日本のスキー場は世界と戦えるのか? 長野県・白馬の”リゾート化”戦略とインバウンド施策を聞いてきた

日本有数のスキー場を抱える長野県の白馬。「スキー場の格からすると白馬はワンランク上。山の大きさ、自然の美しさは圧倒的」――。そう話すのは、白馬の3ヶ所のスキー場で索道事業を手がける白馬観光開発の和田寛社長だ。和田氏は、元農林水産省官僚という異色の経歴を持つ。

白馬には、近年、パウダースノーを求めて多くの外国人スキーヤーも訪れている。一方で、レジャーの多様化によって国内のスキー人口減少による影響も大きい。そんな中、スキー場の「リゾート化」を目指す和田氏に、白馬地域の挑戦を聞いてきた。

白馬観光開発への転職理由は「山が好き」だから

白馬観光開発の和田寛社長

白馬観光開発は、白馬八方尾根スキー場、白馬岩岳スノーフィールド、栂池高原スキー場で リフトやゴンドラを運営する索道事業者。白馬地域には10ヶ所のスキー場に14の索道事業者が存在するが、そのなかでも白馬観光開発は最も大きく、八方尾根の約35%、白馬岩岳の100%、栂池高原の約60%の索道を運営している。

和田氏は2000年に、「山や自然が好きで、素敵な日本の田園風景を後世に残したい」という理由から農水省に入省。アメリカの大学でMBAを取得した後、「もっとビジネスに近いところで仕事がしたい」と世界的なコンサルティングファームであるベイン・アンド・カンパニーに転職した。

毎冬スキーを楽しんでいた和田氏は、白馬の他の日本のスキー場にはない圧倒的な山の大きさと山岳景観に惹かれ、2014年11月に白馬観光開発の親会社である日本スキー場開発に入社。その日のうちに、経営企画室長として白馬観光開発に出向した。社長に就任したのは2017年10月のことだ。

「ユーザーとしてスキー場に行くと、いろいろと不満があった」という和田氏が、観光ビジネスに携わるのは初めてのこと。「外から見て、もっと規模の経済や通常のマーケティング手法を活かせないものかと思っていた。しかし、実際に現場に入ると、観光ビジネスが地元の人たちにすごく密着していると実感した。民宿など家業がそのまま観光ビジネスになっている。コンサル会社で携わっていたビジネスとはモノの動かし方が全く違った」と入社当時を振り返る。

「このままでは、山全体が死んでしまう」、地元で共有された危機感

日本のスキー・スノーボード人口は、映画『私をスキーに連れてって』が公開された1987年ごろから増加を続け、1998年には推計1800万人にまで達した。しかし、その後は斜陽の一途。2017年度のレジャー白書によると、2016年の国内の参加人口は実に530万人にまで落ち込んだ。

日本のスキー場は概して「山のサイズは変わらないのに、来場者が減り、あわせて宿の宿泊も減り、その結果スキー場や宿のリニューアルが進まず、さらに顧客が離れていく」(和田氏)という悪循環に苦しんでいる。

「バブルの頃は、スキーヤーは勝手に来て、市場は自然に拡大した。白馬のなかでも、リフトによって事業者が違うので、それぞれいかにして自分のリフトに乗ってもらうかが大事だった。スキー場が違えばリフト券などの仕組みもバラバラ。それのほうが都合は良かった。同じであれば、客を奪われかねない」。そこにカスタマーの視点はなく、サプライヤー中心の考え方が優先されていたと和田氏は言う。

しかし、急速にスキー人気が落ちていくなか、「このままでは、山全体が死んでしまう」と地元の意識も次第に変化。白馬の索道事業者も共同して「縮小するパイを奪い合うのではなく、まずは白馬全体のパイを広げていくことに資金を投入すべき」というスタンスで再生に取り組み始めた。

意識変化のきっかけはインバウンド

地元の意識が変化するきっかけになったのは、10年ほど前から増え始めたインバウンド客だという。

客層もニーズも変わってきた。外国人にとって、索道事業者の都合によるスキー場の違いは関係ない。外国人は滞在時間が長く、複数のスキー場でスキーを楽しむ傾向がある。必然的に、これまで当たり前だと考えられていたバラバラのリフト券やゲートでの長い列などで不満が噴出してきた。

そのような環境の変化のなかで、地元では「ひとつのスキー場としてHAKUBAを売り出す必要がある」との意識が広がっていったという。

「HAKUBA VALLEY」をひとつのブランドとして訴求

その具現化した取り組みのひとつが、「HAKUBA VALLEY」という共通ロゴ。5年ほど前に10ヶ所のスキー場をひとつのブランドとして訴求していくために作成した。このブランディングによって、「白馬を日本最大のスキー場と謳えるようになった」。

また、2016/17シーズンに初めて7ヶ所のスキー場でリフトの共通自動改札システムを導入した。これによって、ユーザーの利便性が向上したことはもちろんのこと、共同で導入したことで調達コストが安く抑えられたことから、地元パートナーシップの実利的なメリットも再確認できたという。

白馬村の観光統計によると、2016年の白馬村への観光客入り込み数は年間205万人。Hakuba Valley Promotion Boardによると、外国人のスキー場訪問数は2009-10年シーズンには8万7000人から2016-17年シーズンには22万8000人まで増加した。最大のマーケットはオーストラリアで全外国人訪問者数の約55%となっている。

伸び率では中国が高く、過去4年間で倍々ゲームを続け、2016-17年シーズンには3000人強が訪れた。この数字はもちろん、冬のスキー/スノーボード目的だけではないが、和田氏は、「2022年に冬季北京五輪を控える中国は、これからスキー人口が劇的に増える」と見込み、潜在性の高いマーケットとして、マーケティングやプロモーションを強化していく計画を明かす。

一方で、オーストラリア市場では人数の大幅な伸びは期待できないものの、滞在日数7日〜14日が大部分。4〜6日のアジアと比べるとかなり長く、一人当たりの単価も高いため、現地消費額の点で重要という認識は変わらない。

最大の課題は宿泊施設の充実、客を呼ぶ仕掛けも積極的に

インバウンドを含めたマーケット拡大には、まだまだ課題は多い。その解決に向けて、例えば白馬岩岳地区では地元観光協会、行政区と白馬観光開発がタッグを組んでエリアの将来のあるべき姿とそこへのロードマップを示すマスタープランを昨年夏に策定した。そこには、スキー場や宿のリニューアル、イベント開発、インバウンド受け入れ態勢の強化などの施策が盛り込まれており、そのプランの策定には、和田氏の官僚・コンサル時代の経験が生かされているという。

白馬の大きな課題が宿泊施設の充実だ。

白馬の場合、地理的・交通的な特徴から約80%が宿泊客。そのため、ベッド数=スキー場の入り込みになる。和田氏は「現在の問題は、施設の老朽化や後継者不足が起因して宿泊施設が減少してきている中、長期滞在ニーズに応えやすい宿泊施設へのリニューアルも十分には進んでおらず、特にピーク時には宿が取りにくくなっていること。宿が取れなければ他のエリアに流れてしまう」と危機感を表す。

ハイエンド客をターゲットにした大型リゾートホテルの誘致も必要なピースとなる可能性は高いが、民宿など既存の宿泊施設の再生を進めることが最優先だ。

白馬岩岳のマスタープランでは、「日本の民宿のよさは間違いなくある。価格帯、体験、客層からリゾートホテルと民宿との住み分けは可能」という認識から、民宿のリニューアルを地域全体の仕組みとして進めていくこととしている。民宿オーナーの高齢化が進むなか、共同で民宿を運営する組織の可能性も議論しているところだという。

また、客を呼べる魅力的な山にするために、異業種とのコラボーションも積極的に進めている。

例えば、コロナビールとタイアップし、ビアテラスをオープン。外国人や若者から高い評価を受けた。夏季シーズンの観光客誘致を狙い、2015年にはMTBパークを再整備し、ファミリーや初心者でもマウンテンバイクを楽しめるコースにリニューアルしたところ、オープン当初は550人だった来場者が2017年には6000人を超えた。

イベントでは、今年1月下旬に岩岳の麓の切久保・新田集落で、外国人観光客向けに「Old Town Cultural Festival」も実施。街歩きだけでなく、古き良き民宿で一杯飲める仕掛をつくった。そこには、「民宿のよさを知ってもらい、民宿に泊まる外国人を増やしていきたい」(和田氏)という期待がある。

スキーをしない旅行者が楽しめるマウンテンリゾートへ

「個人的なゴールは地元の人たちがハッピーになること」と和田氏。白馬観光開発としての目標は、「世界で10の指に入る世界に冠たるマウンテンリゾートになること」だ。

キーワードは「リゾート」。海水浴場とビーチリゾートが異なるように、スキー場とマウンテンリゾートも違う。

「まだ、白馬は本来持っているはずのリゾートとしての潜在力を発揮しきれていない」と和田氏。リゾートであるならば、スキーをしない旅行者でも楽しめるように、宿に加えて山麓の街の機能を強化しいくことも重要と考えている。

ビーチリゾートでも、海水浴やマリンスポーツだけが楽しみではない。和田氏は「アウトドアアクティビティ以外の時間の使い方を提案し、白馬全体で非日常を楽しめるリゾートにしてきたい。ライバルはディズニーランド」と意気込む。

カナダのウィスラー、スイスのシャモニー、アメリカのヴェイルなどと並ぶ世界的なマウンテンリゾートへ。そして、ディズニーランドのように人々の心をつかむ変貌を遂げるのか? 今後の取り組みに注目だ。

白馬は、山の大きさと自然の美しさで圧倒的な魅力がある

聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫

記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

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