コロナ禍で世界の旅行業界が苦境を迎えている。世界大手のオンライン旅行会社エクスペティア・グループも同じだ。国内の移動自粛も緩和され、観光産業には活気が戻りつつあるが、同社の日本事業はコロナ禍をどう過ごしてきたのか?今後の日本市場の動向見通しと新たなパートナー支援の取り組みを、エクスペディアホールディングス代表取締役のマイケル・ダイクス氏に聞いてきた。
同社は、今年初頭、世界をコロナ禍が襲う直前にグローバルで人員整理を含む合理化計画を断行。その後、パンデミックの影響が拡大するなかで、4月には経営陣を刷新、大型の資金調達も果たした。その資金をもとに、同様に苦境に直面する宿泊施設パートナーを支援する取り組みを始めた。
パートナー宿泊施設に総額300億円の資金支援
5月末、エクスペディア・グループは、総額最大2億7500万ドル(約300億円)の旅行業界支援策を発表した。新型コロナウイルス感染拡大によって、甚大な影響を受けている宿泊施設パートナーを支援するもの。その内訳は、マーケティング費用と資金支援に最大2億5000万ドル(約270億円)、地域のリカバリーキャンペーンへの協力として2500万ドル(約30億円)となる。
資金支援では、2019年に各パートナー施設から得た手数料の25%をエクスペディア・グループ内で利用できるマーケティング費用として還元。集客に向けてサイト上での露出強化を支援する。
また、3ヶ月の支援策実施期間の新規予約は、チェックイン日を問わず、通常より手数料を軽減。さらに、Hotel Collect(現地決済)予約の支払い期間を90日に延長する。
ダイクス氏は「この施策によって、パートナーの販管費の削減やキャッシュフローの確保に貢献することができる」と説明。この資金支援は、国ごとに需要回復を見ながら、提供開始時期が判断されるという。
一方、約30億円を投じる地域観光復興への協力では、自治体、DMO(観光地域づくり法人)などによる地域主導の共同オンラインキャンペーンに資金援助をしながら送客を強化していく方針だが、日本での展開は、詳細を現在詰めている。詳細が決まり次第、エクスペディアから参加条件を満たしている団体に声をかけていく計画だ。
需要動向データをパートナーと共有、衛生管理情報も掲載
エクスペディアでは、この支援策をまとめるに当たって、今年4月にパートナー施設を対象に調査を実施した。その結果、マーケティングへの投資・資金援助やエクスペディアサイト内での露出拡大に加えて、需要動向の情報収集で要望が多かったという。
そこで、資金支援に加えて、エクスペディアでは、旅行者の動向が追跡できる新たな分析ツール「マーケット情報分析(Market Insights)」を、パートナー向け管理画面「Partner Central」で無料で利用できるようにした。「グローバルOTAの強みは、その膨大なデータ量。リアルタイムでトレンドを把握できるところにある。その強みをパートナーにも使っていただけるようにした」とダイクス氏。これまで社内マーケターだけが利用できたウェブサイトの訪問者数、滞在期間、旅行者の国ごとの動向などの情報をパートナーも共有できるようにした。
また、同社が5月に実施した調査では、日本人の5人に4人、グローバルでは半数が今後の旅行で重視することに「衛生管理」を挙げたことから、サイト上に宿泊施設が実施している安全衛生対策を掲載できる新機能を追加した。その共通項目には、宿泊客用の手指消毒液の設置、清掃の徹底、ソーシャルディスタンスの確保などが含まれている。
「コロナ以前に一番関心が高かったのは価格だったが、ウィズコロナではその意識は変化している」とダイクス氏。日本人にはそもそも高い衛生意識があり、日本の宿泊施設も従来から徹底した衛生管理を実践していることから、「日本のよさを世界にアピールするいいチャンス」と付け加えた。
このほか、「旅行者のニーズに柔軟に対応することで、安心感を高める」(ダイクス氏)ために、宿泊施設の料金プランの約70%を返金可能な料金プランに設定。エクスペディア・グループのサイトでは「返金可能な運賃」という条件でフライトを絞り込み、 検索できる新機能もリリースした。
日本の魅力は変わらず、コロナ禍でも海外での検索数はトップ
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、グローバルでビジネスを展開するエクスペディア・グループにも大きな影を落としている。2020年第1四半期の新規予約は前年比85%減にまで落ち込んだという。そのような危機的状況のなか、ダイクス氏は今後の旅行市場の回復について、国内の近場から国内全般に広がり、アウトとインはいわゆる「エア・ブリッジ」と呼ばれる特定の国・地域の間での往来から回復すると見ている。「トラベル・バブル」と同様に使われる言葉だ。
エクスペディア・グループの予約サイトでは日本人による国内予約の利用も伸びており、その検索データから日本人旅行者のトレンドが伺い知れるという。たとえば、日本国内での1月~3月のデータでは、石垣島、宮古島、鹿児島など密が避けられそうな旅行先の宿泊施設が検索されていることから、ダイクス氏は「消費者の意識は変わってきている。そのマインドを理解したうえで、自分たちの強みを出していくことが宿泊施設にとって大切になってくるだろう」との私見を示す。
一方、日本のインバウンド市場についても言及。今年4月と5月の訪日外国人数は前年比99.9%減と壊滅的な状況になったものの、エクスペディア・グループは、重要マーケットとしての位置づけは変えていないという。これまで通り、グローバルのリソースを日本市場でスピード感を持って展開していく戦略を進めていく。
「日本の観光デスティネーションとしての魅力は、五輪によって左右されるものではなく、新型コロナによって変わるものでもない」とダイクス氏。今年4月と5月の検索データでは、シンガポールとタイで東京の検索数が一番多かった事例を挙げ、日本の観光力はコロナ禍でも変わっていないと強調した。
新体制のもと、スピード感と実用主義で反転攻勢へ
日本法人のエクスペディア・ホールディングスでは、3月上旬からオフィスをクローズし、テレワークに切り替えた。パートナーとのコミュニケーションもオンラインあるいは電話対応が中心となっているという。しかし、ダイクス氏は「生産性は以前と同じか、あるいは向上しているのではないか」と話す。対面対応ができないなか、コミュニケーション能力を磨けば、提案力も上がると現状を前向きに捉えている。
全社的にも大きな変化があった。エクスペディア・グループは今年4月に、副会長のピーター・カーン氏をグループCEOに任命。CFO(最高財務責任者)も新任し、経営陣が刷新された。ダイクス氏によると、「新体制は、スピード感を持って走りながら考える実用主義」だという。これまでも、オンライン企業としてビジネス展開のスピードは早かったが、それがさらに早まっている。
たとえば、新型コロナの影響で2月や3月はキャンセルが殺到したが、その対応として人海戦術ではなく、施設側でキャンセルを可能とする仕組みを構築した。それも構想から世界展開までにかかった期間はわずか2週間という速さだ。エクスペディアは今や旅行総合OTAとして世界的大企業だが、ダイクス氏は「日本でも大企業なりのスピード感と実用主義でビジネスを拡大さていきたい」と話し、ウィズコロナあるいはアフターコロナでの反転攻勢に自信を示した。
聞き手: トラベルボイス編集長 山岡薫
記事: トラベルジャーナリスト 山田友樹