成功している欧米DMOの特性とは? 日本と異なる7つの共通点を分析した【コラム】

こんにちは。近畿大学経営学部の高橋一夫です。

第2回の「今、なぜ観光産業でDMO導入が叫ばれるのか?」では、日本において従来の観光振興のあり方に限界が見えてきていることを指摘し、観光振興の現場で変化が求められていることを示しました。地方創生、日本を取り巻く観光市場の変化、ICTの活用によるビジネスモデルや観光振興のあり方の変化、それらに対応しきれず制度疲労を起こし始めた観光行政と観光協会などの従来型の観光振興組織。こうした時代の変化と要請に応える新たな「観光地経営」の主体がDMOだと述べました。

トラベルボイスで第2回が掲載された後、「うちの地域では、ポスターやパンフレットを地元企業の私たちの事務所に貼って欲しいと言われている」というメールを頂きました。観光ポスターを地元に貼って効果が出るとは思えない、という疑問はもっともなことです。美しいポスターを作ることが目的(評価)となり、そのポスターによって観光客を誘致することは検証されないということを意味しています。第3回のコラムから数回にわたって、こうした勘違いが生まれてしまうのは、観光振興組織の組織マネジメントとガバナンスに課題があることを指摘していきます。これがひいては観光振興組織の機能の「質」に欧米と日本では違いがあるということ示していきたいと思います。

欧米DMOのマネジメント特性

第1回のコラムでも述べましたが、「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」には、「欧米の先進事例も踏まえ、望ましい機能を備えた日本版DMOを早急に育成する」ことが盛り込まれました。「望ましい機能」を発揮するためには、組織設計とそのマネジメントのあり方が重要です。「人間関係とその場の空気」で物事が進んで行ってはマネジメントもガバナンスもありません。

私は2013年と16年に欧米のDMOの組織運営についてヒアリングをする機会に恵まれました。話を伺う中で、うまくいっている欧米DMOの因果のメカニズムともいえる7つの一致項目が見えてきました。中には一致しないDMOもありましたが、一致しない原因もその場で確認できましたので、私はこの7つの項目を「欧米DMOのマネジメント7特性」と名付けました。また、これら7つの特性は、日本の観光振興組織との差異につながる項目でもありました。


表1. 欧米DMOのマネジメント特性

※出所:高橋一夫『DMO観光地経営のイノベーション』学芸出版社、2017年、p.73から抜粋

表1. はその7項目を論点として、成果を上げている欧米6箇所のDMOがそれぞれの項目ごとにあてはまっているのかを整理したものです。ロンドン&パートナーズが「多様な財源の存在」の項目で当てはまっていませんが、それ以外は全ての項目で当てはまり、一致しています。6つのDMOがなぜ成果を上げているのかについては、少なくともこれらの項目が一致しているからではないかということが示唆されます。そこで、これらの項目にどのような意味があるのかを考察しましたが、ここでは特にDMOで働く人材と財源に関することを中心に読み解いていきたいと思います。

1. DMOとそこで働く人材

論点2. に「行政とDMOの機能がしっかりと分担されているか」を指摘しています。観光行政と観光協会が同じことをしている、というのは日本ではよく見かけます。行政から観光協会にプロモーション用のパンフレットの作成を委託したにもかかわらず、広告代理店が持ってきた文字稿のチェックを行政職員が観光協会と一緒になってやっている、というケースはどう考えたらよいでしょうか。2つ考えられます。1つは、行政も観光の仕事はプロモーションしかしていないということ、もう1つは、観光協会の職員の能力を信用していない、ということです。これでは、観光協会は予算の執行窓口という批判しか出てきません。しかし、観光協会の職員がマーケティング能力の高いプロフェッショナルであったらどうでしょう。行政職員は観光協会にプロモーションは任せ、それとは違うことをするはずです。

論点3. にある「プロパー職員による運営」は、ここに掲げた6か所のDMOに限らず、私がヒアリングに伺った欧米のDMOは全てプロパー職員によって運営されていました。行政からの出向だけでなく、民間からの出向もありません。出向者は基本的に限られた期間、出向先の組織にとって不足するノウハウやスキルなどを提供してくれる存在であり、契約期間の終了あるいは一定の役割を果たした時、その任は解かれ元の組織に戻っていきます。当然、出向者のロイヤルティは出向元にあるのが一般的です。

今年1月の日経新聞の「私の履歴書」はカルロス・ゴーンさんでした。彼はブラジル生まれで、ミシュラン、ルノー、日産自動車とグローバル企業の経営を担ってきましたから、その中で「人間のモチベーションを左右する最も重要なものは帰属意識(belonging)」でどこの社員であるのかということが「とても重要であり、働く意欲の源泉になる」(日本経済新聞大阪本社版朝刊2017年1月18日号)と述べていることに、私はいささかの驚きを禁じえませんでした。しかし、これが働く人間の本質であるとすれば、DMOは出向者の集まりではなく、帰属意識をもった人たちにより組織運営されることが成功のポイントになっていくことが分かります。

日本の観光振興組織への出向は、行政からだけでなく民間からであっても必ずしも出向先が求めるノウハウやスキルを有する方が出向するとは限らないようです。こうした方が高いポストにつくと、専門性の連鎖が断ち切れてしまい、プロパー職員の方がスキルが高いため、適切な判断や指導ができないこともあるようです。

また、論点4. 「DMOによる人事評価」については、欧米DMOは全員プロパー職員ですから、当然その人の成果に基づいた評価が組織内で行われます。しかし、日本の場合は、行政からの出向・民間からの出向ともに出向元が人事評価をするケースが多くみられます。行政には「退職出向」という制度があります。公務員としての地位・身分を辞して民間企業に移籍し、一定期間の出向の後に、再任用という形で公務員に戻ることが担保されているのですが、このケースでも出向元の行政が人事評価をするケースが見受けられます。

サラリーマンは評価のあり方や評価基準で働き方が変わるのは経験的にもよくわかることでしょう。どちらに顔を向けて仕事をするのかは言うまでもないことです。出向した方は双方からの板挟みで辛い思いもされていることでしょう。

2. 多様で安定した財源の存在

DMOが専門性の高いプロフェッショナルを雇い、観光行政から観光プロモーションを全面的に任されるということになれば、当然結果責任が求められるでしょう。権限には責任が伴いますから当たり前のことでもあります。しかし、そうしたプロには一定の年棒も保証する必要があり、安定的な財源が大前提となります。

表1. にありますサンフランシスコ・トラベルアソシエーションの2015年度の予算は3580万ドル(約43億円ヒアリング当時$1=120円)でしたが、このうち人件費の割合は39%で総額16億7500万円になります。90人職員が働いているとのことでしたので、1人平均の年棒は1861万円です。ビジット・ナパ・バレーでは、組織のナンバー2の方の人件費は17万5千ドル(約2100万円)とのことでした。

人件費以外にも、当然プロモーション関連予算なども必要ですから、欧米DMOの運営資金は行政の補助金だけでなく、表1. 論点5にあるように会費、自主事業収入のほか、宿泊税、TID負担金、協賛金など多様な財源が存在しています。こうした多様な財源は、民間事業者の徴税義務や分担金・負担金によって成り立っています。上記の高額な年棒も、民間事業者の理解と協力があってのことですから、当然それに見合った成果をDMOは出していかなければなりません。論点6. の「緊張感のある関係」とは、成果に対し責任を持つDMOのプロとしての自覚から出来上がってくる「良い緊張感」といえるでしょう。

表2. 全国の観光振興組織の2014年度の収入内訳

※出所:観光庁「国内外の観光地域づくり体制に関する調査(2015年)」(n=272)

日本の観光振興組織の場合は、表2. のように国・自治体からの補助金、地方公共団体からの受託収入に頼る構造になっています。今後の人口縮小時代にあって、公助に頼る構造がよいのかどうかは、宿泊税やTIDなどとともに改めて論考したいと思います。

今回はDMOのマネジメント特性から人と財源に関わる論点を解説しました。DMOがその機能を万全に発揮するためには、その裏付けとなるマネジメントが必要だということです。もっとも、今の日本の観光振興組織のマネジメントに簡単に当てはまることとは思えません。そこで次回は、なぜ日本の観光行政や観光振興組織は、これらの取組がしづらいのかについて、自治体へのヒアリングをもとに解説するとともに、欧米DMOのマネジメント特性の何から始めることが可能なのかについて述べていきたいと思います。

また、欧米DMOのうち、バルセロナ観光局、ロンドン&パートナーズ、ハワイツーリズムオーソリティの事例解説と7つのマネジメント特性のその他の解説及び逸脱事例は、拙著の『DMO-観光地経営のイノベーション』をご参照頂ければと思います。

高橋一夫(たかはし かずお)

高橋一夫(たかはし かずお)

近畿大学経営学部教授 科学大学教授、2012年より現職。1983年にJTB入社後、西日本営業本部営業開発部長、コミュニケーション事業部長などを歴任。2007年から流通スポーツコミッション関西の幹事として「関西ワールドマスターズゲームズ2021」を招致。主な編著書に『CSV観光ビジネス』(学芸出版社、2014年)、『旅行業の扉』(碩学舎、2013年)などがある。大阪府立大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。

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