パンデミック以前の、あのなつかしい日々が戻ってくることは、特にグローバル・ツーリズムにおいてはあり得ない。2020年代のツーリズムの行方を決めるのは、全てのステークホルダーへの恩恵とクオリティ、そして満足があるかどうかだ。
過去30年ほど、世界経済は過去にないペースで急速に発展したが、グローバル化に即した政治的な仕組みは構築されないまま。その結果、気候変動による大惨事や専制政治の台頭、富がますます一部の人だけに偏る状況になっている。
同様にツーリズム産業においては、世界の観光消費額がグローバルGDPを上回る勢いで推移。その一方で、ビーチや都市中心部など、公共のものであるべき資産の買収を制限したり、自然環境や地域社会の受け入れ限度に対応したり、観光業界がずっと議論を避けてきた2つの大問題、シーズナリティと標準以下の労働環境に取り組もうという政府当局の動きはなかった。
2018~2019年には、「オーバーツーリズム」についての議論が、観光客を受け入れてきた地域側から巻き起こった。パンデミック下では、SDGsやサステナブルかつ責任ある観光にようやく目を向け始めた観光客のために「新しい」ツーリズムを、との議論があちこちで盛んになった。
だが、国境を越えた旅行がようやく動き始めるなかで、こうした議論の成果はあまり感じられない。ハンブルグからパルマ・デ・マヨルカの往復航空券は50ユーロ以下だし、バルセロナ市民からは、ランブラス大通りが観光客で以前にも増して混雑しているとの苦情が出ている。運航を再開したクルーズ船に乗り、一度に5000人もの人々が島や町に押し寄せて短い時間を過ごしている。
学校の先生のように観光客を指導し、自分のことだけでなく、訪問先の地域社会や環境のことも考えましょうと説いても効果は薄い。「よりグリーンな」旅行商品だったら、顧客はあと何パーセント多く払ってくれるだろうかと頭を悩ませても、実際に提供するのが「意識が高い」程度の内容であれば役に立たない。
昨今、ポストパンデミック期の観光開発に向けた戦略方針や調査の発表が続いているが、旅行産業がずっと抱えてきた問題については、相変わらず見えないふりをしている。多くのデスティネーションが万人受けを狙ったアプローチを続けた結果、シーズナリティ(需要が季節ごとに偏る)と従業員不足が深刻になっている。
セグメンテーション
送客マーケット、さらにマーケット・セグメント別に異なる需要や関心は、かつてないほど細分化が進んでおり、旅行者は何かを体験したり、夢中になれることを探している。
レジャー旅行であっても、リラックスすることが最大の目的ではなくなった。50歳以上の旅行者や、西欧とは異なる文化的背景を持つ旅行者も増えている。
車の製造工場では、AIやロボットを使い、顧客の注文ごとに異なる仕様の車両を組み立てている。DELLでは、すでに10年前からビスポークのパソコンを提供している。観光分野では、バンクーバー・アイランド観光局が「旅の力で、世界をより良くするソーシャルな組織」、通称「4VI」へ脱皮する計画を打ち出したが、アバンギャルドだと見なされることも。ギリシャ観光連盟(SETE)会長は「住民が幸せなら、旅行者も幸せ」という将来像を示したが、これとは正反対のデスティネーションは世界中にあり、例えばオールインクルーシブのビーチリゾートでは、宿泊客と地域が関わることはない。また4VIやSETEを率いるリーダーでさえ、ゲストとホスト、双方の関心事の「バランスをとる必要がある」など、両者がまるで敵対しているような発言があった。両者はもちろん、全てのステークホルダーに恩恵がある形になるようサポートするべきだ。
大勢の消費者が、ほぼ同じような商品を購入する状況は、ツアーを催行する旅行会社側の都合を主に優先した結果だ。航空会社、ホテル、レストランにとって、旅行者がそのデスティネーションを選んだ理由は、それほど重要な問題ではない。観光施設、交通サービス、小売業にとっては、様々なタイプの客層が来てくれるほうがむしろありがたい。
多くの旅行会社にとって、「ニッチ」は歓迎されざる言葉だが、それ以外の業種にとっては、むしろシーズナリティという長年の課題への解であり、「スペシャルイントレスト(SI)」「海外の送客マーケット」などと呼ばれることもある。地域のあらゆるエリア、年間すべての季節が観光素材として成立するようになれば、いつでも、どこでも旅行商品として提供できる。そのためには、グローバル・マーケット・セグメントを的確に特定し、相手にアピールする商品を選ぶことが必要で、多くの場合、地元の人々の参画が実現には欠かせない。
中国においても、インターネットを使う人が増えたことや人々の経験値が増えていることで、旅行会社の存在価値は相対的に下がっている。最近の調査では、団体パッケージツアーがより好ましいと答えた人は、中国人旅行者のわずか7%だった。
観光産業も、他の業種のように(20年前から提唱されている)「エクスペリエンス・エコノミー」への脱却を急がなければならない。サステナブル・ツーリズムやレスポンシブル・ツーリズムはいずれも2020年代における成功に不可欠な要素だが、これだけでは足りない。
「ミーニングフル・ツーリズム」
ようこそ「意義のあるツーリズム(meaningful tourism)」の時代へ。
この新しいパラダイムでは、クオリティへの回帰、さらに全てのステークホルダーに恩恵があり、皆が満足できることが基本になる。具体的には、旅行者に加えて、受け入れ地域社会の人々、サービスを提供する働き手、企業、政府、自然環境など。旅行者から見たクオリティや満足度だけでなく、他のステークホルダーから見てどうなのかが問われている。
旅行者の要求通りのものが提供され、さらに本人も無意識だった願望まで少し満たしてくれるような体験をすると、ゲストから商品のアンバサダーに変身し、無料で宣伝マーケティングしてくれる存在になる。コストは高く、効率性は低くなっているソーシャルメディア・マーケティングよりずっとありがたい。
受け入れ側コミュニティにとって、地域に興味を持ってくれる旅行者との交流はメリットがある。働き手には、給料アップや年間を通じて就業できる仕事は重要だ。自分は客人をもてなすホストであり、使われているだけの人ではないと感じられる仕事になれば、さらによい。他よりクオリティが高いと評価されれば、企業は値上げもできるし、一年中、需要があるなら従業員の雇用を継続し、トレーニングもできる。政府にとっては税収アップにつながり、観光による地域創生の可能性がひろがる。
旅行者と受け入れる側の間に「キンシップ・エコノミー(kinship economy:ながり経済)のような連帯感が生まれることで、ゲストもホストも、自然環境にもっと注意深く接するようになるのではないか。
「禁止!」と書いた標識を立てたり、「flygskam(飛び恥)」キャンペーンを展開しても、多くの観光客は自分たちの行動を変えようとはしない。環境に良いことをするといっても、サービス自体が同じであれば、より高い金額を負担することに、利用客は納得しないだろう。旅行する権利は、すべての人にあり、一部の特権階級だけのものではない。マーケットの半分の人にとって手が届かないような価格や高い税金を課すことは、正しい選択ではない。
最後に、「意義のあるツーリズム」を完成させるには、誰にとっても明らかなメリットがあるかが重要だ。すべての関係者が、これまでの考え方も行動も変えるカギになるからだ。「エクスペリエンス・エコノミー」を巡る議論はさらに進化しており、「お膳立てしてもらった体験」から「一緒に創り上げる体験」へ、さらに「変革を呼び覚ます体験」へと続く。世界の観光産業が進むべき道のりは、まだ果てしない。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:WHY THE WORLD NEEDS “MEANINGFUL TOURISM”
著者:ウルフガング・ゲオルグ・アールト氏:中国アウトバウンド観光研究所(COTRI)最高経営責任者(CEO)兼ミーニングフル・ツーリズム・センター、ディレクター