、いわゆるスペースのシェアリングビジネスだ。現在、全国に自社所有の物件も含め50軒以上の拠点を展開し、会員ユーザーは月額4万円(法人会員は月8万円)の定額制で、その拠点で生活することができる。1個室の連続予約は1週間まで、一度にできる予約の上限は14日間。ゲストハウスなどの固定ベッドだけを借り、その所在地で住民票登録も可能としている。

当面の物件目標数は2020年中に100軒。2030年までには20万軒、会員数100万人を目指している。「引き続き拠点を増やしていくスピードは上げていく」と佐別当氏。見据えるのは、都市部と地域と「人口のシェアリング」。つまり関係人口拡大だ。

コロナ禍で会員数を伸ばす一方、都道府県をまたいだ移動が自粛されていたなか、多拠点移動の生活が影響を受けていたことも確かだ。その対応のためにADDressでは休会制度を新たに設けた。佐別当氏によると、5月下旬の段階で全体の約3分の1がその制度を利用したという。

また、緊急事態宣言の発出中は、接触機会を減らすために予約は1物件につき1室に限定。人口が少ない地域では、他地域からの人の流入に危機感を持っていたことから、予約を中止するなど「頻繁な移動や地元との交流の機会は極力減らした」。ただ、サービスを完全に止めることはしていない。実際のところ、ADDressだけで生活している会員もいるため、サービス休止は彼らの生活自体を奪ってしまうことになるからだ。

高まる関係人口拡大への期待、新しいエコシステムも創出

時節柄、地元との交流は限定的にならざる得ないが、テレワークの浸透は関係人口の拡大にもつながることは間違いない。企業側が多様な働き方を認めてくると、地方は都心の人材を呼び込む機会が増える。佐別当氏は「会社員個人だけではなく、法人を巻き込むチャンス」として、法人会員の増加にも期待をかける。

また、「今後、都市生活から脱却し、地方に移住したいと考える人は増えると思う」と話したうえで、関係人口の増加は、将来の移住・定住にもつながる可能性があるため、地方にとっても大きなテーマになってくると見通す。ウィズコロナの旅行需要は、マイクロツーリズムから県内、域内、全国へと波紋のように広がっていくと予想されているが、そのなかで関係人口への取り組みは持続可能な観光という点でも重要だ。

ADDressが関係人口を創出するハブとなりうるのは、現地の拠点を管理する「家守」の存在が大きい。「場所を借りるだけでなく、家守を通じて地域との人たちと繋がりが持てる。友達もできたり、一緒に仕事をしたり、そして、そこから移住定住につながる可能性もある」。観光以上、移住・定住未満。神奈川県の清川村や鶴巻温泉の拠点では、家守が近くの農地を借りて会員と一緒に農業を始め、その収穫作物を近隣の飲食店に卸しているという。ADDress会員、家守、地域がコミュニティとなった新しいエコシステムがつくられている。

「ADDressの会員にはIT系の若者が多いが、彼らは地域の人と一緒にサービスを作るのを楽しそうにしている。いろいろな生き方や暮らし方をしている人に出会えるのがおもしろいようだ」。ADDressの価値は、自由な暮らし方だけでなく、新しい共同体の創造にもある。

パートナーとの協業でADDress経済圏を構築

ADDressが、ビジネス拡大のカギとしているのが異業種とのパートナーシップだ。物件の開拓、リノベーション、内装品、移動などさまざまな分野で協業を進めることで、「ADDress経済圏」の構築を目指している。

ホテルや旅館など既存の宿泊施設との連携もそのひとつ。ホテルや旅館であれば一室、民泊であれば戸建て一棟を貸し切る。設立当初から着想していたプランだが、今回のコロナ禍によって宿泊施設が軒並み苦境に陥っていることから、その計画を加速させた。すでに「変なホテル東京 赤坂」や小樽市の無人型ホテル「UCHI Living Stay Otaru Suitengu」などでサービスを開始。価格は月額6万円と基本の定額制よりも高いが、ADDressの拠点も利用できることから、「ホテル暮らしというライフスタイルを加えた新しい多拠点生活も可能になる」と期待をかけている。

多拠点生活では移動が課題のひとつだ。そこで、ADDressはANAと協業し、「ANA定額制国内航空券」を始めた。ADDress会員は、3か月契約で月額3万円、2ヶ月契約で 3万5000円、1ヶ月契約で月額4万円で、ANA国内線の指定便を片道月4回分まで利用することが可能。今年1月からの実証実験期間では50人ほどを募集したが、すべて埋まったという。6月からは第3弾の募集も開始した。

また、JR西日本とJR東日本と資本業務提携。それぞれの地域での物件開拓とともに、定額制で新幹線や特急を利用できる実証実験を今夏の開始に向けて準備しているという。

このほか、駅や空港からのラストマイル(2次交通)についても、シェアリングサービスをはじめさまざまな業態とのパートナーシップを模索していると明かす。

さらに、ADDressの物件開拓は空き家問題の解決にもつながることから、地方自治体や商店街などからも注目されている。宮崎県日南市油津の拠点は商店街の元果物屋。オープンに向けては商店街活性化をビジネスとする「油津応援団」が大きな役割を果たした。また、小田原市の拠点は元酒屋。市の「民間まちづくり活動促進事業」として採択され、2020年5月にオープンした。

油津の拠点では1階をコミュニティスペースとして開放している。新しく小田原にオープンした拠点

新しいシェアリングの形、「ポートフォリオ・ワーカー」が出現か

ADDressのビジネスモデルは、シェアリングエコノミーの発展系。シェアリングエコノミー協会の理事も務めている佐別当氏は、今後のシェアリングについてどう考えているのだろうか。世間は、コロナ禍で社会の仕組みが、いとも簡単に崩壊してしまうことを経験した。そのインパクトは大きい。

「大きな意味でシェアは広がる気がする。都市の仕事もするし、地方の仕事もする。会社員としての仕事もするし、フリーランスとしての仕事もする。ひとつに依存するのではなく、複数組み合わせるのことで強くなるのではないか」。

佐別当氏は、それを「ポートフォリオ・ワーカー」と呼び、個人だけでなく、組織でも同じことが言えると続ける。たとえば、宿泊施設では、従来の単発高額商品とADDressが提供する定額商品を組み合わせるポートフォリオを持つことで、危機を乗り切ることができる。将来、新たなウイルスが発生しないという保証はないし、日本では大きな災害がいつ起こってもおかしくない。

また、遊休資産の活用というシェアリングの基本的な概念は、一極集中の解消や地方分散化にもつながる。都市の人を地方に促す機会として、「都心でADDressサービス付きの分譲マンションの販売もできるのではないか」。ウィズコロナ時代での新しい生活様式と、新しい都市と地方との人口シェアリング。社会が変容しているなかで、ADDressが提案する価値が注目されている。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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