ビッグデータを活用したパーソナライゼーション(個人に合わせた情報の最適化)。すっかりおなじみのフレーズだが、実際に日々、奮闘している最前線では、何に取り組み、どんなことを感じているのか。全日空グループが、顧客に軸を置いたデータマーケティングの実行部隊と位置付けるANA Xのデータドリブン・マーケティング・グループ永山裕氏に、今年の「WiT Japan & North Asia 2019」の会場で話を聞いた。
ANA Xは2016年末、マイレージプログラムを中心に、全日空(ANA)グループの顧客データマーケティングに取り組む新法人としてスタート。永山氏はもともとANAのマーケット・コミュニケーション部でデジタルマーケティングを担当していたが、今春、同部門がANA Xに統合されたのに伴い移籍した。
ANAグループが2020年度までの中期経営戦略で実現を指すもののひとつが、「あらゆるシーンにおける顧客データの集積・分析を通じて、顧客一人ひとりに向いたワン・トゥ・ワン・マーケティング」。この役割を担うANA Xでは2018年秋、従来は主に流通ルートごとに管理していた顧客データを統合し、各個人のマイレージ番号別に紐づけできるソリューションを稼働させた。
例えば、同じマイレージ会員でも、出張でビジネスクラスを利用する時もあれば、家族でハワイ旅行のパッケージツアーを利用する時もある。利用者にとっては、いずれも同じANAを利用している感覚だが、ANA側の顧客データ管理は直販ウェブサイト、旅行会社のツアー、OTA経由など、流通ルートごとに分かれており、利用客のすべての搭乗履歴を把握するためには、別途、手作業でのデータ入力などが必要となっていた。これを改め、マイレージ会員番号ごとに、自動的に統合できる体制が整った。
「まさにお客様を軸に、データ管理できるようになったことは、大きな違いだ。いつもはご出張での利用だけれども、今回は家族旅行でのご利用を考えていらっしゃるのだな、と分かれば、その状況に最適なアプローチが考えられる」と永山氏はデータ統合のメリットについて話す。
さらに今春、ANAのデジタルマーケティング担当部門とANA XのCRM担当部門が統合したことで、自社ウェブサイト経由での直販データと、ANA Xが管理していたマイレージクラブ利用者のCRMデータも、同じ部署で扱えるようになった。
「最初の課題だった“顧客を知る”という部分については、霞んでいてよく分からなかったところがクリアになり、かなり深い分析ができるようになった。顧客対応のスピードアップにもつながる。次の課題は、これを活かして、接客サービスなど色々な場面で、どんなメッセージを投げるべきか、何をするべきか、あるいは何をしないのが良いのかなど、カスタマージャーニーの最適化を考えること。そして実行するのが第3の課題」(永山氏)と先を見据えている。
知れば知るほど、やるべきことが増えていく
クライアント像の把握が進むなかで、デジタル・タッチポイントを顧客とのコミュニケーションにどう活用していくべきか、日々、頭を悩ませている。例えばウェブサイトやアプリのパーソナライゼーションや改良、コミュニケーションに活かしやすいデータベースの作成などに取り組んでいる。デジタル・タッチポイントの各種ツールの中で、最も注目しているものは、やはりモバイル・デバイス。「常に顧客の手の中にあるものなので、あらゆるシーンで、顧客とのコミュニケーションを図ることが可能な手段」との認識だ。
一方、カスタマージャーニーの最適化に取り組むなかで感じるのは、「お客様の立場では、そこまで“デジタル”を意識したり、望んだりしているわけではないということ。何か困ったときに、サポートしてもらえることが何より大事」と永山氏。
デジタル対応だけに注力するのは本末転倒で、状況により、対面がよいのか、デジタルサービス活用や仕組み作りで効率化するのが適しているのかを考えつつ、デジタルとリアルの両輪で進めていくのが本来の姿だと指摘する。
逆に何のトラブルもない旅であれば、昨今は空港でも機内でも、スタッフとほとんど会話しないで終わることもめずらしくない。そうなると、デジタル・タッチポイントが果たす役割は大きくなる。
デジタル化=省力化、というイメージがあるものの、「やはりマンパワーはそれなりに必要。限りあるリソースの範囲内で、ANAとしてのクオリティーを損なうことなく、どこまでやれるかが難しいところだ」(同氏)。
台頭するAIやチャットボットの活用についても、「まだ本格的に使いこなす段階にはきていない。最も怖いのは、ANAがこんな雑なことをするの!?とお客様を失望させてしまうこと。きちんと顧客対応できるレベルまで準備するには、時間も労力もかかる」というのが現場の見方だ。
すでに4年以上、ANAグループでデータマーケティングに携わってきた永山氏だが、顧客データベースが整えば整うほど、むしろ考えるべきこと、やるべきことが増えていくと実感している。「1年前と比べると、格段にできることが多くなった分、課題も増える。その繰り返し」。
最終的には、データをどう解釈し、どう判断するかだと話す。例えば、最後に残った一席に対し、一万円払って乗りたい人と、3000円なら乗るという人がいたとする。情報がそこまでなら、迷わず前者を選ぶだろう。だが、さらに詳しく、前者が次に乗るのは一年後、後者は2カ月に一回利用してくれると分かったら、どちらに乗っていただくべきか。企業としての戦略や、その時々の営業方針の問題になってくる。
利用客一人ひとりに関する情報を、営業やマーケティング部隊にとどまらず、接客スタッフも把握できるようにし、サービス向上に役立てたり、顧客に対するパーソナライゼーションの必要の有無まで判断できる、そんなデジタル・タッチポイントが、目指している完成形だ。
聞き手:トラベルボイス編集部 山岡薫 / 記事:谷山明子