オンライン資産の一つ、NFT(非代替性トークン)とは、デジタル形式ではあるもののコピー不可で唯一無二なもので、ブロックチェーン上に存在する。昨年来、人気が急上昇中で今の時代精神を象徴するデジタル・イノベーションの一つと言えるだろう。
NFTの分かりやすい例としてよく挙げられているのは、暗号により複製不可になっているデジタル形式の芸術作品だ。とはいえ本来、NFTとは単なるデジタル画像ではなく、動画や仮想現実の一部であり、「所有できるデジタル資産」以上の価値がある。
インターネットによって観光・旅行産業はすっかり変わったが、進化はまだ続いている。ユーザー主導型のコンテンツやソーシャルネットワークが、インターネットの現在地点だとするなら、その未来形がNFTだ。ソーシャルメディア全盛時代を迎え、観光産業では、デジタル上の個人情報やつながりの重要性が認識されるようになり、新しい顧客体験の開発が進んできた。この流れをさらに一歩先へと進め、こうした価値をマネタイズできるのがNFTだ。観光産業では、すでにNFTを使った収益化も可能になりつつある。2021年だけで、NFTの総取引額は170億ドル(約2兆2100億円)に達し、50億ドル(約6500億円)以上の利益が出た。
観光産業にとって、NFTがもたらす可能性は非常に幅広い。この新しいテクノロジーをどう活かすべきかを考える上で参考になりそうな取り組みを紹介しよう。顧客やビジネス・パートナーとの関係をより強化し、ブランド認知度を高め、新しい収益源を作り出すために、旅行各社は何をしているのか。
NFTを使った唯一無二のチケット(あるいはパスポート)
旅行市場におけるNFTの最もシンプルな応用法は、いわゆる「スマートチケット」だ。デジタル資産の問題点は、すぐに模倣されてしまうこと(さらに所有者を正確に特定しづらいこと)だが、NFTは唯一無二であり、所有権を証明する記録もきっちり残る。顧客体験を充実するだけでなく、不正行為や売上機会の喪失を防ぐこともできる技術は、サプライヤーや旅行会社、ホテルにとってありがたい。
また、NFTの所有者がブロックチェーン上に登記されているので確認もできる。これまでのデジタル・チケットは、バーコードやQRコードを読み取っていたが、これは複製して偽物のチケットを作り、再販することも可能だ。だがNFTチケットであれば、効率的に不正や法外な価格での転売を防ぐことができて、消費者保護にもつながる。
こうしたNFTの機能(あるいはコレクションの対象であること以上の利用価値)は、スポーツイベントやコンサートで、アクセス権を持っている人だけを確実に入場させたい時などに活躍する。米国では、プロ・アメリカンフットボール・リーグ(NFL)の一部試合でNFTチケットを導入しており、チケットと一緒に、デジタル形式の記念品もファンに提供している。NFTチケットは、消費者には標準価格で購入できるメリットがあり、購入手続きはスムーズ。あやしい仲介業者による価格の吊り上げや利益を中抜きも減る。人気歌手テイラー・スウィフトのコンサートツアーでは、チケットマスターが機能不全に陥ったが、こうしたイメージダウンにつながる失態も避けられる。
航空業界では、NFT形式で航空券を発券するところが登場し、消費者の選択肢を増やしたり、売上アップにつなげている。アルゼンチンの格安航空会社、フライボンディ(Flybondi)は最近、ブロックチェーン開発会社のトラベルXと組み、NFTチケット発行を開始した。NFTチケットの場合、すべてのやり取りがブロックチェーン上に記録されていくので、購入者が航空券を交換したり、変更したり、誰かに売ったり、搭乗者の名前を変えたりすることが出発の3日前まで可能だ。
同じようなことは、ホテルやリゾートの予約でも可能だ。宿泊施設にとっては、より確実な支払いにもつながる。ドミニカ共和国にあるリゾート、カサ・デ・カンポでは、ブロックチェーン上のホテル・マーケットプレイス、ピンクターダ(Pinktada)を介して、NFTでの客室予約を始めた。利用客は第三者であるピンクターダ経由で、自分が予約した客室をデジタルアセット形式で再販できる。これを可能にしたのはNFTの柔軟性と安全性だ。予約を変更したり、払い戻したりするやりとりを、事業者ではなく個人の責任で行えるようにし、売上アップにつなげる。さらに、新しいテクノロジーならではのプレミアムが付く場合もある。昨年4月、トラベルXとエア・ヨーロッパが開催した世界初のNFT航空券オークションでは、なんと100万ドル(約1億3000万円)という前代未聞の価格が付いた。
デジタル収集品であり、連帯を生む仕掛けにもなるNFT
芸術作品として、価値の倍増が期待されるデジタル資産、NFTは、企業ブランドと消費者をつなぐだけでなく、消費者どうしをつなぐのにも威力を発揮する。人気のホテル・ロイヤルティプログラムにとって代わるかは分からないが、少なくとも、その発展形に成り得るテクノロジーだと言える。観光産業における先駆的な活用例を、以下に紹介する。
- 暗号資産の交換取引所、フライコイン(Flycoin)は2022年、マイルではなく、暗号資産のトークンを付与するフリークエントフライヤー向けプログラムを立ち上げた。たまったトークンは、航空サービス関連以外の特典にも交換できる。
- ラトビアの航空会社、エア・バルティックが2023年初めにローンチした「プレイニーズ(Planies)」は、飛行機のキャラクターを描いたNFT。購入者は同社のロイヤルティ会員プログラム「エア・バルティック・クラブ」の様々な特典を利用できる。NFT購入とロイヤルティプログラムを組み合わせれば、既存のマイレージプログラムをより大規模な会員組織に拡大できる。航空機を利用しなくても、プレイニーズを購入すれば、誰でもメンバーになれるからだ。
- NFTは、どこからでもアクセスできるが、発行数は限られることが多く、むしろ手に入りにくい会員権のような希少価値を作り上げる効果もある。その一例が、米国カリフォルニアのラグジュアリーホテル、ドリームハリウッドだ。同社のNFT会員プログラムに加入するためには、ペリー・クーパー氏が手掛けた数量限定アート作品であるNFTを購入する必要がある。このNFT保有者は、会員限定の特典にアクセスできるようになり、プライベートイベント、プールサイドのラウンジチェア、専用コンシェルジュ、コワーキングスペース、高級車、無料でのスイート滞在、様々な割引サービスなどが利用できる。
場所が限定されてしまう体験サービスとは異なり、デジタル空間にあるアートなら、どこからでもアクセス可能だ。これが旅行関連企業にとって、NFTの使い勝手がよい理由でもある。どこにいてもシェアしたり、楽しんだりできるオンライン体験であると同時に、物理的な交流にもつながる。
DMO(デスティネーション・マーケティング組織)では、こうしたNFTの特性に着目し、旅行者と自然保護活動をつなげる手段として活用する試みが始まっている。NFTアート・プロジェクト、アンチェインド・エレファント(鎖を解かれたゾウたち)は、NFTの売上を使い、タイのゾウ保護活動を展開している。NFT購入者には、観光ツアーやホテルでの割引や特典を提供している。
ネイチャー・セイシェルズ社では、世界初の“デジタル種“となる鳥を作り出した。絶滅危惧種の鳥、シキチョウの「デジタル版の双子」と呼ぶNFT画像作品を数量限定で作り、購入者から得た売上はシキチョウの保護活動に使う。(コロナ禍による観光客減で苦戦する)自然保護活動の新しい資金調達手法であると同時に、絶滅危惧種の生態系をオーバーツーリズムから守ることにもなる。
NFTは、非常に大きな可能性を秘めている。このテクノロジーの急速な普及を目の当たりにすると、これからさらに活用方法が拡がり、面白くなりそうだと期待が膨らむ。イノベーションに熱心な旅行関係者にとって、売上を拡大しつつ、顧客とのつながりも深められるクリエイティブな手法、NFTはまちがいなく「買い」だ。
※編集部注:この記事は、航空データ分析「OAG」の英文記事を、同社の許諾を得てトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:OAG「How Will NFTs Be Used in the Travel Industry?」
※ドル円換算は1ドル130円でトラベルボイス編集部が算出