コロナ禍で多くの学校が修学旅行の中止や延期を余儀なくされた。制限の解除とともに、国内では復活をみせているものの、海外への修学旅行の再開の見通しは、まだ不透明だ。一方で、新型コロナウイルスの感染法上の位置づけが2023年5月8日に「5類」へ引き下げられることで障壁が実質的になくなるという明るい兆しもある。
修学旅行は従来から、1度に数百人規模が地域を訪れる大型団体。コロナ禍での需要消失、感染拡大の波による間際の取消しや変更に伴う取消料問題は、多くの観光事業者に課題を投げかけた。そして、学習指導要領の改訂への対応、デジタル活用などで形を変えて実施した事例も含め、修学旅行はこれまでの「思い出作りの旅」から「思い出作りであり、学びの旅」としての進化が進んだ。
日本修学旅行協会 常務理事・事務局長の高野満博氏への取材を通じ、コロナ禍での現場の苦悩から、これからの未来を担う子どもたちの修学旅行の方向性までを探った。
発地と着地のバランスに大きな変化
明治時代から始まったとされる修学旅行は、「旅行・集団宿泊的行事」(小学校は「遠足・集団的宿泊行事」)として、文部科学省の学習指導要領における特別活動に位置づけられている。子どもたちが最も楽しみにしている学校行事のひとつだ。2020年度から2022年度のコロナ禍では、どの程度影響を受けたのだろうか。
新型コロナウイルスは2019年末に中国での発生後、瞬く間に世界中に広がり、日本も2020年4月に最初の緊急事態宣言を発出した。日本修学旅行協会がまとめている「教育旅行年報データブック」によると、2020年度に修学旅行を当初計画から変更・中止した中学校・高等学校は全体の9割に上り、海外旅行を実施した学校は皆無だった。2021年度は中止の割合は減ったものの、日数や方面、時期などを再考して当年度内に変更する学校が多かった。実施率は中学校(895校)が78%、高等学校(930校)が54%。2022年度のデータは未発表であるものの、2021年度以上に多くの学校が国内修学旅行の実施に踏み切ったことが想定される。
この3年間について、日本修学旅行協会の高野氏は「コロナ禍での旅行者心理を如実に反映し、これまで想定してもいなかった、発地と着地のバランスに大きな変化が起こった」と振り返る。感染防止策で移動時間を短縮させるために全国的に近場旅行が増加したほか、東京ディズニーリゾートを含め人気を誇っていた首都圏への修学旅行は感染率、密集率の高さから、多くの学校が航空機での乗り継ぎを含めて敬遠した。
地方は医療体制が脆弱で感染リスクの高い高齢者を含めた3世代居住が多く、メジャー旅行地への旅行に対して保護者の賛同が得られなかったこともある。高等学校で長年1位の人気先だった沖縄も、感染のピークが他地域とずれたこと、また現地で発症した生徒が出た場合、保護者の迎える手段が空路しかなく対応に制約があることが響き、2021年度は行き先5位と大きくランクを下げた。
相次ぐ中止・変更で浮き彫りになった課題
本来、旅行の変更や中止は手数料が発生する。2020年度の修学旅行は、コロナ発生初年度であり不測の事態だったことから、大阪府をはじめ自治体や学校法人が負担を判断したケースもあったが、財源確保の観点などから徐々に減少。また、公立は単年度入札が多い半面、私立は複数年分の一括入札などを取り入れており、旅行会社が取消料は発生しても請求しないケースもあった。
そもそも、旅行会社だけでなく、宿泊施設をはじめとする着地の事業者にとっても、大型団体である修学旅行の消失は大きな打撃だ。
修学旅行実施の判断は、各自治体の教育委員会の方針に準じることが大半だが、最終的には各学校長に委ねられている。学校ごとに異なる状況が多発した様に、旅行会社と着地事業者の取消料問題でも対応が分かれ、混乱とともに不透明感を浮き彫りにした。背景には、日本の修学旅行の手配には、学校と旅行会社による義理人情による取引きが少なくなく、世界では常識である予約に伴う取消料や変更手数料の明確化が遅れていたこともある。
日本修学旅行協会のヒアリングによると、複数の学校から「2020年度は自治体で手数料が負担されたが、その後は保護者に負担を求めざるを得なかった」という声が寄せられた。また、旅行会社と宿泊業者との間では取り引き全体を鑑みた駆け引きなど、さまざまな交渉が繰り広げられたようだ。そういった面でコロナ禍は、修学旅行手配の適正化に向けて一石を投じた面もある。
オンライン修学旅行がもたらした成果
一方、さまざまな制約に置かれているなかでも、多くの学校が試行錯誤しながら実施に踏み切ったのがオンライン修学旅行だ。
たとえば、JTBはVRを活用した「バーチャル修学旅行360」を開発。VR技術による360度の映像体験と、バスガイド・女将などとのリアルタイムでのコミュニケーションによるオンライン双方向交流、ものづくり体験、お土産購入などを組み合わせることにより、子どもたちに修学旅行に来ているかのような感覚で味わってもらえるようにした。また、石川県加賀市とANAグループのavatarin(アバターイン)は、普及型コミュニケーションアバタ―「newme(ニューミー)」を活用し、ANAグループの総合トレーニングセンター「ANA Blue Base」へのオンライン修学旅行の実証実験を実施した。
こうしたオンライン修学旅行について、日本修学旅行協会の高野氏は「各社が趣向を凝らした策であり、リアルの代替えにはならなかっただろうが、子どもたちが少しでも修学旅行の雰囲気を味わえたのは喜ばしい。また、教育現場でもICTが加速し、事前事後学習を通じて学びの効果が高まった意義は大きい」と語る。オンラインによる交流は、ほぼ消滅した海外の学校ともおこなわれ、アイスブレイクとしてひと役買ったという。
ただ、海外修学旅行の本格再開については、まだ時間がかかりそうだ。多くの国・地域がワクチン3回接種を求めていること、円安、現地の物価高による費用面が壁となっているからだ。高野氏は「海外体験は、異文化理解や共生といった課題と向き合っていく際の貴重な財産になる。公平性の問題はあるが、一律に行き先を決めるのではなく、自分の学びたいテーマから国内、海外など選択する方向性もあるのではないか」とみる。
コロナ禍を経て、これからの修学旅行がもたらすチャンス
では、これからの修学旅行はどうなっていくのだろうか。コロナ禍と重なった学習指導要領の改訂では、中学校・高等学校に「主体的・対話的で深い学びの実践」、「探究的な学習」の展開を求めている。
高野氏は「教育旅行にも、自分自身でテーマを見つけ、唯一の正解が存在しない課題を考える『探究学習』が重視されるようになる」と話す。これまでは旅行先で工芸品を作るといったピンポイントの体験プログラムが大半だったが、事前事後の学びを含めたフィールドワーク、平和学習、SDGs、旅行先の人々との交流など、全体で大きなストーリーでの学びがカギになりそうだ。
高野氏はこうした学びについて、「子どもたちのキャリア教育として効果があるだけでなく、旅行業界にとっては観光人材の育成、地域にとっては課題解決できる人材の育成、移住を含めた関係人口の増加につながる可能性がある」と力を込める。
コロナ禍を経て、大きな転機を迎える修学旅行は、学校、旅行会社、地域それぞれにとって大きなチャンスを秘めているともいえる。子どもたちの未来に向け、今後の展開を注視したい。