コロナ禍でリモートワークが広がり、働き方に対する意識やスタイルに変化がみられます。在宅やオフィスなど、働く場所を限定せずに仕事をおこなう「フレックスプレイス」というスタイルも広がっています。一方、世界へ目を広げると、ITを活用しながら気に入った場所で数日~数か月程度仕事をし、違う場所に移動して仕事をする「デジタルノマド」という人たちが数多く存在するといわれています。
そのような状況を背景に、今回のコラムでは、「デジタルノマド」とはどのような人々で、どのような働き方をしているのかを明らかにするとともに、日本への誘致の可能性や課題などを海外の調査などから考察します。(執筆:JTB総合研究所 主任研究員 勝野 裕子)
1.デジタルノマドにはどんな人がいるのか
デジタルノマドとは、IT技術を活用し、場所にしばられず、「ノマド(遊牧民)」のように旅をしながら仕事をする人たちのことです。その実態は日本ではあまり知られていませんが、米旅行情報サイトでデジタルノマドやバックパッカーをよく取り上げるA Brother Abroad社は、グローバルに行動するデジタルノマドは約3500万人、市場規模は7870億ドル(日本円で約110兆円、一人当たり換算すると約314.8万円 ※1)と推計しています。また、同社は英語を話しグローバルに行動するデジタルノマドを対象に調査(※1-2)をおこない、約4千以上の回答を取得。その結果から以下の姿が浮かび上がりました。
- 回答者の人種、国籍:人種は、上位から76%が白人(ヨーロッパ系)、ラテン・ヒスパニック系が10%、アジア・太平洋系が8%、アフリカ系が6%。国籍はアメリカ31%、ポルトガル8%、ドイツ7%、ブラジルが5%となり、4カ国で全体の51%を占める(図1、2)。
- 回答者の性別、年代:性別は男性が50.19%、女性は49.81%とほぼ同数。最も割合が高い年代は30代の46.5%。2位が50代(18.8%)、3位が40代(15.8%)、4位20代(13.9%)と続く(図3)。
- 学歴:修士が最も高く37.0%。学士(26.0%)、博士または医学士(7.4%)と続き、大学卒業以上が約7割を占めた。総じて学歴が高いことが分かる(図4)。
- 直近の滞在先:メキシコが14%、タイが11%、ポルトガルが8%で中南米、そのほか東南アジア、ヨーロッパなど(図5)。
- 旅行の平均滞在日数:デジタルノマドの66%は1か所に3~6か月滞在する(図6)。
2. デジタルノマドの働き方と旅行プログラム
デジタルノマドはどのような働き方をしているのでしょうか。前述の調査では以下の結果となっています。
- 回答者の職業・職種:最も割合の高い職種が「マーケティング」で15%以上を占め、「IT/ソフトウェア開発」「デジタルデザイナー」「執筆(作家、コピーライター)」「eコマース」と続く(図7)。いわゆる手に職を持つ職種の人にとって、デジタルノマドになるハードルは低いといえそうです。
- 年収:最も割合が高いのが、年収5万~10万ドル(700万円~1400万円)未満、および10万~25万ドル(1400万円~3500万円)未満の34%。2万5000~5万ドル(350万円~700万円)未満が18%、25万ドル(3500万円)以上が8%、2万5000ドル(350万円)未満が6%と続いた。平均年収は11万9423ドル(1672万円)だが、中央値は8万ドル(1200万円)(図8)。
なお、雇用形態は、自営業が約8割、企業に雇用されている人は約2割という結果でした。これを異なる調査である、米人材サービス企業BPO Partners社の調査結果でみると、ここ数年で企業に雇用されるデジタルノマドは増加傾向にあることが分かっています(図9)。
次に、デジタルノマドの旅行や移動についてみてみると、独自で動く人もいれば、デジタルノマド向けの旅行プログラムに参加している人もいる様子です。また、近年はデジタルノマド向けの旅行プログラムも充実している傾向にあるようです。例えば米Remote Year社(※2)では、デジタルノマド向けの旅行パッケージを作成していて、旅行に関わる手配と生活を支援するサービスを提供しています。
旅行プログラムは、4~12か月の間で滞在する国と都市先が決まっています。毎月滞在先は変わり、参加者たちはリモートワークをしながらチームでデジタルノマド生活を送るというものです。これまでに世界の40を超える都市で実施されています。
2017年7月には、京都市も対象になりました。三条河原にオープンしたばかりのホテルと提携し、ホテル内のコワーキングスペースを利用しながら、地元の人とのトークセッションなどの交流の機会が提供されました。
旅行パッケージには、以下のようなものが含まれています。なお、仕事のあっせんなどはありません。
- 滞在都市間の航空券と滞在地までの交通費
- 宿泊費(都市の中心部のホテルかアパートで、評価も高い場所)
- 24時間利用できるコワーキングスペース利用料
- 医療サポート
- 現地アクティビティ
- コーディネーター代
同社のプログラムに参加すると、世界中で開催されるウェビナーやイベントなどにも参加できたり、参加者が関心を持っている他の職業従事者とつながったり、コミュニティを作ることが可能になるサービスの提供を受けることができたりします。このような情報を活用し、参加者たちは仕事につなげていきます。
期間が長いこともあって、同社のプログラムへの参加者はソフトウェア・エンジニアやデザイナーなどの個人事業主が多いのですが、大手テック企業の従業員などもいます。同社は企業の福利厚生の一環として、法人契約も積極的におこなっています。企業に雇用されるデジタルノマドの人数が増えている背景には、企業側がこのようなデジタルノマド向けのプログラムに従業員を参加させ、デジタルネイティブとしてスキルアップやスタートアップを学ばせるなど、積極的にノマド生活をさせながら人材育成をおこなっていることがあります。
3. デジタルノマドを誘致するための受入環境整備
テレワークが一般的になったことやデジタルネイティブのZ世代の台頭により、今後もデジタルノマドは増えていくでしょう。世界中のデジタルノマドにリアルな現地情報を発信しているポータルサイト「NomadList」(※3)の創設者であるPieter Levels氏は、「2035年には世界で10億人のデジタルノマドが誕生するだろう」と予想しています。
では、デジタルノマドの受け入れにはどのような環境整備が必要なのでしょうか。「NomadList」では、様々な項目に対して、実際にその場所を訪れたデジタルノマド達が評価や最新情報の提供をしており、それをもとに都市のランキングを発表しています。2022年8月時点で、海外で高評価を得ている都市は、1位リスボン、2位バリ、3位ブタペスト。ランキング上位50都市を対象に総合評価が高くなる要素について分析した結果、下記のような6つの要素と項目が挙げられました。
これらの評価が高いほど人気がある都市、という結果になりました。日本では、東京や大阪が掲載されていましたが、「英語が通じるか」「町のフリーWi-Fiの状況」などの項目が低評価でした。デジタルノマドを呼び込むためには、日本のインバウンド受入整備でもあまり考えられていない項目への対応が求められるということに着目する必要があります。
4. 海外で増加、国を挙げたデジタルノマド誘致
デジタルノマドたちは、お気に入りの場所に長期滞在をする傾向にあります。彼らは一般的に観光目的で入国していて、無査証短期滞在期間中に出国するケースが多いと考えられています。いくつかの国では、近年、デジタルノマド誘致の動きがみられ、長期滞在が可能な査証を発給する国も増えています。このような査証を発給している国を調べてみると、(1)カリブ諸国などの「リゾート型」と(2)ヨーロッパなどの「都市型」に大きく分けられます。
前者のリゾート型の国は、富裕層がバケーションとして長期滞在することを狙っています。一般的にリゾート型は査証代が高額で、カリブ海のバルバドスは査証代が2000ドル(日本円で約28万円)ですが、リゾートの島で1年間過ごすことができます。また、カリブ海にあるオランダ領のアルバでは「One Happy Workation」というプログラムがあります。このプログラムに加盟している宿泊施設を予約すると、最長3か月まで滞在ができるというものです(通常、観光査証は1か月)。宿泊施設は、ホテルやヴィラであったりペットと泊まれる施設もあったりと好みで選べます。ワークスペースもビーチサイドやプールサイドに置かれているところが多く、「パラダイスでのリモートワーク」というコンセプトにぴったりな環境で優雅に仕事もできます。
後者の都市型で象徴的なのは、ヨーロッパでいち早くデジタルノマド査証を発給したIT先進国のエストニアです。背景として、デジタルノマドに対し、単に長期滞在による経済効果を期待しているだけではなく、国にスタートアップやイノベーションといったメリットをもたらしてくれる質の高い外客獲得という期待があります。ヨーロッパでは、他にジョージアやドイツ、クロアチアなどがデジタルノマド査証を発行しており、また、スペインやイタリアなど人気の高い観光地や、リゾート地を有する国でもデジタルノマド査証の発給を検討しています。さらに、デジタルノマド達がつながるようなコミュニティが存在したり、地域課題について考えるプログラムを提供するコワーキングスペースを持っていたりすることが特徴的です。
これらを日本に当てはめてみると、リゾート型は美しい景観を十分に生かしリラックスして過ごせるビーチリゾート地や山岳リゾート地、都市型は交通の便も良く長期滞在施設も多い大都市や周辺の都市などが当てはまるのではないでしょうか。
今後、旅の目的の幅を広げる若くてポテンシャルのある層が暮らすように訪れてくるかもしれません。将来的に様々な国・地域からデジタルノマドを受け入れられるよう、日本の査証制度のあり方の検討、街中や宿泊施設等における快適な環境を有するコワーキングスペースの整備や支援(無料で利用可能なWi-Fiの供与を含む)、地域住民との対話の場の構築など、今の段階から検討してもよいかもしれません。
注記
- ※1:2022年9月のレート 1ドル=140円で換算
- ※2:Remote Year社 https://www.remoteyear.com/
- ※3:NomadList https://nomadlist.com/
出典
- 「A Brother Abroad 63 Surprising Digital Nomad Statistics in 2022」
- 「MBO Partners 2021State of Independence research study」(PDFファイル)
※この解説コラム記事は、JTB総合研究所に初出掲載されたもので、同社との提携のもと、トラベルボイス編集部が編集・掲載しています。
初出掲載記事ページ:「世界を旅するデジタルノマドの誘致可能性を考える」(JTB総合研究所 2022