コロナ禍の各種市場調査では、withコロナ時代の「新しい旅行様式」トレンドとして、マイクロツーリズム、アウトドア、温泉、テレワーク、ワーケーション、ドライブなどのキーワードが並ぶ。いずれもコロナ禍で生まれたものではなく、従来から存在したものだ。このトレンドは「変化」しているのではなく、「加速」していると表現したほうが適切なのだろう。その加速する需要を取り込もうと国内各地で模索が続いている。
スキーのメッカとしてブランド力が高い長野県白馬村でも、コロナ禍のトレンドをチャンスとして、これまで進めてきたグリーンシーズンの需要喚起を加速させている。現状はどうなのか。
白馬観光開発社長の和田寛氏に聞いてみた。
少雪とコロナで入り込み数は激減
白馬観光開発は、白馬八方尾根スキー場、白馬岩岳スノーフィールド、栂池高原スキー場の索道事業者。リフトやゴンドラを運営するともに、地域の観光開発に積極的に取り組んでいる。
和田氏は「昨年12月から少雪が続き、厳しい状況だった」と冬季シーズンを振り返る。来場者は岩岳で前年の半分以下、八方尾根も75%ほどにとどまったという。そこへ、新型コロナウイルスが追い打ちをかけた。「2月下旬から3月にかけて予定されていた岩岳学生大会がキャンセルされるなど、国内の団体需要も消えた」と明かす。
白馬村の統計によると、緊急事態宣言が全国に拡大した4月の観光客入り込み数は、前年比80.3%減の1万7100人。期間が延長された5月は同94.3%減の6700人まで落ち込んだ。
一方、ここ数年、右肩上がりに成長していたインバウンド市場については、「今冬が苦しくなるだろう」と予測する。インバウンド需要のピークは例年1月〜2月。2019年の述べ宿泊者数は1月が11万6000人、2月が9万6000人で、2ヶ月だけで通年の約76%を占めている。今年の1月、2月はかろうじてコロナ禍に巻き込まれる前だったが、来年に向けて状況が好転する兆しが今のところ見えないため、「ゼロになる可能性もあり、それに耐えられる経営を考えていかないといけない」と現実的だ。
コロナ禍で強み、白馬のグリーンシーズン
ここ数年少雪が続き、日本のスキー人口も減少傾向にあることから、白馬観光開発では白馬村とともに、夏のグリーンシーズンの市場開拓に注力し、需要のオールシーズン化を目指している。今年もゴールデンウィークから入り込み数の増加を期待していたが、その見込みは外れた。今年のグリーンシーズンの目玉として位置づけていた体験型複合施設「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」のグランドオープンも当初の4月から7月23日に延期された。この新施設には、白馬観光開発もSnow Peakとの合弁会社「スノーピーク白馬」としてかかわっている。
それでも、白馬村全体で、緊急事態宣言や県をまたぐ移動自粛の解除に合わせて、受け入れ地域を徐々に拡大させていった。6月は長野県内を中心に近隣県からの需要を受け入れ、白馬村への入り込み数も前年比40%減にまで回復した。和田氏は「三密を避けられるアウトドアが中心のため、来村の心理的ハードルは低いのでは」と、コロナ禍での白馬のメリットを挙げる。
山はそもそも感染リスクが低いが、白馬観光開発がグリーンシーズンの集客を目的に開発した八方尾根の「白馬マウンテンビーチ」や岩岳の「白馬マウンテンハーバー」などの観光施設内での感染防止策は徹底して行っているという。また、両施設とも屋外に休憩スペースが多いため、室内のキャパシティ制限にも対応できるところも強みとする。
「ポイントは宿泊だろう」と和田氏。白馬観光開発でも、岩岳エリアで古民家をリノベーションした宿泊施設の展開に関与しているが、チェックイン時のソーシャルディスタンスの確保、カギの受け渡しなどでさまざまな工夫をすることで、安心安全な宿泊環境を提供しているという。「宿泊面での心配がなくなれば、自然体験が中心の白馬は旅行者に受け入れられやすい場所だろう」と自信を示す。
一方、旅行者側に過剰反応があるのも確かだ。特に感染者が増える東京。「東京からの旅行者は歓迎されていないのではないか」「東京から行くと迷惑がかかるのではないか」という自虐的な心理が、県をまたぐ移動を萎縮させている傾向がある。
「受け入れ側としては来ないでくれと言うのではなく、旅行者側も受け入れ側も安心できる環境を作ることが大事」と和田氏。白馬村の空気感についても、観光が基幹産業のひとつになっているだけに、観光による経済効果への理解はあるという。ただ、受け入れ側でも万全の準備は整えるが、「体調が悪ければ、旅行を控えるなど、旅行者側の配慮と理解も必要だろう」と付け加える。また、万が一の場合のために、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」のダウンロードを呼びかける。COCOAを事前にインストールし、Bluetoothをオンにしていれば、各施設の入場での同意書記入を不要とした。
「リゾートテレワーク」で滞在期間の延長を狙う
白馬観光開発が目指しているのは、世界の10本の指に入るオールシーズンのマウンテンリゾートだ。そのなかで、通常の国内旅行よりも長い滞在の観光を訴求し、それに合わせたインフラの整備も進めている。コロナ禍での滞在型観光として注目しているのがワーケーション。「都会でしかできないことは少なくなっている。自然の中で働きたいという需要はあるだろう」。
白馬観光開発では、そうした需要を「リゾートテレワーク」と定義。「白馬岩岳マウンテンリゾート」では、白馬マウンテンハーバーをコワーキングスペースとして用意するほか、その周辺に広がる森林の中に「森のオフィス」を作り、自然の中で仕事ができる環境を整えた。また、岩岳の麓では、「旅籠丸八」や「haluta hakuba」などの宿泊施設をテレワークの場所として提案する。
合わせて、近隣の宿泊施設とゴンドラリフト乗車券がセットになった「白馬リゾートテレワーク宿泊パッケージプラン」、レンタカーと宿泊施設、ゴンドラリフト乗車券がセットになった「白馬リゾートテレワークレンタカープラン」なども商品化し、新たな需要の取り込みに力を入れている。
本格的な取り組みを始めて間もないが、和田氏は「関西圏などから個人の利用者が徐々に増え始めた」と手応えを示す。今後の課題は法人需要の開拓。「企業が抱える社員の通勤コストやオフィス家賃の削減につなげられ、かつ生産性の向上に貢献していきたい」と話す。また、自宅でのテレワークと違う環境を変えることでリフレッシュにつながる福利厚生的な需要もあると考えられる。同社では、今年中に数社との契約を目指しているところだ。
リゾートテレワークは、旅行者の滞在期間を伸ばすことにもつながる。「これからは点ではなく面としてお金を落としてもらう流れができるのではないか」と和田氏。テレワーク環境を提供する宿泊施設にとっては、平日の稼働率が上がり、平日に旅行者が滞在することで、村にはこれまでとは異なる収入源が生まれることになる。
「数ばかりを追っていても観光地は厳しい。滞在期間を伸ばし、旅行者の質を上げることで、単価を上げていくことを考えざるを得ない」。インバウンドの回復には時間がかかると予想されているなか、テレワークを含めて国内旅行で時間的にも経済的にも余裕のある層をターゲットにしていく考えを示す。
新しいリゾートの価値観の創出を
このほか、時代の要請として、また自然を商品化している責任として、「持続可能な開発目標(SDGs)」の取り組みにも本腰を入れ始めた。
「白馬岩岳マウンテンリゾート」では、サステナブルリゾートを目指し、徹底した地産地消を進めるレストラン「Hakuba Deli」を新たにオープン。場内照明のLED化、環境負荷の大きい食器や包材の廃止を進めていくほか、今年8月からは同リゾートで利用する全低圧施設について、「自然電力」が提供するCO2フリーの電力プランに切り替える。これにより、全電力の約10%が自然エネルギー由来の電力になるという。今後も各施設でエネルギーの省力化を進めていく計画だ。
「大量消費型の観光は今後、加速度的に廃れていくのではないか。新しいリゾートの価値観を創り上げていく必要がある」。
テレワーク、サステナブル、滞在型など、従来から潜在的に存在していた旅行スタイルは、コロナ禍を機に顕在化し、供給サイドも表面化してきた需要への対応を加速させている。
「これまでは、旅行者が来るのを待っていた。これからは、自分たちのアセットを考え直して、攻めて行ける道具を持ち直さなければいけない」。白馬観光開発では、その道具のひとつとして、信州高原野菜を活用した6次産業化の取り組みも加速させていく考えだという。それは、旅行者との接点を作るためだけでなく、民間企業として成長していくための道具でもある。
「我々が恵まれているのは、白馬というブランドがあり、地元とのネットワークがあるところ」。
白馬三山を抱く自然、地元食材、自然回帰の観光、新しいリゾートの価値観・・・、白馬をストーリー化する白馬観光開発の試みは続く。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事: トラベルジャーナリスト 山田友樹