新・世界遺産に決定した長崎「潜伏キリシタン」、観光推進の期待や課題を整理した【コラム】

2018年6月30日に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されました。世界遺産への登録で注目が集まり、来訪者が増えることが期待されますが、世界遺産に関わらず教会などの関連資産が信仰の場として日常的に機能しているため、同地域に来訪者が集中し、多大な負荷がかかる懸念もあります。

そのために地域ではどのような取り組みがおこなわれているのでしょうか。世界遺産登録を契機として観光客に地域の個性を伝え、見学者の来訪を遺産の維持管理に役立てていくために、さらに一歩踏み込んだ文化遺産活用に向けた対策が期待されます。当コラムでは今回の世界遺産登録の背景や経緯から、観光の推進に向けた今後の期待や課題をひも解いていきます。


(執筆:JTB総合研究所 主席研究員 河野 まゆ子)

1.「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の価値

資産の概要と登録までの経緯

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、日本でキリスト教の布教や信仰が禁止されていた潜伏期間の証拠となる遺産にスポットを当てたものです。著名なものでは、キリスト教禁教の大きな要因となった「島原・天草一揆」の舞台となった「原城跡」、「信徒発見」で禁教を耐えてきたキリスト教者が宣教師に発見され、新たな信仰のありかたを迎えるきっかけとなった長崎市の「大浦天主堂」があります。このほか、禁教時代にこっそりと固有の信仰形態を育んでいったことの証しとなる10か所の「潜伏キリシタン集落」が構成資産に含まれています。禁教時代、キリシタンの多くは長崎の中心部から、役人の目が届きにくい地方部へと移り住んでいきました。遠藤周作記念館のある外海や平戸のみならず、内地における迫害の激化に伴う移住先である五島列島に集落跡が多く残っています。

資産の推薦に至るまでの経緯は、決して順調ではありませんでした。2016年に「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として推薦する予定だったところ、同年2月、文化遺産調査を担う諮問機関イコモスが「長い禁教の歴史の中で信仰を守ってきたことが日本のキリスト教信仰の特色で、そこに焦点を絞らないと登録は困難」という見解を提示。このため、確実な登録を狙うためにストーリーや構成資産の見直しを行うこととし、この年の推薦を取り下げた経緯があります。

日本のキリスト教史を振り返ってみると、フランシスコ・ザビエルが1549年に日本での布教活動を開始してから450年にわたり、キリシタン大名下での繁栄、秀吉時代以降の激しい弾圧とこれに伴う神父不在期間、明治期の「信徒発見」以後の「崩れ」などを経たキリシタンの潜伏と復活、という世界宗教史上稀にみる激動の歴史が存在しています。当初推薦予定だった「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、この長いストーリーを大浦天主堂や五島列島などにある教会群、島原の乱の舞台となった原城跡を含む14の構成資産で示したものでした。その後、イコモスの助言を踏まえ、「禁教・潜伏期間の独自性」を伝えることができる構成資産に組み替えたことにより、教会のいくつかを構成資産から外して「集落」単位での登録に切り替え、熊本県天草地域がこれに加わったという流れです。

遺産の価値

登録に向けた紆余曲折は、日本が理解していた遺産の価値が、他者、特に欧米の目からみてどう見えるか、その価値の本質がどこにあるか、ということを問い直す機会となりました。世界共通の物差しで測る文化財価値と地域が物件に対して認めている価値に大きな隔たりがあることが顕在化し、価値評価に係る仕組みの限界が示されたと言い換えることもできるでしょう。世界文化遺産の仕組みが欧州起源であることから、キリスト教関連ジャンルの遺産は全世界で数多く存在している状況です。

また、キリスト教の伝播と発展という側面は全世界の多くの地域で共通しており、そこに「唯一の価値」があるとは認められない、というのが国際的な文化諮問機関の見解でした。建築の来歴や技術的優位性が明確でない教会については、そもそも「文化財」の枠組みからも外れてしまうことになります。

「潜伏」という単語を物件名に表現して客観的・国際的価値を明らかにしたものの、ひっそりと隠れ住んだことが価値ということになれば、歴史の物的証拠が少ないこととの裏返しでもあります。いざ禁教が解かれた後に作られた、溢れる喜びを表現したような教会建築群の多くは今回の構成資産から外れています。

結果として、視覚的にその価値がわかりにくい物件を多く含むこととなり、本物件の価値やストーリーを視覚情報だけで理解することは容易ではありません。地域信者にとっては文化財や世界遺産という看板以上に価値のある信仰の場が、登録を契機として従来とは異なる新たな価値を生み、それが地域に何らかの影響をもたらすことにつながるのです。

2. 世界遺産観光の推進に向けた期待と対策

来訪ニーズ

本年5月に実施したインターネットアンケート調査では、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を訪れたい理由として、「長崎・熊本観光のついで」が最多で40%となったほか、「世界遺産になる」ことを理由に挙げる人が約30%を占めました(図1)。

また、「離島に行きたい」が約14%と、当該地域らしい離島観光を彩る要素のひとつとして構成資産を捉えており、これらの“歴史文化を知ることが主目的ではない人”は主に40代以下にみられます。歴史文化に造詣が深く、事前に自力で構成資産のことをきちんと調べて来るような従来の客層とは異なる“物見遊山層”の来訪が増加することは避けられず、地域は、これらの方々が現地を訪れた際に、世界遺産にとどまらない地域の魅力をきちんと伝え、来訪を契機として地域への理解を深めてもらうための取り組みを推進しています。

図1:「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産を訪れたい理由

構成資産のうち、特に集落や弾圧・迫害が行われた記念箇所などについては、視覚的に価値がわかりにくいと言えます。しかし、主に島嶼部ではタクシーやガイドが不足しており、個人観光客がスムーズに移動したり、都合に合わせてガイドを手配できる環境が整っているとは言い難い状態。これらの課題解決のため、長崎県は無人の教会にボランティアの案内人(教会守)を配置する取り組みを行っているほか、五島列島・小値賀地域では、着地型のツアーとしてガイド付きのプログラムを販売し、安全確実な移動とインタープリテーションによる価値を合わせて提供しています。

今後の課題は、有料ガイドの質の維持向上と均質化、宿泊・交通事業者や地域に居住する信者さんなどの様々な立場の方々が、負担のない範囲で地域のかたりべとなって、地域のストーリーの一端を来訪者に伝えていけるような地域全体としての機運醸成であると言えるでしょう。

中ノ浦教会(新上五島町中通島) 筆者撮影江上天主堂(奈留島) 筆者撮影

また、当該地域の教会(旧教会を除く)では、堂内の写真撮影はマナー上禁止とされています。一方で、キリスト教のお膝元であるヨーロッパでは、ミサ中以外の時間帯であれば堂内撮影を可とする教会も多いのが実情です。「すべての教会で写真撮影禁止」は、いわゆる日本におけるローカルマナーであるため、日本人観光客のみならず、キリスト教信者である外国人観光客であっても、ローカルマナーに気付かない可能性やこれに疑問を呈する可能性があります。地域信者の意向を最大限尊重すべきであるのはもちろんのこと、そのための見学ルールやマナーは、来訪者にとっても客観的合理性があり、納得のいくものでなくてはいけません。

地域資産の国際的な価値が認められたことを契機とし、地域と来訪者が各々に自らの権利を主張するのではなく、互いがそれぞれにいくばくかの負担や不便を認めつつ、ともに遺産を後世につないでいくための手法について、運用を重ねながら模索していくことが求められることになります。

オーバーツーリズムへの危惧

「集落」や「まち」が世界遺産となっている先行事例には白川郷や石見銀山などがありますが、それらと比べものにならないほど日常生活に近接した地区が本物件の構成資産となっており、飲食や宿泊、トイレや駐車場など、観光地と呼ばれる箇所にあるはずの付帯施設やサービスを有する集落は希少です。

特に人口減少の著しい島嶼部においては、信者数が減少しているうえ、ひとりの神父が複数の教会を掛け持ちするため無人の教会も多数存在します。このような場所で来訪者の一極集中を防ぐためには、観光客の行動をコントロールするための事前情報提供が不可欠となります。

当該地域では、教会行事などにより見学できない日時の周知や、老朽化した施設への負担軽減のため、9つの教会・旧教会で見学に際しての「事前連絡」が義務付けられています。しかし、事前連絡に関する情報は、地域の自治体または世界遺産に関するウェブサイトやパンフレットなどでの掲出・発信が主で、前述の“事前に自力で構成資産のことをきちんと調べて来る従来の客層”にしか情報が届いていないのが実情です。5月の調査時点では、わずか7.7%の人しか事前連絡の義務付けを認知していないことが分かっています(図2)。

人数制限の徹底のためには、この情報が一般化するまでの間、現地における目視による案内や注意との併用で運用するほかなく、受入のための人的コストは極めて大きくなることが予想されます。新上五島町は、構成資産への来訪集中緩和と集落の環境保全のため、2018年4月より頭ヶ島天主堂のある白浜地区への入場にパークアンドライドを導入。事前連絡と併せて運用することで、施設の適正な維持管理と来訪時間帯の平準化を目指しています。

図2:世界遺産候補エリア内の教会見学時に「事前連絡」が必要であることを知っているか

3. 「世界遺産」と「そうでないもの」

今回の登録を、観光誘客の促進につなげる際に留意すべき点がふたつあります。ひとつは、「集落」という価値が判りにくい遺産ではなく、目で見てその美しさや価値を理解しやすい「教会」を主たる来訪目的にすることが予想されること。もうひとつは、「世界遺産になったもの」と「そうでないもの」を、来訪すべきかどうかの価値判断根拠にする可能性が高いことです。調査によれば、「構成資産以外の教会もできるだけ多く訪れたい」と回答した人は約13%、「世界遺産以外の教会も、見どころのある教会を選んで訪れたい」と回答した人は23%(図3)。合計すると三分の一以上が「多くの教会を見たい」と希望しています。一方で、20代は「世界遺産であっても教会は最小限でいい」と回答した人が40%を超えており、年代別に遺産への興味関心度合いが大きく異なる結果となりました。

図3:構成資産以外の教会も、あわせて訪れたいと思うか

ほとんどの教会では入場料を徴収していません。また、キリスト教における“寄付”の思想のあり方から、「維持管理のための費用徴収」を各教会単位で義務付けすることは難しいと考えられます。とはいえ、住民以外の来訪者が増えれば、施設維持管理のためのコストは増大していきます。国の文化財維持管理予算が逼迫している状況下にあって、基礎自治体にその維持管理予算を潤沢に計上する体力もありません。

通常、各集落の教会の維持管理や清掃は、地域の信者コミュニティによって成り立っていますが、観光によって地域への負担が増えることを前提とした仕組みづくりではなく、負担を軽減するための手法として観光を活用する仕組みを検討することが、地域における信仰活動と観光との共生のために必要になってきます。「世界遺産の教会」にコストを押し付けることや、人気のある教会に収益が集中することを防ぎ、「それ以外の教会」群とコストや収益、人的資源などとバランスよく分け合う保全・運用の仕組みの構築は急務と言えるでしょう。

宗教施設における入場料以外の消費、という側面からみると、近年注目が高まっているもののひとつに「御朱印」があります。金額に定めはないようですが、多くの社寺では300円という金額を設定しています。御朱印が隆盛したポイントのひとつには、その施設(あるいは神さま)と縁を結んだ記録が美しいかたちで可視化される、という点にあるのではないでしょうか。

教会での献金はお礼の気持ちの表れではあるものの、一方的な献金を行うだけでは、“そこを訪れた”という記念、“その教会のためになることを自身がわずかでもコミットした”という縁を結んだ気持ちを可視化することができません。

欧州の教会では、献金箱の近くに御絵が置いてあり、献金をした方が自由にそれを一枚受け取るようにしているところもあるようです。「教会見学のお礼(気持ち)として、献金箱にいくらなら支払ってもよいと思うか」という質問に対しては、平均して500円という回答を得ており、文化財や教会建築への興味関心度と金額の多寡には相関関係があります(図4)。信者以外の来訪が活発化してくる環境下においては、無人対応でも可能な、「献金行為を可視化できる仕組み」の導入をすることも検討の余地があると言えます。自然遺産では環境税を徴収している地域もあり、東京都では「宿泊税」が存在します。来訪者ひとりひとりが、地域が何百年の長きにわたり大切に守ってきたものを「見せていただく」という気持ちを持つことも重要ですが、地域行政単位で世界遺産登録を推進してきたという経緯を考慮すれば、個々人の善意に任せるのみならず、遺産を維持管理するための費用の一部を、協力金や基金という形で来訪者が公平に負担する仕組みを構築していくことが望ましいのではないでしょうか。

図4:教会見学のお礼(気持ち)として、献金箱にいくらなら支払ってもよいと思うか(自由回答)

4.「世界遺産」を見ることで見えなくなるもの

地域ブランディングの功罪とも言えるのが、地域のある側面に強い光を当てすぎると、他のものが霞んで見えなくなるという問題です。今回のケースも、広域に点在する資源を「世界遺産」という共通の文脈で括ることにより、特に観光という文脈による地域ブランディングが確立しきれていない地域において、同様の影響があると思われます。

2016年に成立した「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法(通称:国境離島新法)」を受けて、内閣府は同年に国境周辺離島活性化に向けたプロジェクト「日本の国境に行こう!!」を開始しました。五島列島地域においても、離島ならではの環境や資源を活かした新たな観光コンテンツの拡充を推進しています。

また、当地は日本遺産「国境の島 壱岐・対馬・五島」の構成資産も有しています。その結果、五島列島地域の観光は、「国境」「離島における滞在型観光」「世界遺産」「日本遺産」といういくつかのフィルターを通じて語られることになりました。そのことが、当該地域における観光資源の多様性を示す効果がある一方で、地域が有する、独自性のある本来の価値を見えにくくする側面があることも否定できないのが実情です。

旧野首教会がある小値賀の野崎島は、プリミティブな巨石信仰を礎に、西方の地ならではの外敵に打ち勝つ神を祀る神道が融合し、後年にはキリスト教を受け容れる鷹揚さがありました。野首教会再建時には土地に多くのロザリオなどの信仰道具が埋められ、地鎮祭にみられるような、土地神さまに対し畏れ敬意を示す日本独自の思想が透けて見え、天上の神を崇めながらも日本人固有の土地に根差した宗教観と不思議な擦り合わせがなされてきたことがわかります。

小値賀島は、石器時代から人が住み、朝鮮半島との交流のなか早くから鉄を得て、鯨や水産業、酒造で栄える、極めて「和風」で文化成熟度の高い都市でした。福江島や久賀島などからなる下五島や、中通島を中心とする上五島は、キリシタンの発展から弾圧、潜伏までの足跡をめぐることができる地域である一方で、遣唐使船や朝鮮交易時の経路にあたります。

福江島には空海が唐から戻る経路で宿泊したゆかりの寺があるほか、旧五島藩の御用芸能であった念仏踊り「チャンココ」は朝鮮文化の名残を示し、大陸との交流の証拠が多く残ります。上五島の日島には主に中世~近世時代の古墓群があり、貿易拠点並びに軍事拠点として当地が機能していたことを示しています。当地では採掘されない石も多く見かけられ、船のバラストを活用していることがわかります。中世以降、長きに渡り“共同墓地”として連綿と利用され、異なる様式の石塔や現代の墓石までずらりと並ぶ景観は極めて特異だと言えるでしょう。

曲遺跡の古墓群<日島の石塔群> (新上五島町日島) 筆者撮影

「世界遺産」という共通文脈に光を当てすぎてしまうと、当地にキリスト教がやってくる以前に小値賀、上五島、下五島がそれぞれに積み上げてきた複層的な歴史や土着化した信仰・風習に紐づく、地域固有の歴史価値を伝えきれない可能性があります。よって、世界遺産登録を契機とした持続可能な観光振興に向けては、構成資産を有するそれぞれの地域が連携しながら、地域のオリジナル性を表現することに一層注力していくことが求められることになります。

イコモス勧告による世界遺産登録申請の見送りを契機として、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界的に有する価値、並びに地域がそれに認めている価値のギャップが明らかになりました。古代信仰の聖地だったと推測される野崎島において破壊もなく自然にキリスト教が融合していったこと、神仏を図像化する特性を持つ日本人だからこそ「絵踏」という特殊な手法が効果を示し、これによりキリシタン弾圧が行われたこと。潜伏キリシタンの歴史をめぐりつつ、地域の地理的環境や産業を含めた長い歴史を重ね合わせて見ることによって、日本ならではの信仰習慣の特殊性や、複数の信仰をゆるやかにマッチングできる習合のありかた(それは世界遺産の文脈では語られない)を改めて客観的に確認することができます。「世界遺産」を知ることは、裏返せば、日本における歴史文化のオリジナリティを知ることであり、ひいては、それが息づいてきた地域のかけがえなさを知ることにつながるのです。

※図1~4 出所:「『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』に関する消費者意識調査」(JTB総合研究所)

  • 実施日:2018年5月22日~24日
  • 調査手法:インターネットアンケート調査
  • 調査対象者:首都圏、近畿圏、及び長崎・熊本を除く九州圏に居住する20~60代男女
  • サンプル数:1505
  • 調査協力:株式会社バルク

※この解説コラム記事は、JTB総合研究所に初出掲載されたもので、同社との提携のもと転載掲載しています(トラベルボイス編集部)。

河野まゆ子(こうの まゆこ)

河野まゆ子(こうの まゆこ)

JTB総合研究所 主席研究員 精緻なデータに基づき、地域資源を活用した観光振興に係る戦略づくりを支援する地域密着型コンサルタント。

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