2016年11月8日(現地時間)におこなわれた米大統領選挙により、共和党のドナルド・トランプ氏が次期大統領に選出された。
旅行・観光産業が米国経済にもたらす金額は1.4兆ドルに及ぶと言われる。外交政策は選挙活動において重要な課題として扱われただけでなく、旅行業界の中でデスティネーションとしての位置づけにも大きな影響を与える。今回の大統領選の結果が旅行・観光業界に与える影響にはどのようなことがありうるか。今後想定されるシナリオは――?
ここでは、英調査会社ユーロモニターインターナショナルが大統領選開票前日に発表した、「米大統領選の結果が旅行・観光産業に与える影響」と題するレポートの内容を抜粋して紹介する。
トランプ氏の勝利がもたらす影響は?
最初に結論を挙げておくと、今回のユーロモニター社のレポートは、クリントン氏が勝利するほうが旅行・観光産業に与える好影響が大きいとする内容だった。同社はトランプ氏の勝利によって米国旅行業界への「負の影響」がいくつか想定されると分析している。
選挙運動中、トランプ氏は徹底して米国を中心基盤とする方針を主張し、マイノリティや移民を刺激する言動を継続。さらに外交政策では、「Peace Through Strength(力による平和。ラテン語の警句で"敵に攻撃される可能性のない強い社会"を作ること)」を訴え、中国やメキシコなど主要取引国に対しても、横柄と受け取ることができる言葉で対峙していた。
重要な方針として、約1100万人とも言われる米在住の不法入国者追放がうたわれ、ムスリム(イスラム教徒)やテロ被害を受けた人々の入国を全面禁止とする内容も含まれている。さらにトランプ氏は、NAFTA(北米自由貿易協定。米国、カナダ、メキシコの3国間で締結した自由貿易に関する協定)のような重要な合意内容の見直しや、輸入品の関税大幅引き上げも方針に掲げていた。
これらはすべて米国民の生計を保護し、米国が確実に真の国際社会になるための方策と位置付けられている。しかし氏が掲げた公約が本当に成立した場合、すべてが観光産業に「負」の影響を与えると予測される。
以下のグラフは、米国とメキシコにおけるインバウンド旅行者数を示したものだ。メキシコへの旅行者の約8割が米国から、米国への旅行者の2割以上がメキシコからとなり、互いに主要な取引国になっていることがわかる。
また、例えばムスリムについていえば、彼らの米国への旅行が禁止された場合、最大で年間約710億ドルの損失が発生し、13万2000人の労働者を失うことになる。その損失には、旅行での直接消費と間接消費、税収、教育機関に費やされる金額なども含まれる。
同様に、米国とメキシコ間の経済関係の悪化も旅行業界において重要課題となりうる。旅行市場の拡大には、その国の「評判」が大きなカギを握るため、イン・アウト双方向の市場が縮小する可能性がある。ラテンアメリカのベストシティとしてメキシコ内の複数都市をリストしているAirbnb、米国民だけでなくメキシコ国民も意識した大規模投資を続けてきたエクスペディアなどは、負の影響を受ける恐れがある企業の一例だ。
今後海外旅行者数の急増が予測される中国でも、米国を否定的にとらえる可能性が出てくる。さらにアクセサリーや衣類といった海外商品に対する関税率の増加は、米国へのショッピングツーリズム市場にも悪影響を与えかねない。
女性への性的暴力問題や、同性愛の非合法化を訴えるスタンスは、旅行業界で成長が顕著な2大市場、「女性」「LGBT」の米国訪問率を下げてしまう恐れもある。
不安材料は新大統領のほかにも
米商務省の最新のデータによれば、海外市場(メキシコとカナダを除く)から米国への旅行者数は2016年4月時点で2.1%増を記録しているという。また、米国内の経済成長や賃金の改善により、国内旅行市場も増加傾向にあった。これまで米国では、大統領選の結果が観光産業に「負」の影響をもたらすことはあまりなかったといえる。
しかし、ビジネス旅行の国際機関であるグローバルビジネストラベル協会(GBTA)は、米国大統領選挙の行方に加えて世界的な不安材料を背景に、「多くの企業が特に長期の海外出張を控える傾向にある」との懸念を示す。さらに、大統領が誰になるかだけでなく、上院・下院の内容も、今後の方針と計画、法制定に大きな影響を与えるはずだ。議会やそれぞれの州の外交担当者がうまく機能するかどうかも、米国の旅行業界の動向と密接に関連する。
―― 多くの企業、特に旅行会社における2017年以降のビジネス戦略の方向性は、今後トランプ政権下で具体的に決定してゆくはずのさまざまなシナリオに委ねられることになるのだろう。
もしクリントン氏が勝利していたら・・・
最後に、もしもクリントン氏が大統領になっていた場合に想定されていた特徴的なシナリオを簡単に挙げておく。まずクリントン氏は、公共交通機関などのインフラ整備に2750億ドルの投資をおこなうとしていた。もしこれが実現すれば、旅行者に恩恵を与えるだけでなく、米国の雇用創出も叶う。投資対象には、空港や道路、橋梁などが含まれるため、インバウンド旅行者のみならず国内旅行者にも大きな好影響を与えることが期待されていた。
また、クリントン氏はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には反対しているものの、NAFTA(北米自由貿易協定)の維持を公約として提示。メキシコのほか、米国にとって第3の市場である英国、第4の市場である日本などの主要パートナーとの関係維持もおこなうとしていた。
※本記事は、英国を拠点とする国際市場調査大手「ユーロモニター」社が選挙開票前に発表したレポートにもとづくものです。同社の許諾を得てトラベルボイスが日本語に翻訳・編集しました。