インバウンド市場で、“ONSEN(温泉)”というワードは日本らしい体験として人気が高い。その人気の高まりを受け、訪日外国人旅行者の誘致で試行錯誤をしている温泉地は多いことだろう。日本屈指の温泉地、群馬県の草津温泉もそのひとつだ。
インバウンド市場の開拓を担う草津温泉観光協会はデジタルマーケティングに注力。観光PR動画をYouTubeで配信し、再生回数を伸ばすとともに、実際の誘致にも結びつけている。その秘訣を担当者に聞いてみた。
ターゲットを絞ったYouTube広告戦略
草津温泉観光協会は昨年10月に、インバウンド市場向けにYouTubeで「Kusatsu Onsen, Japan」の夏バージョンを公開。その再生回数は今年3月時点で160万回を突破した。自治体が制作する観光PR動画としては異例の大ヒットと言っていい。第二弾として秋バージョンも公開。続いて冬、春と、季節ごとの草津温泉を紹介する動画を配信する予定だ。
夏バージョン/Kusatsu Onsen, JAPAN - Summer(約3分半)
https://youtu.be/V39G6FUQaz8
秋バージョン/Kusatsu Onsen, JAPAN - Autumn(約2分半)
https://youtu.be/6qPcpprckgo
撮影・編集は、数々の自治体PR動画を手がける永川優樹氏が担当。草津温泉観光協会が要望したのは「ノンバーバルで日常を描く」「草津の人間ではない永川氏が見たありのままを描く」の2点だったと、この動画を担当した同協会福田俊介氏は明かす。第一弾の夏バージョンは当初3分未満に抑える予定だったが、撮れ高がよかったため3分36秒まで伸びた。
ここまで再生回数が伸びた要因として、福田氏は「インバウンド向けのメディアで紹介してもらったことに加えて、グーグルとの協業が大きい」と話す。YouTubeでは、旅行好きが見る傾向にある動画に、視聴前に5秒でスキップできるインストリーム広告とYouTubeの検索結果画面や再生画面などからリンクで動画へ誘導するディスカバリー広告を打った。
ターゲット市場はアメリカ、オーストラリア、台湾。福田氏は「アメリカはネット大国。オーストラリアは草津温泉のホームページのアクセス数が多く、今後のスキー需要にも期待しているため。台湾は草津温泉で最も大きなインバウンド市場であると同時にSNSでの拡散にも期待した」とターゲット絞込の理由を明かす。
広告を打つ前の再生回数は1万〜2万程度。「何も仕掛けをしなかったら、オーガニック(自然増)で伸びても数十万回程度だっただろう。作って載せるだけではダメだと分かった」。
YouTubeは、誰もが動画を世界に向けて発信できる強力なメディアツールだが、世界中から流れ込む動画の洪水のなかから、掲載動画を見つけてもらうのは至難の業。そのうえに、見てもらいたい人に見てもらうのはもはや偶然の領域だ。多くの自治体が大きな予算をかけて観光PR動画を制作しYouTubeで配信しているが、再生回数が数千回にとどまっているケースも多いことを考えると、草津温泉の取り組みは示唆に富む。
動画視聴が訪問の決定要因になった台湾人旅行者も
草津温泉観光協会ではこの動画のフォローアップも行っている。
草津温泉を訪れた台湾人観光客に聞き取り調査を今年2月から実施。3月15日までの結果では、調査対象136人中32人が動画を視聴し、そのうち14人が草津温泉を訪れる決定要因になったという(複数回答)。また、動画を見た後に同協会のホームページにアクセスしたという回答も多い結果となった。この調査は3月以降も継続されており、今後さらに詳細な動画と集客の関連性が明らかになると期待されている。
また、動画に寄せられたコメントを見ると、「行ってみたい」「美しい」といった一般的な感想や「木の板でお湯をかき混ぜるのはなぜ?」といった、伝統的な「湯もみ」に対する素朴な疑問などが多い。興味深いのは「初めて最後まで見たPR動画」というコメントが多いこと。逆に言うと、いかに途中で離脱してしまうPR動画が多いかということだ。
一切の説明を省いたことで、映像がシンプルになり、PRにありがちな押し付けがましさが感じられないのが、惹き付け続けた一因かもしれない。このほか、「このBGMは何の曲?」「音楽が素晴らしい」という反応も散見され、ここにも見られる動画のヒントがありそうだ。
持続可能な観光産業に向けてインバウンドに期待
2016年の草津町への総入込客数は前年比3.7%増の307万3,794人。そのうち、宿泊客数は204万0,002人、日帰り客は103万3,792人。ここ数年増加傾向にあるという。外国人旅行者数は宿泊ベースで約3万7,000人。総入込客数の1〜2%ほどだが、「町を歩いていると、もっと来ているような感覚がある(福田氏)」ようだ。
台湾人旅行者への調査でも、東京を起点として、軽井沢、湯沢、新潟などへの周遊で草津温泉に立ち寄った個人旅行客(FIT)が多いという。
一方、国内の需要を見ると「最近になって20〜30代の日本人旅行者が増えてきたが、卒業旅行やサークル活動などイベント的な旅行が多く、定期的に訪れるのは依然としてシニア層が中心」と福田氏。人口減少が進むなか、そのシニア層も今後減っていくと予想され、草津町にはインバウンド市場でその穴埋めをしたいという思惑がある。また、日本人旅行者はお盆、ゴールデンウィーク、紅葉などに偏りが見られるなか、シーズンの平準化を図るうえでも訪日外国人旅行者にかける期待は大きい。
福田氏は「将来、持続的に現在の水準を維持していくためには、総入込客数のうち15〜20%を外国人旅行者にしていく必要があるのではないか」と想定する。草津温泉観光協会では、デジタルマーケティングを通じて、夏のハイキング、冬のスキーなど温泉以外の体験素材もインバウンド向けに訴求していきたい考えだ。
取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹