黒部の新たな観光ルートを取材した、富山県が挑む「世界ブランド化」と周遊観光、黒部宇奈月キャニオンルートとは?

2024年、富山県の観光地を代表する立山黒部エリアに、新たな観光ルートが誕生する。黒部峡谷トロッコ電車の終点である欅平(けやきだいら)と立山黒部アルペンルート内の黒部ダムを結ぶ、「黒部宇奈月キャニオンルート」だ。

立山連峰や黒部峡谷の雄大な景観美を解放感の中で楽しめるトロッコ電車、アルペンルートとは異なり、新ルートは山岳地帯の地下隧道を行く。「くろよん」の通称で親しまれる黒部川第四発電所など、峡谷奥地での電源開発に伴い工事用に整備されたルートで、現在も関西電力が人員や物資の輸送に使用している。

これまで、関西電力が発電事業への理解促進を目的に、年間2000人限定で公開していたが、富山県と同社の協定締結で旅行商品での一般開放を決定。今夏から、旅行会社のツアーでのみ体験できるようになる。今年1月1日に発生した能登半島地震の影響で、1月末としていた旅行商品の販売開始は延期されたものの、現時点で一般開放のスケジュールには変更ない。トラベルボイスでは、2023年秋に現地を取材し、富山県の一般開放に向けた取り組みや旅行商品、具体的な運用について担当者に聞いてきた。

黒部宇奈月キャニオンルートとは?

3000メートル級の山々の間に日本一のV字谷の峡谷を刻む黒部川。この流域の過酷な自然環境での電源開発は、今から100年ほど前の大正時代に始まった。長年、人気の観光ルートとして親しまれてきた黒部峡谷トロッコ電車も、もともとは水力発電所の建設のための資材運搬用に敷設されたものだ。

黒部宇奈月キャニオンルート(以下、キャニオンルート)は、その黒部峡谷トロッコ電車の終点となる欅平から、その先に続く黒部川上流の黒部ダムまで続く隧道のルート。1936年(昭和11年)着工の黒部川第三(黒三)発電所・仙人谷ダム建設と、1956年(昭和31年)着工の黒部川第四(黒四)発電所・黒部ダム建設の、2つの壮大なプロジェクトによって誕生した。

全長18キロメートル、高低差870メートルのルート上では、困難を極めたトンネル掘削の歴史を、今も作業員が利用する乗り物を乗り継ぎながら体感していく。さらに、途中では、従来なら難易度の非常に高い登山ルートをのぼらなければ見られない絶景を、楽しむことができる。

関西電力の作業員とともに、キャニオンルートの内部へ

大自然と人知との闘いを体感する

キャニオンルートのツアーの起点はトロッコ電車の起点の宇奈月駅、もしくはアルペンルートのハイライトとなる黒部ダム。今回取材したのは、宇奈月駅から黒部ダムへ抜けるルートだ。一般の観光客も乗車するトロッコ電車の始発で欅平駅に向かい、ここでルートの説明と警備会社による手荷物・身体検査を受ける。安全のためにヘルメットを装着したら、工事用のトロッコ電車に乗り換えて、いよいよキャニオンルート内へ。今年の一般開放後も、このヘルメット着用と手荷物検査は参加者全員に対して行われるという。

ルートを進んでいくと、日本の屋根といわれるこの山岳地帯の地下に、これだけの設備が、しかも昭和初期に作られたことに驚く。まずお目見えする竪坑エレベーターは、欅平より約200メートル標高が高い仙人谷へ、物資を運ぶために設置されたものだ。

エレベーター内も敷設され、運搬車両1台がそのまま入る。2分間で欅平上部に到着

その後、小型車両が連結する蓄電池機関車に乗り、仙人谷へ進んでいくと、黒三発電所工事の最大の難所で、小説「高熱隧道」にも描かれた高熱地帯に入る。建設当時、岩盤の最高温度は160度にも達し、岩盤から蒸気や熱湯が噴き出したり、地熱によって工事用の火薬が発火する危険もあった。ルート中は、その過酷さに屈せず、掘削を進めた人々の壮絶な苦労と工夫が説明される。

高熱地帯の温度は現在40度ほど。温度差から車両の窓には薄く結露がつき、ほのかに硫黄臭も感じられる。 

そんな高熱地帯を越えて到着した仙人谷駅は、久しぶりに外界がのぞける地上駅。仙人谷ダムと背後の山々の奥に青空が映える景色は、これまで限られた人々だけが見てきた絶景だ。

過酷を極めた苦難を乗り越えて作られた仙人谷ダム。泡雪崩による多くの犠牲者を出す事故もあった。

そしてキャニオンルートは、高度成長期の関西地域の電力需要を支えるべく建設された、黒四(くろよん)へ。まずは、黒四発電所の内部で周辺の地形や厳しい気候条件の案内を受けるとともに、国立公園である一帯の環境保護のため、完全地下式で建設された発電所設備を見学する。

入口のレリーフには、黒四建設を決断した当時の関西電力社長、太田垣士郎氏の言葉が刻まれている。「経営者が十割の自信をもって取りかかる事業。そんなものは仕事のうちには入らない。七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する。それでなければ本当の事業はやれるものじゃない。黒部は是非とも開発しなけりゃならん山だ」。キャニオンルートを通りながら難工事の軌跡や周辺の過酷な自然環境を理解したからこそ、その言葉の重みが心に響く。

環境に配慮して完全地下式で建設された黒四発電所。キャニオンルートからでないとアクセスできない

その後、長さ815メートル、34度の急傾斜をインクライン(傾斜鉄道)で上り、約400メートル上にある標高1325メートル地点の黒部トンネルに到着。専用バスに乗り、黒部ダムへ向かう途中でタル沢横坑へ寄り道すると、高難度の山に挑んだ登山者だけが拝めた絶景「裏剣」(剣岳の裏側の秘境)と周囲を彩る紅葉が、目の前に広がった。

本格的な登山でようやく拝める「裏剣」の雄姿

取材時の所要時間は、約4時間(手荷物検査やレクチャーなど含む)。その多くが地下を通り、電源開発の苦難の歴史に触れる時間だ。ルートを通り抜け、黒部ダムに到達すると、困難な工事を経て完成した黒部ダムが、大自然を背景に堂々とした姿で現れる。長く人を寄せ付けなかったこの秘境で、これだけの事業をやり遂げた先人の英知と不屈の精神に感嘆し、大自然に対する畏敬の念が込みあがってくる。

晴れやかな青空で迎えてくれた黒部ダム

基本コースの運営主体はJTB、各旅行会社が肉付け

富山県地方創生局 観光振興室課長の高田敏暁氏は、キャニオンルートの一般開放が実現した背景に、「立山黒部」の世界ブランド化を目指す動きがあったと話す。

2017年には、県内の関係者が世界水準の滞在型・体験型の山岳観光地とすべく「『立山黒部』世界ブランド化推進会議」を設置。「予算を持った事業体ではないが関係者が集まり、目指す姿の実現に向けた協議を進めてきた。そのプロジェクトの1つとして提案されたのが、関西電力が公募抽選制で実施していた同ルートの一般開放だった」(高田氏)。

高熱地帯では蓄電池式の機関車で運行。2024年度からは新しい機関車と耐熱車両を使用

旅行商品化とツアー運営に向けては、主体となる事業者を公募し、JTBに決定。JTBは基本コースの商品造成と旅行会社向け、消費者向けの販売のほか、キャニオンルート内の専属ガイドの育成もおこなう。基本コースは、1泊2日の4コース。日本国内はもちろん、外国人観光客の需要も見込んでおり、2023年にはインバウンド向けモニターツアーも実施した。

  1. 宇奈月発1便:宇奈月温泉(泊)→欅平→キャニオンルート→黒部ダム
  2. 宇奈月発2便:宇奈月駅→欅平→キャニオンルート→黒部ダム→室堂(泊)
  3. 黒部ダム発1便:大町温泉郷(泊)→黒部ダム→キャニオンルート→欅平→宇奈月駅
  4. 黒部ダム発2便:黒部ダム→キャニオンルート→欅平→宇奈月温泉(泊)

販売価格は、(2)宇奈月発2便の場合で宿泊費を含めて13万円程度を想定。これに、キャニオンルートの販売を希望する旅行会社が、出発地からの交通や前後の観光、宿泊など付けてオリジナルのパッケージツアーを企画し、追加手配の内容を加えた価格での販売となる。

高田氏は基本コースの料金設定について「立山黒部アルペンルートや黒部峡谷トロッコ電車、宿泊の費用が入ることに加え、専門ガイドと安全確保を目的とする安全添乗員も同行する。ツアー実施に必要な要素を含めた料金設定」と説明。旅行商品化に向けた有識者による準備会議では「富山を代表するような品質のツアーにすべき」や「安売りせず、中味を充実させることが重要」との意見もあがり、「これらも勘案した結果」と説明する。

黒四発電所工事で設置したインクライン(傾斜鉄道)は、450メートルの標高差を踊り場のない直線815メートル、34度の急傾斜で昇降する。乗車定員は36人、25トンもの重量にも耐えられるという

新幹線効果で県内や北陸内の周遊促進に期待

キャニオンルートの受け入れ人数は年間最大1万人、初年度は8180人でスタートする。数に限りがあるなか、高田氏は「基本コースは1泊2日だが、できればもう1泊して立山黒部エリアはもちろん、他の地域をあわせた周遊をしてほしい。県内全域にキャニオンルートの効果が波及できるような形で準備をしたい」と期待する。

2024年3月16日には、北陸新幹線が福井県敦賀まで延伸。10月からは、JRグループの北陸デスティネーションキャンペーン(DC)が予定されており、昨秋には北陸DCに向けた「全国宣伝販売促進会議」が開催された。富山県は海越しに立山連峰を望む団体向けの富山湾クルーズなどの新コンテンツを含め、100以上の観光素材を紹介。高田氏は「県内の周遊はもちろん、新幹線の延伸によって北陸3県が1時間程度で移動できるようになる。周遊観光を売り込んでいきたい」と話す。

仙人谷付近の峡谷。上流側のV字谷は、より荒々しさを増す

その目玉の1つとして、キャニオンルートにも期待がかかる。「先人が発電所とダムを造った歴史に終わらず、今も続く現在進行形の場所であり、再生可能エネルギーの発電所として未来に引き継いでいかなければならない場所でもある。過去、現在、未来を感じることができるのが、キャニオンルートの一番の魅力。多くの方に訪れてほしい」と力を込める。

先人の思いを現在も生かし、未来に続けていく新たな立山黒部エリアの観光が、今年から始まる。

換気や掘削した土砂の排出を目的に掘られる横坑からは、光と緑がのぞく。工事当時も、難敵となった自然の美しさが、作業員の癒しにもなっていたように思える

みんなのVOICEこの記事を読んで思った意見や感想を書いてください。

観光産業ニュース「トラベルボイス」編集部から届く

一歩先の未来がみえるメルマガ「今日のヘッドライン」 、もうご登録済みですよね?

もし未だ登録していないなら…