英市場調査会社のユーロモニターインターナショナルはこのほど旅行・ホスピタリティー産業の回復ペースや注目トレンドなどを分析した「トラベル&ホスピタリティ・グローバル展望&イノベーション・ガイド」を発表した。
ようやく旅行者が戻ってきた2022年、海外旅行消費額は、世界全体で前年比88%増と予測。国内旅行消費額は、24%増だった昨年より回復ペースは縮小し19%増としている。
だが完全回復にはまだ時間がかかりそうだ。2022年のインバウンド観光消費額は9960億ドル(約145兆円)で、2019年実績の58%にとどまる。同実績を超えるのは2025年になると予測している。国内旅行消費額が2019年を超えるのは2024年と予測している。
同ガイドでは、ユーロモニターが2022年春に実施した旅行産業および消費者向けの調査結果と、世界210カ国を網羅する独自の市場調査データベース「パスポート」をもとに将来展望を予測・分析している。
また欧州、南北米州、アジア太平洋の3地域については、各マーケットのインバウンド旅行の回復予測、サステナビリティやテクノロジー分野における注目トレンドを紹介している。
欧州:消費者の3分の2が気候変動を懸念
欧州市場における2022年のインバウンド観光消費額は、パンデミック以前の73%相当となる5230億ドル(約76兆円)が見込まれている。同マーケットの完全回復は2024年になると予測した。
最大の問題はウクライナ紛争と、これに起因する物価上昇で、インフレ率は7.4%に達している(2022年11月時点)。観光・旅行業における従業員不足、コロナ変異株の再流行も懸念材料に挙げた。
売上の回復予測では、業種による差異も見られる。真っ先に回復するのは、民泊など短期レンタル宿泊で、2022年はパンデミック前の86%まで、さらに2023年後半には完全回復すると予測。一方、ホテル売上の完全回復はこれより3年ほど遅れると見ている。回復ペースが最も緩慢なのは航空産業で、2027年時点でも2019年比で5%減の1830億ドル(約26.7兆円)と予測している。
旅行先での消費項目の中で、2027年までの5年間に最も大幅な成長が見込まれているのは「ガイド付きツアー」で15.2%増(年平均成長率)。次いで「フェスティバル&レジャー・イベント」(14.2%増)、「免税品ショッピング」(13.0%増)だった。
また欧州の旅行事業者が「今後3~5年に取り組むべき最も重要なこと」に選んだ項目の中で、最も多かったのは「カスタマージャーニーの改善」で全体の59%が支持。同ガイドでは、顧客への対応がスムーズかつテイラーメイドでなければ、すぐ他社へ移ってしまう時代であり、顧客喪失のリスクに備える必要があるとしている。
「今後5年間、旅行ビジネスに最も影響があるテクノロジー」では、ビッグデータ解析(69%)が最も多く、次いで人口知能(AI)が52%、拡張現実・仮想現実(AR/VR)が42%となった。
サステナビリティへの関心の高さも目立つ。欧州では、消費者の約3分の2が気候変動による旅行への直接的な影響を心配している。「消費者は航空機を利用しないことを選択している」と答えた旅行事業者も全体の27%を占め、鉄道など、排出ガスがより少ない代替移動手段を探しているという。
環境対策と同時に、地域社会のサポートにつながることも、旅行者は重視している。「地元の事業者が手掛ける商品やサービスを購入することで、ツーリズムがローカル産業の育成や雇用創出の一助となり、旅行者側も正真正銘の現地体験を楽しむことができる」と同ガイドでは指摘している。
なお、欧州の旅行業関係者の55%は、サステナブルな旅行商品やサービスへの対価について、5~10%の値上げであれば、消費者の理解が得られるとしている。
時代の変化に伴い、新しいビジネスモデルも登場している。企業の出張に伴う排出ガス量削減を支援するデンマークの法人旅行プラットフォーム、Goodwingsや、観光地での混雑緩和や旅行者の誘導に役立つアプリなどを提供するスコットランドの旅行テック会社、Whereverlyの事例も紹介している。
米州:短期レンタル宿泊は絶好調、環境問題には温度差
南北米州でのインバウンド観光消費額は、2022年はパンデミック前の73%が見込まれているが、カリブ海諸国では、すでにパンデミック前の最高値を上回った国もある。北米マーケットでは、国内旅行消費額が急回復しており、2022年末までに完全復活する見通しだ。
業種別での売上予測では、米州でも民泊など短期レンタル宿泊物件が最も勢いがあり、すでに昨年の時点でパンデミック前を突破。2022年は2019年比で2割以上の伸びが見込まれている。しかし、これ以外の業種の回復ペースはなだらかで、インバウンド観光が完全復活するのは2023年後半から2024年、航空会社とホテルは2026年と予測している。
2027年までの5年間に、旅行先での消費額が最も伸びるのは免税品ショッピング(年平均成長率11.2%)、次いでガイド付きツアー(10.2%)、フード&ダイニング(9.5%)。
環境問題への関心は南米で高く、消費者の73%が気候変動を懸念、旅行事業者もサステナビリティ対応に動き出している。これとは対照的に、北米では、国連のSDGs17項目に取り組んでいると答えた旅行事業者は、全体の半分以下という結果に。優先順位が高い戦略分野には「ブランド構築」「成長・イノベーション」「スタッフ教育や開発」などが多く挙がり、サステナブルな商品やオペレーションへの投資意欲はこれを下回った。
米州の旅行事業者からの関心が高いのは顧客中心主義で、シームレスでパーソナライズされた顧客体験を実現するためにテクノロジー導入は必須との考えだ。ただし、具体的な嗜好には違いもあり、例えば、南米では消費者の50%以上がVRヘッドセットを装着して各地を旅してみたいと答えたが、北米では35%にとどまった。
また南米では、2027年まで毎年、オンライン決済に占めるモバイル利用比率が拡大していくが、北米では、緩やかな上昇率にとどまると予測している。
米州における注目事例では、先住民族が手掛ける事業に付与されるカナダの認証マーク、The Original Originalや、持続可能な航空燃料、SAFの利用拡大を支援するAveliaの取り組みを紹介している。
アジア太平洋:インバウンド消費額はコロナ前の3割以下
中国のゼロ・コロナ政策や、各国政府の渡航規制により、旅行需要の戻りが遅れていたアジア太平洋地区だが、ASEAN諸国が相互のワクチン証明を承認し、スムーズな渡航実現を目指すなど、着実に前へと進んでいる。
同地域におけるインバウンド観光消費額は、現在もパンデミック前の27%と低調だが、2022年は前年比で188%増が見込まれている。また国内旅行消費額では、2022年は同74%まで回復すると予測している。
2027年までの5年間、旅行先での消費額が最も大きく伸びる分野はウェルネス(30%)、次いでテーマパーク(14.7%)、ショッピング(14.5%)と推計。また今回の調査で、アジア太平洋地域は、旅行事業者によるSDGsへの取り組みレベルが最も高い結果となった。
業種別で売上回復が最も早いのは、ここでも短期レンタルの宿泊施設で、2023年には2019年比で2割増、2025年には約7割増と、成長はさらに続くとしている。混雑を回避したいという要望や、ステイケーション需要もこれを押し上げる要因に挙げている。
ホテル売上も2023年にはパンデミック前のレベルまで戻り、2024年には2割近い伸びを示すと予測。一方、航空会社やインバウンド旅行が完全復活するのは2025年としている。
旅行マーケットでは、パンデミックを機にモバイル販売が急拡大しており、そのシェアは2019年の47%から、2022年は58%に拡大、2130億ドル(約31兆円)に届く見込みだ。こうしたなか、デジタル化は旅行事業者にとって最重要課題となっており、回答者の52%近くが、今後3~5年の重要戦略に新しいテクノロジー対応を挙げた。
他のマーケットに比べて、拡張現実(AR)、仮想現実VR、複合現実(MR)への関心が高いのも特徴。例えば、消費者の48%がVRヘッドセットを使い、旅行先を事前にチェックしていると答えた。
こうしたなか、シンガポールのミレニアルホテルズではメタバース空間に進出し、バーチャル空間でアバター向けの旅行体験を提供開始。ここで獲得したポイントは、実際のホテル宿泊時にも利用できる。一方、カンボジアでは、自然保護とサステナビリティに取り組む宿泊施設、シンタ・マニ・ワイルドが、国立公園の森の中ならではの様々な体験を届けている。
※ドル円換算は1ドル146円でトラベルボイス編集部が算出