インバウンド富裕層は観光収益拡大のカギを握る客層の一つだが、その取り込みは簡単ではない。志向も嗜好もさまざま、本物を求め、他者と均一的に扱われることをよしとしない富裕層の真のニーズを見極め、彼らへの効率的な情報提供を実現することが難しいからだ。
そんな富裕層の観光客を満足させるための取り組みで経済産業省 関東経済産業局が目を付けたのが、ホテルのコンシェルジュだ。とりわけ外国人富裕層との貴重なタッチポイントとなるラグジュアリーホテルのコンシェルジュの力を借りて、2016年度から外国人富裕層を関東各地域へ誘客する仕組みづくりを進める「ホテル・コンシェルジュによる地域の魅力発見・発信事業」(以下、コンシェルジュ事業)をスタートした。※右上写真:2月19日に行われた勉強会。コンシェルジュ7人と10地域のキーパーソンが集まり積極的な意見交換が行われた
経済産業省 関東経済産業局のコンシェルジュ事業とは?
関東経済産業局は、都内ラグジュアリーホテルのコンシェルジュが所属する組織「レ・クレドール ジャパン」と連携し、2016年度からコンシェルジュ事業をスタートした。2020年に向けて、関東甲信越圏を中心とする各地域に外国人富裕層を誘客することを目指している。
コンシェルジュ事業とは:
- ゴールデンルート以外の魅力ある日本の地域に、ゲストを送り込みたいと考えている一流ホテルのコンシェルジュと地域をつなぐ。
- 大切なゲストを送るために、地域側に整えてほしいこと、すなわちインバウンドを受け入れる地域が整えるべきことを、チームを組む専門家の意見も併せてアドバイス。
- 採択地域をコンシェルジュ組織「レ・クレドール ジャパン」メンバーが視察をし地域関係者とのつながりを深め、コンシェルジュ自身が体験することで自信をもってゲストに提案。
- 英文は日本文化を背景にもたない人でも、地域の良さが理解できるように。好きな地域を人に紹介するような気持で書かれた文章をPR資料として日本語と英語で作成。コンシェルジュをはじめ地域関係者が活用。
- 採択された地域が、自治体の枠を超えて連携できるように、関係者会議などを実施して情報共有やネットワーキングの場を提供。
コンシェルジュ事業実施地域とホテル・コンシェルジュの情報交換の活性化とコミュニケーションの強化を図るため、2019年2月19日に関東経済産業局にコンシェルジュ事業の関係者を招き勉強会を実施した。
会の冒頭で関東経済産業局 産業部産業振興課クリエイティブ・コンテンツ産業室の若井直樹室長は「インバウンドの誘致拡大へ向けて各地域が手探りで進んでいる状況だが、民間がイニシアチブを取りスピード感を持って取り組んでいるところは成果を上げている。コンシェルジュ事業ではこれまでの3年間に14地域と協力し民間主導の観光振興に取り組んできたが、今回はこれら地域の関係者の方々に集まっていただくことができた。この機会に互いのヒントになる情報を持ち帰っていただきたい」と挨拶し、勉強会の狙いを説明した。
勉強会では、コンシェルジュ事業に取組む各地域が、地域の魅力づくりや外国人誘客の現状などについて報告し、各種の事例が共有された。その内容を、以下にまとめた。
地域の魅力を掘り起こしへ、伝統工芸から地場産業まで新たな目線で
―墨田ならではの魅力を掘り下げて伝える。北斎繋がりで小布施とも連携
東京スカイツリーは墨田区の代表的観光スポット。しかし浅草(台東区)の外国人客数700万人に対し東京スカイツリーは100万人。7倍の差を埋めていきたい。2017年には、葛飾北斎つながりで小布施との共同実施の形でコンシェルジュ事業に採択され、視察が実現。北斎は強力なコンテンツだ。
2018年にはスウェーデンでの創作能「北斎」の公演に同行した。公演チケットは即日完売。幕間のレセプションの乾杯は小布施の地酒、グラスは江戸切子のワイングラスで行われ観劇に訪れていた国王陛下も大変気に入ってくれた。一般の方々からも北斎について質問攻めに会い、改めて北斎に象徴される日本文化への関心の高さに驚かされた。こうした関心を誘客につなげていけるよう努力していきたい。
―伝統工芸を継承する若手職人を中心に、地域のために立ち上がる
岩手県と連携し伝統工芸の活性化に取り組んでいるが、伝統工芸もまた高齢化や後継者不足といった諸問題を抱える。そうした中で岩手県県南地域では、佐々木さんを中心に、意欲ある若手後継者らが立ち上がり組合の世代交代を実施。彼らが中心となり、先進地の研修視察やデザイン向上、ブランド構築、商品開発などの経営勉強会を行っている。
2017年にコンシェルジュ事業で採択され、地域を視察していただいた。伝統工芸の体験とは、少し作業をしてみることのみならず、訪問者にとっては職人との会話にも価値があるとの指摘をいただき、参考になった。翌2018年から開催することになった「オープンファクトリー五感市」では、職人との会話の機会を設けたほか、地域の魅力を発掘し、町を探索する楽しさもアピールしている。
コンシェルジュ事業では先輩地域にあたる、「燕三条工場の祭典」山田氏と事業をご縁に交流し「五感市」を作り上げる際に参考としている。
―オープンファクトリーが地域を、そして職人の意識までも変えた
山田氏: 燕三条は7年ほど前からオープンファクトリーを積極化しており、現在は世界中から多くの旅行者が工場見学に訪れている。3年前にコンシェルジュの方々に視察していただき、受入側の人材育成の重要性に気づかされ、“地域の観光案内コンシェルジュ”を育てようということになり人材の育成に着手。十数名の若手が取り組んでいる。
パレスホテル東京 川村氏: ゲストにゴールデンルート以外の訪問先提案を求められ、コンシェルジュ事業で訪問した燕三条を提案したいと、玉川堂 山田さんに相談。山田さんのアレンジ、アテンドでゲストが大満足する訪問となった。
井上氏: 観光協会としては、工場を開放している地域の企業と客の橋渡しをする産業観光ナビゲーターを育て、団体旅行の受入で成果を上げている。一方で増加する個人旅行客への対応には至っておらず、多言語対応など今後解決していくべき課題は少なくない。
―コンシェルジュ事業をきっかけに地域がつながり始めた
飯倉氏: 伊豆地域全体として旅行者は増えており熱海も好調だ。しかしエリアにより個性が異なり、特に西伊豆、南伊豆エリアへの誘客はまだ物足りない。富裕層の誘客にも課題が残る。一方で天城エリアでは、外資による富裕層向け施設の投資も進み今後が期待される。
三島信用金庫地域未来創造課 主査・佐藤拓真氏: 2017年のコンシェルジュ事業をきっかけに企業との新たなつながりができた。具体的な事業には、まだ至っていないが、新たな取り組みのためのクラウドファンディングなどによる資金調達といった場面で金融機関としてバックアップしていくことも検討している。引き続き、本当に地域に必要なことを話し合いながら事を進め、価値ある取り組みにしていきたい。
―高井鴻山という小布施町の宝に気づかされた
北斎ゆかりの地となったのは、高井鴻山がいたからこそ。現在の小布施の町を作り上げている町民主導の活動も、高井鴻山の考え方を今なお、人々が踏襲しているからこそ。事業を通して、見過ごしていた最大の宝に気付いた。
桜井氏: 小布施は、高井鴻山という人物が北斎の晩年のパトロンだったため、北斎ゆかりの地として知られる。またスノーモンキーで知られる地獄谷が近いため、外国人客も数多くやって来る。
しかし観光地として、いくつものイベントを開催し続けることに対し、正直地元はやや疲弊気味だ。多くの観光客が訪れる観光地という側面だけではなく、来た人が癒される、則ち癒しという非日常を求めて人々が訪れる「小布施」であったほうが、わが町小布施らしいのではないかと考えている。
小布施町産業振興課・冨岡広記氏: 2017年のコンシェルジュ視察で、「看板の乱立など、何でも多言語化すればよいわけではない」との助言を受け、気づきを得て、これまでの方針に関して再検討を行った。その結果、案内表示類の多言語化等を急ぐ前に、小布施に住まう外国人に協力をいただき、外国人目線で本当に何が必要なのかを十分に見極めるよう方針の転換をすすめている。
ウェスティンホテル仙台 若生氏: コンシェルジュ事業で小布施を視察し、仙台から意外に行きやすい地域だということを実感。りんご狩りを望むゲストに、それまでであれば青森のみの提案だったが、青森と小布施を提案。結果両方訪問となったが、無駄のない行程を提案することができた。
―コンシェルジュ事業の専門家が地域の人々と一緒に活動
身延町のある山梨県 峡南地域は、富士五湖の一つ本栖湖があり、このエリアまでは外国人観光客は多く訪れているが観光の中継点という位置づけになっているため地域の魅力を活かし切れていない。せっかくなら峡南地域で過ごし、楽しんでほしい。和紙や印鑑や硯などの伝統工芸の魅力もあり宿坊泊の体験もできる。
ただ昔からの観光地ではないため、情報発信もまだまだだし認知度も高くない。まずは関係者が、さまざまな事柄を観光に結びつけていこうという共通意識を持ち、峡南地域がどこにあるか、何があるかといった情報を発信するための第一歩を踏み出す段階だ。
コンシェルジュ事業で専門家として参加した西園寺怜氏が、山梨県峡南地域の魅力の洗い出しから、魅力的な地域にするための事業者連携など、一つ一つ地域の人々と二人三脚で一緒に汗を流し、取り組んでいる。
―お客様目線で地域の魅力を洗い出す
2017年4月に民間から小田原市観光協会に入りDMO担当になったが、協会としての公益性とDMOに求められる収益性との狭間でモヤモヤしたものを感じていた。しかし2018年にコンシェルジュの方々に視察していただき意見交換するなかで、「大切なことはお客様目線だ」という点に気づかされ視界が晴れた。コンシェルジュ事業で「何のために何をするのか」と気づきを与えられ、現在はターゲットを誰に据えて何を売るか、情報をどう届けるか、というマーケティングの基本から組み立てている段階だが、4月からは観光のワンストップ窓口となる組織を立ち上げ、公益性と収益性を切り分けながら地域活性化に取り組んで行く。
―人手不足を逆手にとって、地域全体でもてなす
小豆島は醬油や素麺、オリーブといった特産品があり、八十八ヶ所の霊場や農村歌舞伎といった歴史的・文化的な魅力もある。インバウンドに人気があるのは産業観光だ。醬油蔵で醸造の説明を聞き、自ら醬油のボトル詰め作業を体験するプログラムが中国や台湾、香港、韓国からの観光客に人気だ。外国人の宿泊延べ人数はここ数年で10倍に急増しているなか、観光協会は2名体制のため、慢性的な人材不足を補うべく、民間との連携が課題である。2016年には行政と民間、地元の人々がひとつになって島の国際化を進める「小豆島観光国際チーム」が観光協会内に発足するなど取り組みを進めている。
―固定概念を疑い、新しいMAP作り
秩父地域おもてなし観光公社は、2017年11月に第一弾登録として日本版DMO法人の認定を受けた。2016年にコンシェルジュ事業で採択された。その後コンシェルジュの方々にも視察いただき、非常に参考になるところが大きかった。
秩父地域の受け入れ状況等に関してコンシェルジュの方々に回答していただいたアンケート結果を、地域内の観光協会にフィードバック。外国人向けのパンレットを制作する際にコンシェルジュ事業の専門家 阿部佳氏、西園寺怜氏が参加。自分が観光客だったら。点在するポイントを、どのようにして面として楽しませるかなど根本から考え方を見直してMAPを制作した。コンシェルジュとの連携は、実施後も役立つご縁につながっており、今後も継続して実施してもらいたい。
―一年を通してのマウンテンリゾートを目指す
山口氏: 白馬エリアには10のスキー場があり、外国人客は昨年33万人に達した。しかし八方尾根スキー場で見ると平成元年に140万人いた国内スキー客が、現在は3分の1以下の40万人まで減少。現在はお客様目線に立ってさまざまな改善を図っている。また季節変動の激しいスキー場としての白馬から、通年で楽しめるマウンテンリゾートとしての白馬への脱皮を目指して、グランピングスタイルホテルの開設や展望デッキ設置など、グリーンシーズンの誘客強化に取り組んでいるところだ。
福島氏: 白馬エリアでは複数のスキー場が激しく競争し、協力関係はなかった。しかしインバウンド需要の増加と共に、外国人客にとって白馬はひとつという視点が定着し、「白馬全体で集客し、競争はその先で」と変化してきた。白馬に魅了された移住者など、白馬を蘇らせようとする人々が力を合わせ取り組んでいる。
今回出席できなかった地域:
魅力のある地域づくりは、民間が主導で行うのが基本ではあるが、とはいえ民間だけでは進められない部分もある。茨城県かすみがうらでは、コンシェルジュ事業を発端に、「歩崎地域観光振興アクション」を策定。行政、民間、地域、業種の枠を超えて柔軟なプログラムを組成するなど、行政の主導がうまく機能している事例である。
後編記事では、勉強会の後半で行われたコンシェルジュと地域のキーパーソンによる特別座談会を報告する。
【後編記事】富裕層旅行者を地域に呼び込む経済産業省 関東経済産業局「コンシェルジュ事業」、その取組みと地域が目指す未来を聞いてきた -後編-(PR)
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経済産業省 関東経済産業局「ホテル・コンシェルジュによる地域の魅力発見・発信事業」
事務局 株式会社料理通信社地域紹介記事レ・クレドール ジャパン
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株式会社料理通信社 担当 鳥山(電話 03-5919-0445/Eメール toriyama@r-tsushin.com)
記事:トラベルボイス企画部、REGION