ゼネコン佐藤工業が挑む「インフラツーリズム」、事業化に向けて研究会を発足、その背景と勝算を責任者に聞いてきた

ゼネコンの佐藤工業が「インフラツーリズム事業化研究会」を発足した。建築土木事業で豊富な実績を重ねた佐藤工業が、なぜインフラツーリズムなのか。佐藤工業 インフラツーリズム事業化研究会 ゼネラルマネージャーの岩橋公男氏にその背景を聞いた。

1862(文久2)年に富山県柳瀬村(現:砺波市)で誕生した同社は、暴れ川と呼ばれた常願寺川の治水工事の成功で名を馳せ、明治維新後は国のインフラ整備を請け負うようになった。以来、160年以上に渡り、国内外のダムや橋、建築物を手掛けている。

インフラは作って終わりではない

今から40年前に入社し、土木の現場に33年間携わってきた岩橋氏には、印象に残っていることがある。それは、あるターミナル駅の工事をしている時のこと。ヘルメットを被って歩く自分たちが、周りから避けられていることに気づいたという。

「土木建築事業とは、人々の安心・安全・快適を作り出す仕事ですが、工事を計画すると反対を受け、説明会を開けば紛糾することもしばしばです」。

工事は人々の暮らしと安全を支えるためのもの。そして、現場では作業員が命懸けで仕事をしている。

「そこで、私にとって、最後の現場となった地下鉄工事の現場で、周辺住民の方を対象とした見学会を開くことにしました。見学会で現場を見ていただくと、それまで反対なさっていた方がハッとした表情になり、『こんなにすごいことをやっていたんですね』と言ってくださるのです。この業界は、これまで現場をお見せしてきませんでしたが、『土木建築業を理解していただくためには、実際に見ていただくのが一番いいのではないか』と思うようになりました」。

しかし、ただ現場を見せればいいというわけではない。ダム、橋、道路といったインフラは、“作ったら終わり”ではない。安心・安全のためには、維持管理が欠かせない。岩橋氏は、維持管理にはお金がかかるからこそ、人々に理解してもらう必要があると考えた。

「インフラが人々の暮らしを快適に、豊かにすること、維持管理の必要性があることを理解していただくには、時間がかかるでしょうから、伝わるまで継続する必要があります。今、インフラツーリズムが盛り上がりつつありますが、しっかり収益を上げ、事業として成立しなければ継続できません。そこで、まずは事業化の道筋を研究するために、2023年7月にインフラツーリズム事業化研究会を立ち上げたのです」。

社員自ら資格取得、ゼネコンの本気

岩橋氏とともにインフラツーリズム事業化研究会で事業化を目指しているのは、マネージャーの今泉貴道氏と、ディレクターの米田咲氏だ。岩橋氏と米田氏は昨年まで土木事業部と兼務しており、今年から研究会の専任となった。今泉氏は現在も社長室 広報部 課長と兼務している。

今泉氏と米田氏はゼロから旅行業界について勉強し、国内旅行業務取扱管理者の資格も取得。サンプルツアーを企画し、旅行会社への持ち込みを始めている。

「サンプルツアーを実際に催行し、お客様のアンケートなどをもとに、さらにブラッシュアップしていく予定です。しっかり収益を上げるものにして研究会を事業部にし、将来的には子会社化できればと考えています」。

左から:今泉貴道氏、岩橋公男氏、米田咲氏

ゼネコンならではの説得力が強み

ゼネコンである佐藤工業がインフラツーリズムを手がける上での強みは、「本職ならではの説得力」だ。一般公開が延期されているものの、「黒部宇奈月キャニオンルート」のガイディングでも、黒部ダムの工事にも関わった同社の力が発揮されている。

「私も、黒部ダムの工事に関する専門的な知識や当時の詳しい情報などを教えてほしいと頼まれ、ガイドの方たちにレクチャーしたことがあります。例えば、温度の高い岩盤を掘り進める際、100度を超えると自然発火してしまうダイナマイトをどうやって扱うことにしたのかなど、私たち土木の現場を知る技術屋ならではのお話をお伝えしました」。

インフラツーリズムを企画する上での強みは他にもある。インフラ工事の現場はさまざまな危険が想定されるからこそ、安全管理が最重要事項となる。厳しい安全管理に携わった経験があるからこそ、安全にツアーを催行するためのポイントをしっかりと押さえられるのだ。こうしたゼネコンだからこその強みは、インフラツアーの舞台となるインフラ施設の持ち主と交渉する上でも発揮されるだろう。

キャニオンルート内で作業する人々を運ぶ蓄電池機関車

インフラツアーを地域振興にもつなげたい

「インフラの魅力は現場に行くからこそ伝わるもの。インフラとともにこの仕事の魅力を伝えることで、土木建築業界にもいい影響を与えることができれば嬉しいですね」と岩橋氏は語る。

「インフラだけでなく、その周辺の施設や観光資源と併せてツアーを組むことで地域振興、まちづくりにもつながります。まずは日帰りのバスツアーからサンプルツアーを始める予定です。そして、今後は旅行業界と協力してインフラツーリズムを進めることができたらと思っています。また、DMOなど、地域の皆様からの情報提供やお問い合わせも歓迎です」。

人口減少と少子高齢化が進む日本において、高度経済成長期に整備されたインフラの維持管理は今後さらに大きな課題となるはず。こうした社会情勢を踏まえながら、知的好奇心を刺激し、「専門家のガイドで個人では入れない場所」を最大限に楽しめるツアーで集客できるか。研究会の今後に注目したい。

聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫

記事:フリーライター 吉田渓

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