こんにちは。DMOコンサルタントの丸山芳子です。
本場の米国や欧州を現地調査した経験をもとに、日本のDMOを支援しています。
世界を震撼させている新型コロナウイルス(COVID-19)は、まさに未曾有の事態で海外のDMOにも大きな変化を及ぼしています。海外DMOは日本とは基盤となる制度が異なる部分がありますが、経済が一部再開している北米の最前線から、いま私たちが学べることをお伝えします。
宿泊税への依存で大きなダメージ
米国を中心に約600のDMOが加盟するディスティネーション・インターナショナル(DI)は、新型コロナウイルス対策のオンラインセミナーを毎週1、2回実施しています。初開催は、世界保健機関(WHO)がパンデミック(世界的な流行)を宣言した2020年3月11日より前の3月5日。米国の感染者数が百数十人とまだわずかで、現状の感染拡大は想像もされていない頃でした。
それでも、各国・地域が渡航制限を始め、イベントや旅行のキャンセル・延期の増加が懸念されたため、ニューヨークDMOの顧問弁護士が、DMOが不利益を被らないための対策をセミナーで説明したのです。
この日、重要なテーマとなったのがDMOの減収です。米国では宿泊税を財源に組み入れるDMOが9割に上ります。すなわち、宿泊者が減少すれば宿泊税収入も減るということ。最も厳しい場合、減収幅は25%になるとの予測が発表されました。
ところが、事態が急速に悪化したのは、みなさんもご存知のとおり。3週間後の3月下旬にDIが実施したアンケート調査で、「収入が75%以上減少する」と回答したDMOは全体の7%。翌週には2割に拡大し、DIは「危機管理計画を準備していたDMOでも、収入がゼロになることまでは想定しなかった」と悲鳴を上げました。
DIは当時のセミナーで、ホテルの販売可能な客室1室あたりの収益 (RevPAR:Revenue Per Available Room)、すなわち宿泊業で標準的な経営指標が、前年同週比(2020年3月28日時点)で80.3%減に急落したと発表しています。これは、米国の宿泊業統計の企業が1985年に調査を開始して以来最大の下落幅で、2001年の911で38%減、2008年の世界同時不況時でも25.3%減だったことと比較すると、いかに影響が甚大か推察できます。
米国のDMOの中には、行政の一部門という組織もあり、影響は軽微という声もありましたが、4月上旬には職員の一時帰休や解雇に踏み込むところも出てきました。私がDIのオンラインセミナーを視聴していても、内容が徐々に切迫していたのは明確でした。財務専門のコンサルタントが、人件費をはじめとしたあらゆる固定費の削減、事業の延期、キャッシュフロー計画の変更といった生き残りのための助言をするほどだったのです。
そして、DIは、2020年4月に「COVID-19タスクフォース」を立ち上げました。世界各地のDMOや関連組織をメンバーとし、各地のベストプラクティスを共有する取り組みです。今後の動きがあれば、改めてトラベルボイスのコラムでご報告します。
地域資源全体を守る存在への転換
こうしたDMO以上に、危機的だったのは地域の観光産業です。
地域の観光事業者の多くがいったんつぶれてしまうと、いざ回復期に入っても、旅行者が楽しむコンテンツがなく、観光地としての魅力やブランドが大きく毀損します。当然、旅行者の消費機会が減り、経済効果も薄れます。
米国のDMOは自ら危機的な状況にありながらも、地域の観光産業の崩壊を防ぐために素早く対応を始めました。たとえば、3月中旬には、ホームページにテイクアウトやデリバリー可能な飲食店リストの掲載を開始。地域の観光産業を代表する組織として、困窮や救済を議会や行政に訴えるDMOもありました。DIのオンラインセミナーには、こうした現在進行形の活動事例が紹介され、参考にした地域も少なくなかったようです。
地元に向けて、観光事業者を応援するキャンペーンを企画したDMO担当者もいます。これまでは地域外に向けた有料メディアを中心に広告出稿していましたが、初めて地域に向けて情報発信したのです。危機的状況だからこそ、地域一丸となる契機と前向きにとらえ、積極的にステークホルダーとの関係構築を行うべきとの声も多数上がりました。
実は、DMOが地域内に向けた活動をする動きは、数年前から始まっていたもの。その証左に、DIではいま、DMOに代えて「ディスティネーション・オーガニゼーション(観光地域内組織)」という呼び方を使うようになっています。観光マーケティング、観光マネジメントだけではない、地域づくりのための幅広い役割を担うことを目指しています。
また、米国ではDMOの役割として、「スチュワードシップ(stewardship)」という言葉がよく話題に上がるようになりました。スチュワードシップの直訳は「資産の管理責任」。欧州では「カストディアン(custodian)」という場合もあり、これも「公的資産の管理人」という意味です。
観光地域はオーバーツーリズムなど様々な課題を抱えていますが、それに対しDMOは観光地域の産業、自然、文化を持続可能な形で保全し、発展させていく役割が期待されています。まさに地域資源を預かり、管理する管理人の役割。そしてその中に、「地域の観光事業者のコンサルタント」であることも含まれているのです。
米国をはじめとする北米のDMOは、旅行者を地域外から誘致する販促活動だけでなく、観光事業者を含めた地域資源全体を守る役割を自覚しています。図らずともこの方向性が、今回の新型コロナウイルスによって決定的になったとも言えます。
復興に不可欠な新しい財源
いま、北米では多くの都市で少しずつながら経済活動が再開され、復興への議論も始まっています。
もっとも、インバウンド旅行者が多い地域では、当面海外からの渡航は期待できません。そのため、国内旅行者向けの観光商品の見直しが始まりました。
みんなが頼りにしているのが経験者の声。たとえば、2002年から2003年にかけて発生したSARSで観光客が減少したカナダのトロントは、復興のために多くのホテルが大幅な値引きを実施しましたが、以前の客単価に戻すのにとても長い時間がかかったそうです。トロントの担当者は、「苦しい時期だが、可能な限り値引きは避けたほうがよい」とアドバイスしています。
この原稿を執筆している5月上旬のいま、DIのオンラインセミナーの最大テーマは、「安定的な財源の確保」です。目下の議論は、米国以外の国ではDMOの財源に公的財源があったため組織の被害が少なかった、すなわち、財源の安定化には、公的資金の確保を含めた多様な財源が必要ではないか、というものです。
米国では、観光産業と宿泊者数の成長に伴い、宿泊税の収入も増加するという前提がありました。しかしながら、新型コロナウイルスは、当面宿泊税の成長が望めない現状を突きつけました。公的機関からの財源獲得は、首長や議会を動かす必要があることから難易度がとても高いものの、補助金などの活用ができないか模索されています。
日本のDMOはもともと、公的資金に頼らず、それ以外の独自財源を確保することが求められています。アプローチは異なるかもしれませんが、新型コロナウイルスによって、多様な財源の確保を目指さなければならないという問題が世界的に浮き彫りになっています。