政府は、インバウンド市場において2030年の訪日客6000万人、消費額15兆円の目標を変えていない。アフターコロナで、市場が順調に回復するとして、この目標の達成は可能だろうか。消費額に関しては、富裕層の誘致がカギになると言われており、日本政府観光局(JNTO)もコロナ前から欧米豪に焦点を当てて、プロモーションを進めてきた。この戦略は正しいのだろうか。
先ごろ実施したトラベルボイスLIVEでは「間違いだらけの富裕層戦略」をテーマに、元JTB取締役訪日インバウンド推進部長で、現在はさまざまな企業でインバウンド戦略のアドバイザーを務めるインバウンドコンサルタントの坪井泰博氏が、インバウンド市場再開を見据えて、富裕層市場の取り組みを考察した。
「消費額15兆円の呪縛」から解放を
坪井氏は、2030年の訪日消費額の見通しについて、欧米豪の訪日数を800万人と仮定し、その平均消費額を一人40万円とすると、その消費額は3兆2000億円。アジアからは5170万人、平均消費額一人16万円とすると、消費額8兆2700億円としたうえで、単純に合算しても、為替が大きく円安に振れない限り、「消費額15兆円へは絶対に達しない」との見解を示す。
そのうえで、JNTOなどは、「15兆円の呪縛にとらわれている」と話し、この目標にこだわると、富裕層市場で見当違いの施策が行われてしまうと指摘した。一方、人数の目標である6000万人は可能と予測。受け手としては、消費額を伸ばすには「量から質の転換ではなく、量と質双方の対応が必要になる」と主張した。
坪井氏は、着地消費額100万円とする富裕層の定義についても疑問を呈し、「富裕層にもランクがある」としたうえで、中国を例に「超富裕層」「富裕層」「プチ富裕層」に分けた。
「超富裕層」は、チャーター機で移動し、1泊十万円以上のホテルに宿泊する層とし、「この層はすでに独自の購買ルートを持っているため、受け手によるプロモーションに効果はない」とした。「富裕層」は、JNTOなどが定義する1回の旅行で100万円以上を消費する旅行者。「しかし、この層は十人十色で、それぞれオリジナルの提案が必要になってくる」と指摘した。
そのうえで、「狙うべきターゲットは、消費額25万円程度のプチ富裕層」と強調。中国では、この層が約1億人いると推計されていることから、量と質の双方へのアプローチが求められるとした。
中国のプチ富裕層、ウインタースポーツに注目
坪井氏は、中国プチ富裕層の取り込みについて、今後注目すべきマーケットとしてウインタースポーツを挙げた。2022年冬季オリンピックを控える中国では、2025年までにウインタースポーツ人口を3億人にする計画を進めている。実際、中国のスキー・スノボー人口は年々増加しており、2019年には2000万人を超えた。
中国のスキー場は大都市から遠く、本格的なスキーヤーを満足させるゲレンデや設備などの点で日本には及ばない。また、日本ではスキーに加えて温泉など観光と組み合わせることが可能なことから、「日本のウインタースポーツの訴求力は高い」とした。
さらに、ウインタースポーツのプラス効果として、越境ECによるスキーギアの購入なども挙げ、「たとえば、それを宿泊施設で預かるサービスを提供すれば、来季へのリピーターにもつながる」とのアイデアを提案した。
また、坪井氏は、現地消費額を伸ばすマーケットとして出張に休暇を組み合わせる「ブレジャーも富裕層」と位置づける。欧米豪を中心に日本に10回以上訪れているビジネストラベラーは多く、「地域にとっては、いい市場になる」と指摘した。
このほか、教育旅行にも言及。教育旅行自体では消費額は期待できないものの、対象国で富裕層が通う学校の日本への誘致を進めれば、「子どもたちは将来、日本を再訪し、富裕層マーケットになりうる。また、子どもたちから、その親に日本のよさが伝われば、新たに富裕層獲得にもつながる」と相乗効果に期待感を表した。
富裕層向けには金額ではなく「プライスレスな体験」を
坪井氏は、改めて富裕層について、「金額ではなく、自分のやりたいコト、欲しいモノに金額をいとわない人」と定義。「日本でしかできない体験、日本でしか手に入らないもの、『プライスレスな体験』を地域を作っていくべき」と強調。そのためには、地元ではなかなか気づかない素材を外の視点で発掘する必要性を訴えた。
また、特に欧米豪ではSDGsへの意識が強まっていることから、「サステナブルな商品の造成も富裕層を呼び込む条件になりうる」と指摘。トラベルボイスの鶴本代表も「欧米ではSDGsがホテルのランク付けの基準になっていることろもある。日本の宿泊施設もそうした対応が必要ではないか」と続けた。
さらに、SDGsについては、消費額の増加が期待できるMICEを誘致するうえでも重要なテーマになるという意見で一致した。
富裕層市場へのアクセスについて、坪井氏は「まず、どこをターゲットにするかを決めることが先決。そのうえで、そのマーケットに影響力のあるSNSを利用するほか、現地の旅行会社を頼りにすることもあるだろう」としたうえで、「富裕層旅行会社と繋がる前に、お金を使ってもらえるコンテンツを発見、開拓していくことが大事」と話した。
鶴本代表は「地域にコンテンツがないのではなく、組み合わせることで富裕層向けの商品はできるのでは」と提言。また、マーケットへのアクセスについては、富裕層向けの旅行商談会ILTMへの出展や世界的旅行誌「トラベル&レジャー」での露出を勧めたほか、世界的ラグジュアリー・トラベル・ネットワーク「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」の取り組みを紹介した。
最後に坪井氏は、富裕層市場でも、日本のキャッチフレーズとして「OMOTENASHI」を打ち出し、世界共通語にするべきと主張。台湾に進出した「加賀屋」の日本的「おもてなし」が高い評価を受けていることを例に、「おもてなしはリピーター化の切り札になる」との考えを示した。