こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。
観光地域づくりのかじ取り役であるDMO(観光地域マーケティング・マネジメント組織)について、本場米国での研修や、実際に米国、欧州を現地調査した経験をもとに、日本のDMOを支援しています。
2018年の夏、米国のDMO最大の業界団体で、100年以上の歴史を持つディスティネーション・インターナショナル(DI)の年次総会に出席してきました。米国のDMOは実際にどんな活動をおこなっているのでしょうか。
今回は、この年次総会の開催都市となったカリフォルニア州アナハイムのDMO、ビジット・アナハイム(Visit Anaheim)について、年次総会の受け入れを中心に印象に残ったことをご紹介します。
アナハイムが消費拡大のために行ったこと
アナハイムはロサンゼルス国際空港から車で約40分、ロサンゼルスのダウンタウンから南東45kmほどに位置する、人口約33万人のオレンジ郡にある都市です。アナハイムには、ディズニーランドがあることで有名です。最近は、ロサンゼルスエンジェルスに移籍した大谷翔平選手の大活躍も大きな話題になりました。
さて、DIの年次総会は、インターネットで参加申し込みをすると、事務局からは開催数日前に注意事項がeメールで配信されます。今回はその案内の中に、アナハイムのDMO、ビジット・アナハイム(Visit Anaheim)による「アナハイムの楽しみ方」ページへのリンク先URLが掲載されていました。DIの年次総会には3回目の私ですが、過去2回の開催地ではそんなリンクはなかったので、おや、と思いました。
このURLをクリックすると、ランディングページにはビジット・アナハイムCEOからのDIの年次総会の参加者を歓迎する挨拶が掲載されました。DI年次総会用に特設ページを作るとは、小さな工夫ではありますが、アナハイムが歓迎しているという、おもてなし感が表現できていました。これでアナハイムに行くことがちょっと楽しみになります。
さて、CEOのあいさつに続き、DMOスタッフが個人的にお勧めする食事場所、ディズニーランドの花火が最もきれいにみえるバー、地元の人が行くカフェ、おしゃれな買い物スポットなどが紹介されます。また、米国でも話題の大谷翔平選手の活躍といったニュースも引き合いにだしながら、野球の試合観戦も提案しています。
これは地元アナハイムの街中での消費を促すための、巧みなプロモーションです。良く考えると、DI事務局から参加者へのeメールという、確実にアナハイムに来る人にリーチするチャネルで告知しているわけですから、訴求率という点では、どんなガイドブックやパンフレットより強力なツールです。
ビジット・アナハイムの魂胆が少しわかってきました。会議を誘致、実施するところで満足せず、実際にアナハイムに来る参加者に直接働きかけ、地元で少しでも多くお金を使ってもらえるようにがっちりフォローしているのです。
振り返ってみれば、eメールのリンク先の特設ページも手慣れた作り方です。ビジット・アナハイムでは、きっと毎回誘致した会議やコンベンションの名前入りのカスタマイズページを作成しているに違いないとも思いました。DMOの活動としてすばらしい、の一言です。
ターゲット毎に的確な提案をするために必要なのは、地域のキュレーション能力
さらに、特設ページで取り上げる飲食店などは誘致するコンベンション参加者の属性に合わせて案内の内容を変更していると思われます。
今回、DIの年次総会に参加するのは、DMOの幹部か部長クラスがほとんどのため、年齢は30代後半以上で、出張として1人で来る人もそれなりに多いと思われます。おそらくこのターゲットを意識して、「一人でも楽しめる場所」が特集で掲載されていました。
アナハイムは、ファミリー向けのスポットが多く、ガイドブックなどでは家族連れ前提の情報であふれていると思いますが、アナハイムの魅力はそれだけではない、というターゲットの属性に合わせた提案も盛り込んでいるわけです。
こんな提案を行うには、DMOはあらかじめ地域内の観光施設、飲食店などの情報を収集し、選択して提案するための、キュレーション能力が必要になります。ビジット・アナハイムはこれも見事に実行できていると思います。
ビジット・アナハイムCEOが行った観光地域ブランドの見直し
ビジット・アナハイムCEOのジェイ・ブレスさんは、CEOに就任して4年半。それまで地元ロサンゼルスで、スポーツマーケティングの仕事をしていたそうです。ビジット・アナハイムに来るまで観光のキャリアはありませんでした。
米国のDMOでも、必ずしも観光に特化した人材をCEOにしているといわけではありません。地域のことを良く理解しているとか、マーケティングの専門性が高いとか、近接するキャリアがあって適任ということになれば、CEOとしての職務を果たせるということだと思います。実際、私がいろいろなDMOの幹部に聞いたところでは、大学でホスピタリティについて専攻していた人は米国ではむしろ少ないようです。
ブレスさんは、ビジット・アナハイムに就任してすぐに大きな改革を行います。それはアナハイムの観光地域ブランドの見直しです。
実は、ブレスさんが就任するまでビジット・アナハイムで制作してきたプロモーションビデオは、地元最大の観光スポットであるディズニーランドを中心としたものでした。しかし、ディズニーランドは自らプロモーションを行っている訳です。
それならビジット・アナハイムがマーケティングすべき、アナハイム全体はどんな場所といえるのでしょうか。すぐそばにロサンゼルスという超有名な観光地域もあります。そんな環境のなかで、アナハイムは何を魅力として訴えるべきでしょうか。チャールズさんはアナハイムのブランドを根本から見直すことにしました。
ブレスさんは、ブランド構築のプロジェクトを立ち上げました。これは地域全体にかかわる内容ですから、CEOが直接指揮をとって対応すべき重要な活動になります。
観光地域のブランド構築は、企業ブランドの構築とはやや異なります。観光地域のブランドとは、観光地域内のステークホルダーに向けた、共通認識の方向性を示すものです。ですから、旅行者に対して直接訴求されることはありません。また、ロゴやスローガンといったクリエイティブの制作は、調査結果を反映して、最後の最後に行います。
実際のブランド構築は調査から始まります。細かなプロセスはちょっと省きますが、地域内外で行う調査には半年程度、完成までは1年以上かかる大プロジェクトです。CEOは、調査の経過などを地域に報告しながら、プロジェクトを進めていきます。
ブランドを表現するには五感に訴える内容
ブレスさんのプロジェクトでは、最終的に、アナハイムの差別化された、独自の強みを「憧れのちから(The Power of AWE)」という短い言葉にまとめました。この言葉は、アナハイムの、人を楽しませ、刺激することができる場所、憧れや驚きがある場所、大人も子供も夢を見ることができ、想像的で、リラックスできる場所、というブランド価値を表現したものです。
2018年に制作したビジット・アナハイムのプロモーション動画では、この新しいブランドに基づいた雰囲気、感覚を表現し、ディズニーランドはほんの少ししか露出されません。
ビジット・アナハイムの2018年のプロモーション動画(Youtube:約2分)
動画では、アナハイムで楽しめる様々な食事も訴求しています。実は、カリフォルニアはアジア系など移民が多いので、世界各国のいろいろな食事ができることが大きな魅力なのです。ブランドの訴求には五感を生かすことが重要なのですが、言葉でなく感覚的に受け取る情報量が多い動画になっていると思います。
新しく観光地域ブランドを作ったアナハイムですが、チャールズさんは、ブランドは育成にこそ手間がかかる、と言います。アナハイムに訪問する旅行者が、ブランド価値を感じ続けられるように、地域全体で取り組んでいく必要があるのです。